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実は危うい日本の護憲派

戦後の憲法改正論議に違和感。国の基本構造や理念を護るための改憲もありか

阿川尚之 同志社大学特別客員教授、慶應義塾大学名誉教授

リンカーンによる強引な改憲

自民党憲法改正推進本部の全体会合であいさつする細田博之本部長(中央)=12月20日、東京・永田町拡大自民党憲法改正推進本部の全体会合であいさつする細田博之本部長(中央)=12月20日、東京・永田町

 憲法を改正すべきかどうか。戦後70年延々と議論してきたこの問題が、2019年に初めて具体的な選択を迫られそうな気配である。改憲すべきだ、すべきでない、するならこれだ、と様々な意見があるが、アメリカ憲法改正の歴史を調べてきた者にはやや違和感がある。

 たとえば朝日新聞の昨年12月21日付朝刊に掲載された社説「憲法70年 筋道立たない首相発言」は、首相が改憲発議を「強引に進めようとするなら筋違い」であり、「改憲は首相の都合で決めていいものではない」、「与党だけで押し通してはならない」、「数の力で進めた改憲が、社会に分断をもたらすことはあってはならない」と論ずるが、本当だろうか。

 改憲は慎重にすべきものだと思うが、改憲手続きに関する憲法と法律の規定に沿って行われる限り手続き上の問題はなく、強引に進めても進めなくても「筋違い」ではない。

 南北戦争の末期、憲法上、改憲に関して何の権限も有さないリンカーン大統領は、逡巡(しゅんじゅん)する議員をあらゆる手段を用いて説得し、議会3分の2の賛成票を確保して「強引」に改憲の提案にこぎつけた。州の批准を得てその後実現したのが、奴隷制度を廃止する修正第13条である。

改憲の発議提案は政治そのもの

 同社説が指摘するとおり、憲法は「国家権力の行使を制限し、国民の人権を保障する規範」なのだろうが(それだけではないにしても)、改憲の発議提案は政治そのものである。改憲には「数の力」が必要だ。10月の総選挙の結果、衆参両院で「都合」よく3分の2を越える議席数を維持した連立与党にしてみれば、この議席数を梃(てこ)にして改憲を発議するのは当然であろう。

 改憲の是非に関し「社会に分断」があるからこそ、改憲に賛成する議員と国民の数を確保し、「押し通す」しかない。南北戦争後に制定された、個人の自由などの権利、そして法の平等保護を定める修正第14条と、選挙権の平等を保障する修正第15条も、実は南部での共和党優位の恒久化という、きわめて政治的な目的を有していた。だから南部諸州は、これを押しつけ憲法と捉え、制定後長いあいだその適用に抵抗したのである。

 要するに改憲は、改正草案の内容に両院の議員の3分の2と国民の過半数が賛成すれば実現する。その内容にいささか疑問があっても、憲法の他の条項と重なったり矛盾したりしても、あるいはただの宣言に過ぎなくても、憲法の新しい条項として効力をもつ。正統性に問題はない。改正がもし今年実現すれば、その最大の貢献者は、改憲の発議提案を阻止するのに必要な衆議院の3分の1以上の議席を維持できなかった改憲反対勢力ということになろう。

 もちろん、国会が手続きにしたがって改憲を発議提案しても、国民の過半数が承認しないかぎり改憲は実現しない。与党内にも様々な考えがあるし、改憲案がまだまとまっていないから、どうなるかはわからない。ただし70年前の憲法制定に直接関われなかった国民は、改正という名の憲法制定に、国民投票というかたちで初めて参加することになる。

改憲で国のかたちは変わるのか

 さて、実際に憲法が改正されたら何が起こるのだろう。改憲反対派は、憲法改正(特に第9条の改正)によって日本が再び危険な道を進むことになるので許してはならないと主張するが、本当にそうだろうか。憲法が改正されたら、国のかたちや方向性が変わるのだろうか。

 アメリカの改憲史を振り返ると、憲法改正によって良くも悪くも国家の進む方向が大きく変わった例は、実はほとんどない。

 27の修正条項を見ると、憲法が本来定めた統治の仕組み・手続きをより明確にする(大統領継承権を明確にした修正第25条など)、不備を正す(大統領と副大統領を別々に選ぶとした修正第12条など)、追加する(基本的人権を列挙した権利章典、すなわち修正第1条から10条など)、変更する(連邦議会上院議員の選出を直接選挙によるものとした修正第17条など)ものが多い。いずれも国のかたちを大きく変えるものではない。

 結局、英国から独立した13旧植民地連合の仕組みを変えた合衆国憲法制定そのもの以外、そのような根本的変化をもたらした「改正」はなかった(憲法制定も形式上はそれ以前の連合規約の改正であった)。したがってアメリカ合衆国という国家は、制定時の枠組みをおおむね保持して現在まで続いている。

政治・社会の変化の追認が多数

 また多くの憲法改正は、すでに変化した政治や社会のすがたを追認するためになされた。大統領の任期を2期8年に限るという建国以来の慣習(ローズベルト大統領の4期12年1カ月在任を除く)を憲法に明記した修正第22条が、その典型的な例である。女性参政権を定めた修正第19条でさえ、女性に投票を認める州が次第に増えつつある状況を反映するものだった。

 憲法を変えると国のかたちが変わるのか、国のかたちが変わって憲法が変わるのか。どちらかといえば後者の例が多いように思われる。 ・・・続きを読む
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筆者

阿川尚之

阿川尚之(あがわ・なおゆき) 同志社大学特別客員教授、慶應義塾大学名誉教授

1951年生まれ。慶應義塾大学法学部中退、米国ジョージタウン大学外交学部ならびに同大学ロースクール卒業。ソニー、日米の法律事務所を経て、1999年から慶應義塾大学総合政策学部教授。2002年~05年在米日本国大使館公使(広報文化担当)。07年慶應義塾大学総合政策学部長、09年~13年まで慶應義塾常任理事。16年慶應義塾大学退職。主著に『アメリカン・ロイヤーの誕生』(中公新書)、『海の友情』(中公新書)、『憲法で読むアメリカ史(全)』(筑摩学芸文庫)、『憲法改正とは何か』(新潮選書)、『憲法で読むアメリカ現代史』(NTT出版)など。