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「キノコホテル」マリアンヌ東雲インタビュー

「根底にはGSや昭和歌謡があるんだけど、今やジャンルはキノコホテルです」

清谷信一 軍事ジャーナリスト

「キノコホテル」拡大「キノコホテル」の公式サイトより。左から2番目がマリアンヌ東雲さん

 キノコホテルというガールズバンドをご存じだろうか。ニューウェーブ、GS(グループサウンズ)や昭和歌謡、エレキ、サイケなど、多彩な音楽性を武器に独自の「過激でポップな中毒性の高い大衆音楽」を展開している音楽集団である。

 キノコホテルは、リーダーであり、バンドのプロデューサーでもあるマリアンヌ東雲嬢が立ち上げたバンドで、メンバーチェンジはあったものの、インディーズ時代から数えて2017年6月に創業10周年を迎えた。本年の6月まで10周年関連のイベントを精力的にこなしている。

 なぜ「結成」ではなく「創業」かというと、このバンドは、「キノコホテル」というホテルで、マリアンヌ東雲嬢はそこの支配人で、メンバーは従業員ということになっているからだ。だから全員マッシュルームヘアに、付け睫毛をつけ、制服を着てステージに立つ。ライブは「実演会」、ファンは「胞子」と呼ばれる。ライブの最後の曲はかならず、キノコホテルのテーマ曲である「キノコホテル唱歌」で終わることになっている。いわば劇場型のバンドといえる。

 その世界観を形作っているのが、「あなたの心の支配人」の二つ名をもつ、マリアンヌ東雲嬢だ。彼女は作詞作曲、ボーカル、電気オルガンを担当しており、キノコホテルの世界観は彼女の妄想の結実と言ってよい。オルガンをサウンドのメインとしているところも今日では珍しい。これほどアクが強くて、個性的、しかも同じスタイルで10年も続いているバンドを筆者は知らない。

 そんなマリアンヌ東雲嬢自身にキノコホテルの魅力を語ってもらおう。

表現者になるとは思っていなかった

――昨年(2017年)、インディーズ時代を含めて創業(結成)10周年を迎えましたね。まずはデビューのきっかけなどからお聞きします。

マリアンヌ東雲 学校を出てからわりとフーテン的な生活というか、ロクに働きもせずフラフラしていた生活をしていたんですが、それにも飽きてきて、周囲の友人に演劇関係も多かったこともあって、趣味的にボイストレーニングを受けに行ったんですよ。

 で、そこの先生が作曲を勧めてくれまして。私はプロを目指す事なんて全く考えていなかったんですが。「これからは歌う人が曲も書けた方がいいよ」って。たぶん私のキャラクターとか声の質とかを気に入ってくれていたんだと思うんだけど。

 子供の頃から音楽が降ってくる、あるいは未知なる音楽が頭の中で鳴っていることが多々あったんですよ。鼻歌とかじゃなくて、全ての楽器が入った完成形で。でも、幼少時からバイオリンを習っていたけど、その頭の中の曲を作品にしようという欲求は芽生えなかった。イラストや漫画を描く事の方が好きで、音楽に関しては創作欲というものが当時はさほどなかったみたいで。

 それで、先生に曲を作れと言われたときに、それを思い出したわけですよ。アレを形にするのが作曲なのね、と思って。でもギターもベースも弾けないしパソコンも持っていないと言ったら、簡単なシーケンサーを貸してくれて。その後、自分で同じ物を買って、次のレッスンまでの1週間でワンコーラス作ったのだけど、それがデビューアルバムに入っている「真っ赤なゼリー」の原型でした。

 それを聞いた先生が、凄くいい、これはバンド向けだねとおっしゃって。バンドかぁ、と。まあ、やることもないからバンド組んでみようかと思ったわけ。

――ボイストレーニングに行っていなかったら、いまのマリアンヌさんはいなかった?

マリアンヌ そうですね。生きていたかどうかも分からない。マトモに働きもせず、お嫁にも行かないで、どうしていたかしら? ムショに入っていたかも知れないし(笑)。自分が表現者になるとは思っていなかったですよね。

 それでもプロになるとかということも考えずにインディーズで2007年に活動を始めて、当時のメンバーたちも単に音楽やっているのが好きで、プロデビューするという野望は無かったですよね。でも自主製作でCDぐらい作ろうということで2007年末にシングルを出したんですよ。そうこうしているうちに2010年に徳間ジャパンからメジャーデビューが決まりました。

参見久人拡大10周年記念のライブで=撮影・参見久人

60~70年代には、いい意味での異常性があった

――音楽性やコスチュームがGSや昭和歌謡、エレキなどの影響を受けていると言われることに関して、最近はいささか倦んでいるそうですが。

マリアンヌ まあ、そういう説明がわかり易いし、確かにGSや昭和歌謡は創業以前、20歳頃にハマっていて、もの凄く影響を受けていたわけですよ。むろんその要素がキノコホテルの血肉とはなっているけども、ステレオタイプな先入観を抱いてもらいたくないですね。

 過去一定期間でGSや昭和歌謡ブームみたいなものがあって、キノコホテルを始めた頃はその波の一つが落ち着きそうなところで、いろいろなバンドが解散した時期でしたね。そこで空いた席に座らせてもらった感じかしら。当時、そういう女性のバンドがたまたまいなくって、皆さんに覚えてもらうために、ことさらそういうところを強調したんですけども。

――キノコホテルはそういう昭和な音楽や雰囲気をベースにしているけれども、実は全く別なものになっていますよね。

マリアンヌ そうですね。レプリカ的なものをやりたかったワケでも、リバイバルバンドをやりたかったわけでもない。そもそも当時の歌手にしても作詞家作曲家にしても非常に偉大で、あれを単に真似しても劣化コピーにしかならないですし。例えば当時の楽器アンプやら機材やらを大枚はたいて買い集めても、それはクリエイティビティとは別の話ですし、もう単に趣味の世界ですよね。

――だったら、オリジナルのGSや昭和歌謡を聴いた方がいい、ということになりますよね。

マリアンヌ だからキノコホテルもその手のバンドと同じようなことをしていると未だに思われるのは心外なんです。 ・・・続きを読む
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筆者

清谷信一

清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家。1962年生まれ。東海大学工学部卒業。03~08年まで英国の軍事誌Jane's Defence Weekly日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関、Kanwa Informtion Center上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛─日本を支配する幻想』『防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『自衛隊、そして日本の非常識』『ル・オタク フランスおたく物語』、共著に『軍事を知らずして平和を語るな』『アメリカの落日―「戦争と正義」の正体』『すぐわかる国防学』など。最新刊に『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』。

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