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トランプ政権の対北朝鮮政策に三つの誤り

「米朝開戦Xデー」というエセ情報に振り回されないため日本人が知っておくべきこと

高橋 浩祐 国際ジャーナリスト

「喧嘩マッチ」に振り回された1年

核の兵器化事業を指導する金正恩朝鮮労働党委員長(右から2人目)。日時は不明=朝鮮通信拡大核の兵器化事業を指導する金正恩朝鮮労働党委員長(右から2人目)。日時は不明=朝鮮通信

 2017年は北朝鮮問題が一気に爆発した年となった。メインプレーヤーはアメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長。気性の激しいこの2人の「喧嘩(けんか)マッチ」に、世界はすっかり振り回された。

 とりわけ日本では、春先から「北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射したり、核実験を強行したりすれば、アメリカが直ちに北朝鮮を攻撃し、金正恩政権が崩壊する」といった「米朝開戦Xデー」説が大きく取り沙汰されてきた。

 しかし、あらためて今年を振り返ってみると、北朝鮮はICBMを計3回発射し、水爆実験とみられる核実験も1回強行したが、アメリカは北朝鮮を攻撃できなかった。一部の日本メディアでまことしやかに報じられた「クリスマス開戦」もなかった。

 にもかかわらず、日本メディアは「米朝開戦Xデー」といったエセ情報になぜ、年がら年中これほどまでに翻弄(ほんろう)され続けるのか。日本国民は、北朝鮮に「最大限の圧力」をかけ続けている日米当局からのリーク情報に、あまりに踊らされ過ぎていないか。

当局のリーク情報に翻弄されるワケ

 私は、トランプ政権の対北朝鮮政策には根本的な三つの誤りがあると考えている。そこが分かっていないがために、北朝鮮問題の「本質」を見誤り、当局の情報にいたずらに翻弄され続けているのではないか。

 その三つとは以下の通りだ。

1、アメリカは北朝鮮を先制攻撃できない
2、北朝鮮は経済制裁や軍事的な圧力を受けても核ミサイル開発は放棄しない
3、中国は北朝鮮をコントロールできない

 ワシントンにいる「ホワイトハウス番」の外国人記者仲間や複数の米シンクタンクによると、トランプ政権は現在、主にホワイトハウス発で北朝鮮攻撃の情報を意図的にメディアにリークしている。しかし、実際にはアメリカは北を攻撃できないできたし、今後もできない。また、アメリカが北朝鮮にいくら圧力をかけても、北は核ミサイルを放棄しない。さらに、アメリカは中国にいくら北朝鮮問題をアウトソーシングしても、中国はどうにもできない。

 北朝鮮問題では、これらの「三つのNO」がこれまでも厳然と存在していた。それが、あまりに軽んじられている。

被害リスクが高すぎるアメリカの先制攻撃

 「三つのNO」について、一点ずつ説明していきたい。

 アメリカが北朝鮮を先制攻撃できない最大の理由は、北朝鮮を先制攻撃した場合の日韓の被害リスクが甚大になることだ。結果としてはじまる「第2次朝鮮戦争」は、約300万人の日本人死者を出した太平洋戦争や、1950~53年の朝鮮戦争以来の大惨事になる可能性があり、被害リスクが高すぎる。こうした認識は、マティス米国防長官やダンフォード米統合参謀本部議長も既に示してきた。

 トランプ政権には明確な対北朝鮮政策がいまだない。12月に入り、ティラーソン国務長官が北朝鮮相手に無条件での対話を提案したが、ホワイトハウスのマクマスター大統領補佐官(国家安全保障問題担当)や国務省報道官が直ちに火消しに走るなど、恥ずかしいほどに内部分裂を露呈している。そんな苦境の中、何とか北朝鮮に対する「最大限の圧力」を誇示し、軍事攻撃オプションをリアルにみせるため、ブラフ(こけ脅し)をかけ続けてきたのが実態だ。

空爆に断固反対した金泳三大統領

 歴史を振り返れば、アメリカは1994年の朝鮮半島第1次核危機や2003年の第2次核危機の際にも、北朝鮮への軍事攻撃を検討した。だが、ソウルを中心とした被害リスクを考えて、手を出せなかった。ソウルや東京のコラテラル・ダメージ (民間人を巻き込んだ犠牲)のリスクが大きすぎたのだ。

 ちなみに、アメリカ政府が1994年6月に北朝鮮の寧辺(ヨンビョン)の核施設の空爆を計画した際、韓国の金泳三(キム・ヨンサム)大統領はクリントン大統領との電話で断固反対を主張。北朝鮮の報復により韓国で最大100万人が死亡するとの試算もあって、アメリカ政府は空爆計画を中止した。

 当時と比べ、今の北朝鮮の攻撃能力は核ミサイル能力を含め、格段に高まっており、日韓の被害はもっと大きくなる可能性が高い。北は自存自衛のための最後の手段として、核兵器のほか、炭疽(たんそ)菌や天然痘、ペストといった生物兵器、サリンなどの化学兵器を使う可能性もある。

実は難しいサージカルアタック

 アメリカの議会調査局が10月下旬にアメリカ議会に送った報告書でも、北朝鮮は韓国との軍事境界線の近くに大量の砲兵を集結し、1分間に発射弾数1万発の能力を保有すると分析されている。軍事衝突が起きた場合、通常兵器だけでも、戦闘初日に3万~30万人の犠牲者が想定され、戦争の影響を受ける人数は、10万人のアメリカ市民を含む国境の両側の2500万人以上に上ると指摘されている。

 アメリカが仮に北朝鮮の核ミサイル施設を除去するためにサージカルアタック(局部攻撃)を行おうとしても、北朝鮮には核施設や大量破壊兵器など700カ所の重要基地が存在。数千カ所のトンネルも持っており、同国の核施設がある場所を正確に見つけるための確実な情報を入手することが難しくなっている。そうした状況で、はたして局部攻撃で目標物を一気に壊滅できるのか。できなければ北の報復攻撃を少なからず受けることになる。

 さらに、韓国には外国人200万人が暮らす。そのうち、中国人は100万人。アメリカ人20万人や日本人6万人弱が滞在し、アメリカがいざ北朝鮮相手に奇襲攻撃を開始すれば、多国籍の市民を巻き込む危険がある。

人道面、国際法上からも困難

 マティス長官は「ソウルに被害を及ぼさずに攻撃する方法が見つかった」と述べたことがある。確かに核爆弾や通常兵器としては史上最大の破壊力を持ち、「すべての爆弾の母」とも呼ばれるMOAB(大規模爆風爆弾兵器)を使用すれば、平壌を一気に壊滅できるだろう。しかし、今の時代、人道的観点からそれが許されるか。朝鮮戦争中にダグラス・マッカーサーが原爆を使用することを提案したが、当時のトルーマン大統領は拒否。マッカーサーは解任された。

 国際法上の正当性についても疑問が残る。 ・・・続きを読む
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筆者

高橋 浩祐

高橋 浩祐(たかはし・こうすけ) 国際ジャーナリスト

英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。1993年3月慶応大学経済学部卒、2003年12月米国コロンビア大学大学院でジャーナリズム、国際関係公共政策の修士号取得。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。朝日新聞社、ブルームバーグ・ニューズ、 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、ロイター通信で記者や編集者を務める。

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