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デジタル化で後世に残すホロコーストの記憶

欧米で進む研究、3DやVRを活用、生存者との「バーチャル対話」も

佐藤仁 情報通信総合研究所 副主任研究員

 第2次大戦時にナチスドイツがユダヤ人やロマ、政治犯など600万人以上を殺害したホロコースト。70年以上の時が経ち、ホロコーストからの生存者や目撃者は年々減少してきている。日本では「アンネの日記」以外には、あまりなじみのない分野かもしれないが、ユダヤ人迫害やホロコーストを扱った映画は毎年世界中で公開されており、欧米では忘れてはいけない歴史として語り継がれている。そしてホロコースト研究においてデジタル技術が多方面にわたって活用されてきている。

ドローンから3D、AIまで活用したホロコースト研究と探索

1.ホロコースト犠牲者らの日記をデジタルで保存へ

 ホロコーストの犠牲者の日記といえば「アンネの日記」が一番有名で、全世界で既に2700万部以上が出版されている。アンネだけでなく、ホロコーストの犠牲となったユダヤ人たちの多くは日記を書いていた。だがそれらのほとんどは戦争中に喪失してしまったり、本人とともに行方知れずになってしまったりした。それでもホロコースト犠牲者や生存者たちの日記は「アンネの日記」以外にもいくつか残っている。一方で、それらは戦後70年以上の時を経て、紙が劣化していることや子孫も高齢化していることから、当時のまま保管しておくことが困難になってきている。

 そこでアメリカのホロコースト記念博物館では2017年7月に、ホロコースト犠牲者たちの残存している日記約200冊をデジタル化して保管し、それらをオンラインで公開していく計画を明らかにした。デジタル化やオンラインでの公開に向けては、多大な費用がかかることから、クラウドファンディングを通じて資金を集めていた。4,500人以上から募金が集まり、目標額の25万ドル(約2,800万円)は達成。2018年冬までに約200冊の日記をデジタル化し、2019年春までにはオンラインで公開、2019年夏までにはいくつかの日記を英語に翻訳していく予定だ。

参考動画)日記のデジタル化プロジェクトの動画。プロジェクト名は「Save Their Stories(彼らの物語を守れ)」

2.ユダヤ人が掘ったトンネルをレーダーで特定

 ナチスに占領されたリトアニアでもユダヤ人の大量虐殺は行われた。リトアニアはユダヤ人らにビザを発行した日本人外交官の杉原千畝氏がいた場所としても有名だ。そのリトアニアにユダヤ人らが大量に虐殺されたポナリの森という場所がある。ポナリではユダヤ人約7万人と、ポーランド人やソ連兵捕虜などを合わせて10万人ほどが殺害された。そのポナリで捕えられていたユダヤ人労働者らが、スプーンや手で掘ったトンネルが2016年に発見された。トンネルを掘っていたユダヤ人らは、殺害されたユダヤ人の死体処理などを行っていた人々。彼ら自身もナチスによる証拠隠滅のために殺害されるのは時間の問題だった。

 そこで生死をかけてスプーンや手で約35メートルのトンネルを掘って脱出を試みた。昼間は強制労働でくたくたになるまで働かされた後、夜になってからトンネルを掘っていた。その作業は約3カ月かかった。さらに足かせをやすりなどで切断する必要もあった。そして1944年4月15日に40人の囚人がトンネルから脱出。だが多くのユダヤ人がすぐに見つかってしまい、戦後まで生き延びることができたのは十数人だったそうだ。

 そのユダヤ人らが掘ったトンネルがイスラエル考古学庁などの研究チームの地中レーダー探査システムによって発見された。ナチスは欧州中でユダヤ人の虐殺を実施。当初は銃殺されたユダヤ人らはそのまま土に埋められていたが、証拠隠蔽のためにユダヤ人らを使って掘り起こして焼却していった。さらに証拠隠蔽のために、殺害して焼却した後に植樹などをしたので、どこが殺害現場だったか正確な場所が不明なところが多い。そのため当時の生存者や目撃者の証言などを元に探索が行われていた。

 トンネルの場所の特定作業は数十年前からイスラエルやリトアニアなど欧州の団体を中心に進められてきたが、正確な場所を特定することは困難だった。そして地中探査レーダー(Ground Penetrating Radar:GPR) と地中の電子抵抗を感知する比抵抗トモグラフィー(Electrical Resistivity Tomography:ERT)の発達によって、地表をスキャンして地層の乱れを感知し、地中構造を3Dで可視化できるようになった。技術の発展によって数十年間探していたトンネルの場所を、発掘することなく特定することができた。

 トンネル発掘調査チームのリーダーでリトアニア出自のユダヤ人であるJon Seligman博士は「トンネルの発見には感動した。人間が生きることへの希望がホロコーストの恐怖と絶望に勝利したことの証だ。当時の人々の生きることへの熱い思いを感じる」とコメントしている。

参考動画)リトアニアでのトンネル調査に関する動画

3.アウシュビッツをドローンで空撮

拡大アウシュビッツ解放から70年の2015年1月27日、式典を前に収容所の正門をくぐる、虐殺を生き残った元収容者ら=ポーランド南部オシフェンチムで
 2015年は戦後70年だった。アウシュビッツ強制収容所が解放されてからも70年である。アウシュビッツはユダヤ人らを絶滅することを目的として110万人以上の人々が狂気の大量虐殺計画に沿って機械的に殺害し処理された場所である。ホロコーストの犠牲者の5~6人に1人がアウシュビッツで殺害された。英国のBBCが解放70周年を記念してドローンによりアウシュビッツ強制収容所を撮影した動画を公開した。ドローンによって撮影されYouTubeにアップされ、全世界に発信されている。

