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参院予算委で、佐川宣寿・前国税庁長官(左)に質問をする自民党の丸川珠代氏(右)=27日拡大参院予算委の証人喚問で、佐川宣寿・前国税庁長官(左)と質問をする自民党の丸川珠代氏(右)=2018年3月27日
3月27日(火) 国民注視の中で、佐川宣寿・前財務省理財局長の国会での証人喚問が午前9時半から始まる。午前中が参議院、午後が衆議院。早めに局に行きテレビをみていた。こんな時でも「報道特集」の定例会議はやるというので出たが、「心ここにあらず」だったので、会議中も僕はアイフォンで喚問をみていた。テレビは全局が佐川氏喚問の生中継をやっている。NHKの中継が喚問のやりとりをわかりやすく文字化して表示していた。思えばNHKも随分と変わったものだ。あ!そういえばNHKが「書き換え」ではなくて「改ざん」と記しているではないか。

 佐川氏は喚問に先立つ宣誓、署名・捺印でも特に取り乱した様子ではなかった。ただ軽くこぶしを握っていた。国会での証人喚問劇を僕は長い記者生活のなかで何度もみてきたが、1976年のロッキード事件での小佐野賢治・国際興業社主(当時)がその最初だったか。なかでも1979年のダグラス・グラマン事件の際の海部八郎・日商岩井副社長(当時)の署名の際の手の震えのシーンは忘れられない。彼は宣誓の後、緊張のあまり手が震えだしてペンでの署名が思うようにできなかったのだ。国会での証人喚問とはそれほどある意味で神聖かつ厳粛なものだった。かつては。今回はどうか。

 冒頭の予算委員長からの質問で佐川氏の基本姿勢がわかってしまった。案の定、改ざんについていつどのように認識し実行したかについては、刑事訴追のおそれがあるとして一切の証言を拒否した。また改ざんは「理財局の中で対応した」として外部からの指示・働きかけを全否定した。

 続いて登場した丸川珠代参議院議員の質問を聞いて呆れ果てた。いつものように彼女は白いジャケットを着てテレビ的には非常に目立っていた。

<丸川:佐川さんあるいは理財局に対して安倍総理からの指示はありませんでしたね。佐川:ございませんでした。丸川:念のために伺いますが、安倍総理夫人からの指示もありませんでしたね。佐川:ございませんでした。丸川:少し丁寧に聞きます。官邸の官房長官、官房副長官、総理秘書官からの指示はありましたか。佐川:ございませんでした。丸川:では、安倍総理の秘書官からの指示はありましたか。佐川:ございませんでした。丸川:ここまでの証言踏まえますと、まず官邸からの指示はなかったということになります。間違いありませんか。佐川:間違いございません>

 呆れ返りながらこのやりとりを僕は聴いていた。言葉のうえでは丸川議員の発言の末尾の「ね」こそが、この日の喚問劇のすべてを象徴していた。終助詞の「ね」は自分の考えへの相手の同意を引き出す時によく使われる。あまりにも露骨な「念押し」というか、佐川さん、わかっているわよ「ね」、余計なことを喋ったらどうなるかを「ね」、という「恫喝」にも聞こえた。

 時々視線が宙に浮くようなシーンもあったが、基本的には揺るぎない答弁ぶりだった。改ざんについては、関連する事柄も含めて一切話さない。首相や昭恵夫人、官邸、財務大臣ら理財局より「上・外」からの関与・働きかけは根拠を示さずに全否定する。この2点では全くぶれていなかった。

 補佐人として同席していたいわゆる「ヤメ検」の熊田彰英弁護士は、小渕優子、甘利明両議員の関与した刑事事件の弁護を担当して不起訴に導いた人物だと午後になって知った。さらには、2010年、大阪地検特捜部の前田恒彦検事(当時)が証拠を改ざんした大事件があって(いわゆる「村木事件」)、その特捜検事ら3人が逮捕された。その事件で最高検検事として公判を担当したのがこの熊田弁護士だということも伝わってきた。この事件を捜査している大阪地検特捜部もやりにくいだろうと誰でもが想像できる。大阪地検内部で何があったのかを知られているからだ。一体誰が熊田弁護士を佐川氏に紹介したのだろうか。そう言えば、宗像紀夫氏という元名古屋高検検事長も内閣官房参与になっていたことを思い出した。司法が壊死状態になってしまった時代に僕らは生きている。

 午後の衆議院での証人喚問までみていてどっと疲れた。この徒労感、空虚なやりとり。佐川氏は一体誰から何をこれほどまでに必死になって守っているのだろうか。人事権よりも人権を。真相隠蔽よりも真相解明を。満ち足りた生活よりも矜持を。驕りよりも誇りを。佐川氏よりも前川氏を(ん?)。それにしても与党議員と野党議員の質問時間のアンバランスは限界を超えている。史上最もおぞましい国会喚問だったと思う。

 夕方からマスコミ学会の学会誌掲載論文の査読。その後NHKスペシャル『赤報隊事件』のドキュメンタリー編をみる。よく取材していたが新事実はない。岩波書店から出ている本『記者襲撃――赤報隊事件30年目の真実』(樋田毅)の書評を書くための参考にと思ったが。

折も折、映画『ペンタゴン・ペーパーズ』を見る

3月28日(水) 朝、プールに行ってがっつりと泳ぐ。このところ心身に堆積している鬱憤を一気に泳いで洗い流そう。それであまりに力が入りすぎて2.2キロも体重が減った。きのうの国会喚問の生中継。NHKの朝が9.2%という異例の高視聴率を記録したようだ。「毎日新聞」と「週刊現代」のコラムの原稿を書く。やはり佐川氏証人喚問について書かざるを得ない。

 日本で仕事をしている外国人ジャーナリストたちが森友文書改ざん事件をどうみているのかを聞いてみようというアイディアから、欧米系の何人かの知り合いのジャーナリストに打診したが、今は中朝会談のことが忙しくてNGが続く。突如浮上した感の強い放送法4条撤廃の動き。新聞系の人には事情がよく理解できていないようだ。

3月29日(木) 午前中、北海道新聞の書評原稿を準備。午後3時半からフランスの『フィガロ』誌の東京特派員レジス・アルノー氏へのインタビュー。これがなかなか面白かった。杉山晋輔新駐米大使の着任記者会見がワシントンDCで行われたようだ。大丈夫なのだろうかという大きな疑問符がつきまとう。4月27日に南北首脳会談の開催が決まる。朝鮮半島は大きく動き出すだろう。

 夕刻よりS夫妻らと会食。さまざまな話をする。その流れで新宿へ。アコーディオン奏者のせきた・さらいさんの生演奏を至近距離で聴けるしあわせ。久しぶりにKに顔を出して、西部邁氏が「自殺」した夜のことを聞く。 ・・・続きを読む
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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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