メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

北朝鮮が対話攻勢に転じたワケ

核ミサイル抑止力に大いに自信。非核化をちらつかせるも、狙いは核保有国入り?

高橋 浩祐 国際ジャーナリスト

歴史的なイベントが数珠つなぎ

訪中していた北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長を乗せたとみられる列車。中朝国境を流れる鴨緑江にかかる橋を渡った=3月28日午前6時5分、中国遼寧省丹東拡大訪中していた北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長を乗せたとみられる列車。中朝国境を流れる鴨緑江にかかる橋を渡った=3月28日午前6時5分、中国遼寧省丹東

 北朝鮮情勢の展開がなんとも激しい。

 平昌五輪が終わり3月に入ったとたん、4月末の南北首脳会談開催と5月までの歴史上初の米朝首脳会談開催という驚きのニュースがたて続けに世界中を駆け巡り、3月末には北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が電撃的に訪中した。歴史的な大イベントがあたかも連鎖反応のように数珠つなぎで起きている格好だ。

 金正恩委員長は昨年まで、国連決議に反して、国際社会への軍事挑発的な行為を繰り返してきた。しかし、今年に入ってからは、敵対関係にある韓国と米国、そして、近年関係が極度に悪化していた中国を相手に対話攻勢を仕掛け、実際の行動に移してきた。

 歴史的な地殻変動を見せる北朝鮮情勢。いったい足元で何が起きているのか。

対アメリカの「抑止力」を確保

 このところの韓米中を相手にした北朝鮮の外交攻勢の背景にあるのは、アメリカを相手にすでに十分な抑止力を確保したという北朝鮮の自信であろう。具体的には、核兵器とその運搬手段である大陸間弾道ミサイル(ICBM)が、すでに整ったとみられる。

 北朝鮮は昨年、ICBMの発射実験を3回実施し、水爆とみられる核実験にも成功した。なかでも筆者が注目するのは、北朝鮮が昨年11月29日に新型のICBMである「火星15」を発射した直後、「米国本土全域を攻撃できる」と主張し、「核武力完成」を宣言した点である。

 当初、この「核武力完成」宣言にはかなりの違和感があった。北朝鮮はいまだICBMの実戦配備には欠かせない大気圏再突入技術などを確立していないとみられているからだ。

 北朝鮮はこれまでのICBMの発射実験3回をすべて、通常より高い角度で打ち上げる「ロフテッド軌道」で発射してきた。しかし、アメリカ本土を狙うICBMを完成させるには、最大射程範囲(フルレンジ)で水平線近くに飛ばす「ミニマムエナジー軌道」での発射実験が必要だとみられる。

短期的には経済より安全保障を優先

 だが、北朝鮮にしてみれば、冷戦時代にソ連がアメリカを相手に確保したような高い水準の核ミサイル抑止力は必要ない。そもそも国力からして、それを実現することは到底不可能だ。

 それゆえ、北朝鮮はアメリカ相手に自らの核ミサイルをある程度まで高度化させ、一定の抑止力を持った時点で、アメリカとの本格交渉に移るという長期的なロードマップを事前に持っていたのだろう。裏を返せば、アメリカと対等に交渉するために、ミサイル実験や核実験を繰り返して、「核武力完成」という軍事戦略的に好ましい立場を手にするまで、いかなる非難、制裁もじっと耐え忍ぶ覚悟を決めていたともいえる。

 金正恩委員長は「経済建設」と「核武力建設」を同時に進める「並進路線」を採ってきた。しかし、軍事的な抑止力を確保できるまでは、経済制裁による短期的な犠牲も辞さないとの姿勢を維持した。国家の安全保障を優先し、経済的なロスを甘受してきたとみられる。

「平昌五輪」を最大限活用

 しかし、ここにきて北朝鮮は、アメリカ本土を攻撃できるICBMという軍事力が存在すると宣言し、アメリカとの本格交渉に舵(かじ)を切ってきた。そこで、駆け引き材料として使われたのが、「平昌五輪・パラリンピック」であった。

 北朝鮮はこの「平和の祭典」を最大限活用し、巧みに日米韓の分断をはかった。すなわち、年明けからまず北に融和姿勢をみせる韓国を足場として使い、南北対話、さらには米朝協議につなげていく戦略を立て、そのための準備を遅くとも昨年のうちから進めていたとみられる。

 国内的にも、「核武力の完成」でアメリカがもはや自国を攻撃できないと喧伝(けんでん)して実績をアピール。アメリカに対する敵視政策を変える局面に至らせる構えをみせている。

手本は父・金正日総書記の外交

 金正恩委員長は、父親の金正日総書記が2000年に展開した「全方位外交」を手本にしていると筆者はみている。

 この年の5月、金正日氏は中国を非公式に訪問し、当時の江沢民国家主席と会談した。金正日氏にとって、総書記就任後初めての外国訪問だった。そしてその直後、「太陽政策」を掲げる韓国の金大中大統領と史上初の南北首脳会談(6月)に踏み切っている。

 南北関係の改善を図った北朝鮮は、アメリカとの関係改善も一気に推進した。同年10月には趙明禄・国防委員会第1副委員長が訪米。当時のビル・クリントン大統領と会談して敵対関係を終結させる「共同コミュニケ」を採択した。この時、趙明禄氏はクリントン大統領に訪朝を要請したが、クリントン大統領は固辞。代わりに、マデレーン・オルブライト国務長官を現職閣僚として初めて平壌に派遣した。

 その後、クリントン大統領自身の訪朝も検討されたが、直後の大統領選でクリントン大統領と比べて北に強硬なジョージ・W・ブッシュ大統領が勝利したことで、大統領の訪朝は頓挫。ブッシュ政権下では、2002年に北朝鮮のウラン濃縮計画が問題化し、米朝関係は再び悪化した。

 金正恩委員長が、中朝首脳会談、南北首脳会談、米朝首脳会談の順で外交攻勢をかけた金正日氏の手法を意識している可能性は高く、「全方位外交」に大きくシフトしてきている。

金正恩委員長訪中の3つの理由

 では、金正恩委員長はなぜ、このタイミングで、2011年11月の権力継承後初めての外遊で北京を訪れたのか。大きく3つの理由が考えられる。 ・・・続きを読む
(残り:約2599文字/本文:約4834文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
デモクラシーやJournalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

高橋 浩祐

高橋 浩祐(たかはし・こうすけ) 国際ジャーナリスト

英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。1993年3月慶応大学経済学部卒、2003年12月米国コロンビア大学大学院でジャーナリズム、国際関係公共政策の修士号取得。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。朝日新聞社、ブルームバーグ・ニューズ、 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、ロイター通信で記者や編集者を務める。

高橋 浩祐の新着記事

もっと見る