 アウシュビッツのガス室から生還した人は一人もいないが、アウシュビッツから生還した人は10万人以上もいた。しかし高齢化が進み、強制収容所の地獄の様子を語り継げる人々は年々少なくなってきている。情報発信力があるBBCがドローンという新たな技術を用いて撮影し、全世界にアウシュビッツの様子を発信している。もちろんドローンでの撮影だけで、その無機質な跡地からは当時の地獄の様子は伝わらないかもしれないが、それでも映像としてアウシュビッツを確認することができる。

参考動画)BBCがドローンで撮影したアウシュビッツ絶滅収容所

 またBBCだけでなく、米国の映像会社BiG Productionsもドローンでアウシュビッツを空撮した。放送で使用する映像の一部としてYouTubeでも公開している。同社のディレクターGi Orman氏によると、ドローンでの空撮はアウシュビッツの開館2時間前の早朝に実施。そのため、誰も訪問者がいないアウシュビッツを空撮できた。「アウシュビッツについては多くの本も出ているし、当時の写真もある。だが空撮でアウシュビッツの全体像をとらえることによって、アウシュビッツという殺人工場を知ってもらいたい。その巨大さに言葉も出ない」とGi Orman氏は語っている。

参考動画)BiG Productionsがドローンで撮影したアウシュビッツ絶滅収容所

4.ホロコースト生存者とパネルを通して「バーチャル対話」(米国)

 アメリカのニューヨークにあるユダヤ歴史博物館で2017年9月から、ナチス時代のユダヤ人大量虐殺ホロコーストの生存者たちとデジタルで「バーチャル対話」ができる展示を行っている。ホロコースト生存者らを高精細カメラで収録して、音声認識技術で見学者が質問したことに対して、パネルに映る生存者らとバーチャルで対話ができる。展示名は「証言の新たな側面(New Dimensions in Testimony)」。このシステムは南カリフォルニア大学のショア財団研究所が開発に協力。生存者から52,000以上のインタビューを通じて作成。生存者のほとんどがもう高齢だ。展示で対話できる生存者は、トロント在住のPinchas Gutter氏(85歳)とロンドン在住のEva Schloss氏(88歳)。Eva Schloss氏はナチス占領下のオランダの隠れ家で書いた「アンネの日記」のアンネ・フランクの義理の姉で、1945年に収容されていたアウシュビッツで解放された。

 Pinchas Gutter氏はパネルを通じて20,000以上の質問に回答が可能。例えば「死の行進はどういうものだったの?」と尋ねると、音声を認識してパネルを通じて「囚人は2週間以上も歩かされて、半分しかテレジエンシュタットに到着できなかった。残りの囚人は途中の道路で殺されたか、死んでいった」とバーチャルに回答してくれる。他にもEva Schloss氏にアンネ・フランクについて尋ねると「アンネはとても賢い子だった」と回答する。

 本展示を企画したHeather Smith氏は「バーチャル対話はホロコーストの映像資料や歴史書の読書とは異なり『生存者の個人の歴史』を学習することができる」とコメントしている。たしかにパネルを通して生存者の顔を見て、様々な質問をして、声を聞くことは、紙の本で証言集を読むよりもホロコーストのリアリティーを実感できる。

参考動画)ユダヤ歴史博物館の「バーチャル対話」を報じる動画。2017年12月末まで展示

5.ホロコースト生存者と3Dでインタラクティブな会話(英国)

 イギリスのホロコースト博物館(The National Holocaust Centre & Museum)では、以前からホロコースト生存者らが元気なうちに、証言を記録する取り組み「The Forever Project」が行われている。インタビューを撮影して3D化して再現しようとしている。10人の生存者を撮影する予定で、彼らがカメラの前で、講演会などでよく質問される1,400以上の質問に回答。これによって、将来にわたってホロコースト生存者らの話をバーチャルながら、インタラクティブな会話が再現できるようになる。現在、撮影と3D化が進んでいる。

 初めての撮影者となったSteven Frank氏はホロコースト時代にはチェコのテレジン収容所に収容されていた。「生存者がどのように生き抜いてきたかを伝えることができる力強いツールだ。現在のような偏見や不寛容に満ちた社会にとっては非常に重要な試み」と述べている。イギリスのホロコースト博物館では20年間で50万人以上の学生が訪問。近い将来、 ・・・続きを読む
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筆者

佐藤仁

佐藤仁(さとう・ひとし) 情報通信総合研究所 副主任研究員

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割などに関して研究しています。例えば、情報通信技術や国際秩序や安全保障体制をどう変化させたのか、そして新たなデジタルメディアやポップカルチャーなどコンテンツによって人間の行動パターンと文化現象はどのように進化してきたのかを解明していきたいと思っています。修士(国際政治学)、修士(社会デザイン学)。近著では「情報通信アウトルック2014:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)、「情報通信アウトルック2013:ビッグデータが社会を変える」(NTT出版・共著)など。