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プーチン大統領が挑む「最終決戦」のゆくえ

「大国」ロシアは復活するか?ロシア型「主権民主主義」は可能か?そして後継者は?

小泉悠 未来工学研究所

「大統領選はプーチン氏に投票」75%

 2001年にプーチン政権が成立してから、今年で18年目を迎える。その間、メドヴェージェフ政権(2008-2012年)という「小休止」を挟んだものの、この期間を含めてプーチン氏はロシアの最高指導者であり続けてきた。

 そのプーチン氏は、今年3月18日のロシア大統領選への出馬を表明しており、当選は確実であると見られている。反体制運動や国民の倦怠(けんたい)感によってプーチン氏の支持率は往時に比べて衰えているものの、依然として比較的高い水準で推移していることには変わりはない。7割の国民は、なんだかんだと言っても、プーチン氏以外にロシアを率いることができる政治家はいないと考えているためである(実際、事前調査ではプーチン大統領に投票するという有権者の割合はおよそ75%であり、2位の共産党候補が得ている10%の支持を大きく引き離している)。

 問題は、今回の選挙がプーチン氏にとっておそらく、最後の大統領選になるであろうことだ。

来期を最後に引退の公算大

 ロシア憲法は大統領の三選を禁止しており、この規定を守るならばプーチン大統領は2024年(2012年から大統領任期は4年から6年へと延長されている)には退任せねばならない。だが、2008年の際のように誰か信頼の置ける人物に大統領職を任せて「小休止」しようにも、次に復帰してこられるのは2030年。プーチン大統領は77歳になっている。同人がいかにタフで知られていようとも、おそらくは肉体的な限界であろう。

 プーチン大統領の政治力をもってすれば憲法改正も難しくないが、これは「ロシアは中央アジアのような終身大統領制の独裁国家とは違うのだ」という最後の看板を自ら捨て、国際的な地位を著しく損なう。よほどの非常事態が発生しない限り、プーチン大統領は今回の大統領選挙を最後に引退するというのが基本的な見立てであろう。

 そこで本稿では、今回の大統領任期がプーチン大統領にとっての「最終決戦」であるという見方を取る。引退時には四半世紀に及ぶことになる国家運営に関して、プーチン大統領はどのような決着をつけるのか。そのときロシアはどのような国家となっているのか。これが本稿のテーマである。

トランプ氏の当選にシャンパンで祝杯

米国のトランプ大統領(左)とロシアのプーチン大統領=2017年11月10日、ベトナム・ダナン拡大米国のトランプ大統領(左)とロシアのプーチン大統領=2017年11月10日、ベトナム・ダナン

 プーチン大統領の引退戦略について言えば、まずもって問題となるのは、自らの任期中に積み残された課題をいかに解決するかである。なかでも最大の課題は、世界におけるロシアの地位である。

 2014年のウクライナ危機は世界に大きなショックを与えた。ウクライナの領土であるクリミア半島を武力で併合し、続いてロシアの関与を否定したままドンバス地方に軍事介入するという振る舞いは、ロシアが国際的な秩序に対する挑戦者であるという印象を世界に強く与えた。2015年から始まったシリアへの軍事介入では、風前の灯火であったアサド政権を救うことによって実際に情勢を大逆転させたが、これによってロシアは中東でも米国中心秩序に対する挑戦者となった。

 2017年に米国でトランプ政権が成立したことは、このような状況を一気に打開する契機となるかに見えた。米国第一を唱え、ロシアに対しても好意的なトランプ政権が成立すれば、米露はこれまでのわだかまりを捨てて協調路線に転じるのではないかと見られたのである。トランプ氏の当選が報じられるや、ロシアの民族主義政治家として知られるジリノフスキー氏(自由民主党党首)が議会内でシャンパンを配って祝杯をあげたのは、こうした期待を如実に示したものと言える。

裏切られたトランプ政権への期待

 だが、期待はあっさりと裏切られた。いわゆるロシア・ゲート事件によってトランプ政権は対露関係で身動きがとれなくなってしまったためである。トランプ氏が頼みとした米軍出身の閣僚らもロシアに対しては警戒的な姿勢であり、親露派人脈として期待されたティラーソン国務長官は政権内でレームダック状態にあると伝えられる。

 こうしたなか、米国は4月にシリアへの空爆に踏み切り、8月には対露制裁強化法の成立に同意せざるを得なくなるなど、米露関係はむしろ緊迫化の一途をたどった。さらに2017年末に公表された「国家安全保障戦略(NSS)」では、ロシアが中国と並んで米国中心の秩序に対する「挑戦国」と位置付けられ、これに基づいて策定される各種国防・安全保障政策文書でも、ロシア抑止の方針が鮮明になった(核態勢見直し=NPR=など一部は策定途中だが、そのアウトラインはすでに報じられている)。

 ウクライナ危機を目の当たりにした欧州諸国でもロシア警戒論は強まっており、スウェーデンやリトアニアでは徴兵制が復活し、東欧や北欧諸国はトランプ政権の圧力を受けるまでもなく国防費の増額に舵(かじ)を切った。ロシアの介入を受けた当のウクライナにくわえ、これまではロシアへの配慮から中立を維持してきた北欧でも、NATO加盟論が力を得つつある。

 このように、2017年初頭に見られたトランプ政権への期待は完全に打ち砕かれたと言っていい。議会でシャンパンを配ったジリノフスキー氏は、のちにこう述べるに至った。

 「次に乾杯するのはトランプが弾劾(だんがい)されたときだ」

プーチン大統領が直面するジレンマ

 こうした状況下で、プーチン大統領はひとつのジレンマに直面している。

 最後の任期を穏当につとめ上げて引退するためには、米国を中心とする西側諸国との関係は改善せねばならない。韓国と同じ程度のGDPしか持たないロシアが、長期的にNATOとの冷戦を戦うことはそもそも不可能であり、経済制裁が解除されなければ、今後の資源開発に必要な資金や技術を得られなくなる(前述の制裁強化法では制裁の適用範囲がさらに拡大され、ロシア企業が33%以上参画しているプロジェクトはロシア国外での資源開発であっても制裁対象となった)。

 とはいえ、軍事的・経済的圧力に屈してウクライナやシリアから手を引くことは論外だ。国内の保守派から幻滅されることは必至であるうえ、プーチン政権が追求してきた「大国」ロシアの復活という一大プロジェクトを、最後の最後で諦めることになるためである。

 ここでいう「大国」とは、単に国の規模が大きいとか、核兵器を持っているということではない。国際秩序に影響を与えられるような力を持つ国であるということ、これがロシアの考える「大国(デルジャーヴァ)」の定義だ。

 特にプーチン政権が力を入れてきたのは、旧ソ連や中東の親露政権を守ることと、NATOやEUの拡大を阻止することである。 ・・・続きを読む
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筆者

小泉悠

小泉悠(こいずみ・ゆう) 未来工学研究所

1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院卒業後、民間企業勤務を経て外務省国際情報統括官組織で専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員などを歴任。ロシアの軍事・安全保障政策に詳しい。著書に『プーチンの国家戦略』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)。