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メディアの選挙情勢調査は再考のとき?

選挙の楽しみを奪うあまりに早い予測報道。有権者は〝正確な〟調査とどう向き合うか

高橋 茂 ポリティカル・コーディネーター

「選挙は投票箱を閉めるまでわからない」は死語?

選挙カーの上から支持を訴える候補者ら。有権者の関心は?=10月15日、東京都大田区選挙カーの上から支持を訴える候補者ら。有権者の関心は?=10月15日、東京都大田区

 「選挙は投票箱を閉めるまでわからない」「選挙は最後の3日間で決まる」。かつては選挙について、そう言ったものだが、それも今や、死語となってしまったのか。

 たとえば衆院選の場合、明らかな激戦区は数えるほどしかない。1990年代に導入された小選挙区制のせいか、それ以前と比べて、選挙の勝敗が見えやすくなった。今回も全289選挙区中、どちらが勝つか分からない激戦区は、50弱と言われていた。比例区について言うと、直前の政党支持率などを参考にすると、かなり正確な結果が予想できてしまう。

序盤の情勢調査で選挙の大勢が判明

 メディアもそれに加担する。衆院選の期間は12日間と決して長くはないが、新聞社や通信社などのメディアは窮屈な日程のなか、通例、公示日の直後や残り一週間を切る時期に、大規模な選挙情勢調査をおこない、結果を報じる。

 今回はまず、10月12日の朝刊各紙で序盤情勢が一斉に報じられた。公示からわずか2日後である。いずれも、自民党に非常に勢いがあること、希望の党が伸び悩んでいることなどを、一面の大見出しでうたっている。

 朝日新聞 自民堅調 希望伸びず/立憲に勢い

 読売新聞 自民 単独過半数の勢い/希望伸び悩み/立憲民主は躍進公算

 毎日新聞 自公300超うかがう/希望伸び悩み/立憲に勢い

 日経新聞 与党、300議席に迫る勢い/自民、単独安定多数も/希望、選挙区で苦戦

 産経新聞 自公300議席うかがう/立憲 民主倍増も/希望、伸び悩み

といった具合である。読売新聞にいたっては、各選挙区の情勢も詳しく伝える充実ぶりだ。

 選挙情勢がいち早くわかるおもしろさはあるものの、ここまではっきりと議席予測を示されると、公示直後に早くも選挙が終わったかのような思いを抱くのも事実である。「選挙は最後の3日間で決まる」どころか、「公示日直後に決まっている」という印象なのだ。

正確さを増すメディアの調査

 その昔、メディアの情勢調査はときに外れることもあった。だが、最近はすこぶる正確だ。

 調査のほとんどはRDDと呼ばれる電話調査でおこなわれる。固定電話を受けることのできる世帯に限られるとはいえ、そうした世帯(年配者がいることが多い)は選挙に行く人が多いこと、国政選挙を経験するごとに過去のデータが蓄積されること、取材による地元の生データも加味することなどにより、予測の精度は選挙のたびごとに増しているようだ。

 もちろん予測が正確であることは、悪い話ではない。デタラメでフェイクな情報をメディアがまき散らすべきではないからだ。とはいえ、選挙の場合は、話はそれほど単純ではない。情勢調査には「アナウンス効果」があるからだ。

「アナウンス効果」が投票率を下げる?

 「アナウンス効果」。これも、かつてはよく言われたが、最近はほとんど聞かない言葉である。あまりにも当たり前になり、ことさら取り上げられることもなくなったのだろうか。かつて、自民党の政治家が「アナウンス効果」を警戒し、メディアの情勢調査に神経をとがらせたのを思い返すと、時代の移り変わりを痛感する。

 「アナウンス効果」とは何か。選挙に関する情報が結果に影響を及ぼすことを言う。たとえば、「与党と野党が激しく競っている」という情報を有権者が知ると、「それなら自分は与党(野党)に入れよう」という動機づけにつながるかもしれない。あるいは、「自公圧勝」といった情報が流れると、自民や公明を支持しない有権者は「そこまで大差がついているなら、自分の一票なんかたかが知れている」と考え、投票にいくのをやめるかもしれない。そういった効果のことである。

 かつて、選挙情勢調査には「アナウンス効果」はないと、メディアの調査担当者は説明した。有権者には「勝ち馬に乗る」人と「判官びいき」の人がいるので、たとえばいずれかの政党が有利と報じられても、その党に投票する人と敵対する政党に投票する人に割れ、互いに相殺しあって「アナウンス効果」がなくなるという理屈だった。

 ただ、最近、この理屈は少々怪しいようにみえる。「勝ち馬に乗る」傾向が増えている印象があるのだ。メディアで情勢調査が報じられると、その内容を上書きする方向に有権者が動いている気配があると、メディアの調査関係者から聞いたことがある。

 ここ2回、衆院選の投票率は戦後最低を更新し続けているが、いずれも事前の情勢調査で「自民圧勝」が伝えられていた。その結果、自民以外を支持する人は関心を失い、棄権したとも考えられる。メディアの情勢調査が、ある種の「アナウンス効果」によって投票率を下げる一因になっているとすれば、由々しきことである。

問題がある一票も開かぬうちの「当確」

 選挙コンサルタントとして選挙にかかわってきた身ならずとも、選挙のさなか、結果が出る前に有権者が関心を失う事態は望ましくない。ヒヤヒヤしたり、ワクワクしたりしない選挙は、ふだん政治にほとんど触れない有権者が参加する「まつり」にふさわしくない。メディアの選挙情勢調査報道は、そのあり方を再考するべき時機なのではないか。

 ちなみにテレビ各社の衆院選の特番では近年、午後8時に投票箱が閉まると同時に、まだ一票も開票されていないにもかかわらず、各政党の議席数が瞬時に表示され、「一票も獲得していない」候補者に当確が出る。メディアが選挙当日に実施する「出口調査」などに基づくものだが、落選候補の選挙事務所や開票会場の立会人などは、やりきれない思いに違いない。なにより問題なのは、ドキドキしながら番組を見る楽しみを有権者から奪うことだ。

 情勢調査も出口調査も、メディアにとっては意味のある仕事なのだろう。とはいけ、それが民主主義にあまりよくない影響を与えているとすれば、メディアの責任は重いと言わざるを得ない。

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