「革新」をひきずる日本的「リベラル」。国際標準を見据え、その意味を問い直すとき
2017年10月31日
今回の衆院選で話題になった言葉の一つに「リベラル」がある。「立憲民主党はリベラルなのか、保守なのか」「希望の党による民進党議員の選別はリベラル外しだ」といったことがしきりに論じられたが、そもそも「リベラル」といい「保守」といい、この国ではどうしてもその意味がわかりにくい。使う人によって意味が違うようで、会話をしていてもなかなか話がかみ合わない。
選挙で自民党が大勝して保守の優位が強まり、リベラルの危機が叫ばれる今、リベラルの意味について整理しておくことには、少なからず意味があるだろう(「保守」についてはここで扱わない。拙著『保守主義とは何か』(中公新書)を参照してほしい)。本稿では、リベラルの世界史的な流れを踏まえつつ、日本に独特なリベラルの意味づけや今後の課題について考えてみたい。
「リベラル」という言葉はもともと、西欧における歴史的経験に根ざしたものである。
16世紀の宗教改革以降、血で血を洗う宗教内乱を経験した西欧諸国では、次第に寛容の理念が発展するようになる。自分と異なる信仰を持つものを否定するばかりでは、やがては自らの生存すら危うくするからだ。大切なのは、相互の違いを認め合うこと。フランスの哲学者ヴォルテールの「私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という箴言(しんげん)は、そのような寛容の理念をもっとも雄弁に示すものであろう。
18世紀に至るまで、「リベラル」とはつねに形容詞で用いられる言葉であり、「寛大な」「気前の良い」を意味していた。19世紀になり、やがてこの言葉は「リベラリズム(liberalism)」という言葉を生み出す。最初の用例は、ナポレオンに対する抵抗運動において登場したとされる。自らが正当性を認めない権力には決して服従しない。そのような抵抗の意思を示す言葉として、この言葉は政治用語の一つとなった。
ここからわかるように、「リベラル」の原義は、あくまでも一人ひとりの個人の自由や権利を重視する立場を意味する。たとえ、気に食わない意見の持ち主であれ、そのような意見を持つことそれ自体は否定しない。むしろ、そのような意見の多様性や、寛容の精神こそが大切である。このような理念が「リベラル」という言葉に託されるようになった。換言すれば、「リベラル」とは本来、「個人の自由・多様性・寛容」を指し示す立場である、と言っていいだろう。
ところが、この言葉は19世紀以降、数奇な運命をたどることになる。ある意味、完全に矛盾する意味が、この言葉に込められるに至ったのである。
19世紀、この言葉は、個人の自由を最大限に尊重するために、政府の権力を限定する思想を意味するようになる。政府の権力が肥大化すれば、個人の自由や権利を侵害する。それを避けるためには、政府の権限を厳しく制限すべきである、という主張が「リベラリズム」と呼ばれたのである。
これに対し、20世紀になると、「リベラル」はむしろ「大きな政府」を支持する立場を意味するようになる。社会において、大企業などの組織の前に個人や労働者の立場は弱くなるばかりである。そうした個人の自由を実現するためには、政府がむしろ積極的な役割を果たすべきである。このような思いから、労働者の権利保護や社会保障を含め、福祉国家の役割を重視する立場を「リベラリズム」というようになった。要するに、政府の役割に関して正反対の思想が、ともに「リベラリズム」と呼ばれるに至ったわけである。
現代においては、20世紀的な「大きな政府」を支持する立場を「リベラル」と呼び、19世紀的な政府の役割を限定し、自由な企業や市場の意義を重視する立場を「ネオ・リベラル」と呼ぶことが一般的である。ややこしいこと極まりないが、本来はむしろ古典的な立場を意味するはずの市場重視のリベラリズムが、「ネオ」を冠して呼ばれるのが面白いところである。
ちなみに、19世紀な政府権力の制限を重視する立場を「保守」と呼び、20世紀的な福祉国家による再配分を肯定する立場を狭い意味での「リベラル」と呼ぶのが、現代アメリカ的な用法である。
そもそも建国の理念において個人の自由を高らかに謳(うた)い上げているアメリカでは、個人の自由と権利を擁護することは党派を超えた共通の理念と言えるだろう。その限りでは、アメリカの政治理念はすべてリベラリズムである。そのうえで、19世紀的な「小さな政府」を目指すリベラリズムをあえて「保守」と呼び、20世紀的な「大きな政府」を支持する立場をことさらに「リベラル」と呼ぶ。いたってアメリカな言葉づかいではある。
日本に「リベラル」という言葉が導入されたのは1980年代以降である。戦後の日本ではそれまで、党派対立を示す言葉としては、長年、「革新」と「保守」という言葉が用いられてきた。
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