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今こそ読むべきマルクスの『資本論』

あっぱれな研究者にして俗物のマルクス。資本主義の欠陥が噴出し再び脚光。

的場昭弘 神奈川大学教授

マルクスと出会った1968年

カール・マルクス拡大カール・マルクス

 今年はカール・マルクス生誕200年の年である。

 マルクスという名を聞いただけで嫌悪する人でも、その名が歴史に与えた大きな影響を否定するものはいないであろう。昨年はルターの宗教改革(1517年)500年の年であったが、マルクスもルターと同じく世界史にその名を大きく刻んでいる人物であることは忘れるべきではない。

 私がマルクスに出会ったのは、ちょうど50年前、生誕150年の1968(昭和43)年である。当時私は高校生であった。

 1968年という年は、ある意味、大きく世界が動いた年であった。ベトナム戦争に反対するベトナム反戦運動、キング牧師とロバート・ケネディの暗殺、プラハの春、フランスの五月革命、メキシコ・オリンピック。新宿駅騒乱事件をはじめとする大学紛争の真っただ中でもあった。

 当時、学生運動に参加する学生たちの必読書。それはマルクスの著作であった。聞きかじりでも『資本論』、『共産党宣言』、『経哲草稿』、『ドイツ・イデオロギー』などの著作名は、学生の間でもてはやされた。

幻想と化した社会主義社会の理想

 しかし、この生誕150年は、それより50年前の生誕100年(1918年)の前年に起きたロシア革命から第2次大戦後にかけて作り上げられた「社会主義者マルクス」というイメージを変える、大きなまがり角の年であった。

 中ソ紛争による社会主義同士の戦争、ハンガリー動乱、スターリン批判などが立て続けに起こり、社会主義社会に対する理想は、すでに幻想と化していた。とりわけそれを決定づけた事実こそ、この年に起こったフランス五月革命とチェコスロバキアのプラハの春であった。

 資本主義の後に来るもの、すなわちマルクスが予言したものは、もはや当時の学生たちにとって、現存の社会主義国ではなかった。だからこそ、当時の学生には、マルクスの未来像への関心は薄らいでいた。

 すでに多くの若者は、マルクスの中に社会主義者マルクスを見るのではなく、あるいは資本主義が引き起こす貧困問題を見るのでもなく、人間の疎外を描いたマルクスを読みとろうとしていた。戦後のベビーブーム世代であふれかえった大学は、資本主義がもたらした豊かな社会の結果であり、社会主義も貧困問題も、そんな学生たちの興味からすでに失せていたのは、当然だったのかもしれない。

「市民社会的マルクス読み」が登場

 当時、問題視されたのは、経済成長がもたらす巨大なめぐみとは裏腹な公害被害であったり、労働に対する疎外の問題であったりした。フランスをはじめ各国で起きた学生運動は、資本主義には絶望しながらも、社会主義への幻想も抱いてなどいなかった。

 だからこそ、当時の学生に多く読まれたのは、マルクスの後期の著作『資本論』ではなく、マルクスの初期の著作『ドイツ・イデオロギー』や『経済学・哲学草稿』などであった。それはもっぱら資本主義がもたらした近代合理主義の行く末に対するかすかな不安であり、人間のために社会があるというヒューマニズムに対するひそかな抵抗でもあった。

 1960年代は、資本主義がいまだ成長している時代であり、「恐慌」ということばはもはや死語となり、資本主義の発展に無限の力を感じるという時代でもあった。だから、資本主義の中で、公害や戦争の問題が解決できれば、資本主義でもいいという気持ちを、大方のマルクス・ボーイはもっていた。資本主義がより洗練され、持続可能な発展がもたらされれば、それを簡単に受け入れるという下地が、このようにしてできていったのである。

 その後、1980年代には「一億総中流社会」が訪れる。もはや、貧富の格差や成長の限界など考えられようはずもなかった。かくして、マルクス主義者は雪崩を打って市民社会派となっていた。「市民社会的マルクス読み」の時代が生まれたのだ。

資本主義以外の選択肢がない時代

 市民社会的マルクス主義とは、資本主義の経済成長に乗ったマルクス主義、といってもいい。欧米の学生運動は、資本主義の高度成長の結果、生まれた。戦後世代が大量に大学に行けるようになったのは、高度成長のおかげであった。そんな彼らの関心は、もはや貧困ではなく、豊かさの中の貧困、そして人間疎外の問題へとシフトしていった。

 当時さかんに読まれたエーリッヒ・フロムやハーバート・マルクーゼなどの書物は、マルクスの初期の著作に関心をもつ。そこから生まれるマルクスの資本主義批判は、資本主義が生み出した、人間の機械化に対する批判であった。

 実際、高度成長で勢いづいた資本主義は、社会主義を資本主義世界市場の中に組み入れることで、1989年から91年にかけてソ連型社会主義を崩壊へと導いた。資本主義がもたらした貧困、不平等、矛盾なども、いつのまにか記憶の隅に追いやられ、資本主義以外の選択肢のない、「歴史のおわり」時代がやってきた。

 皮肉なことだが、生誕150年時点の疎外批判、市民社会的マルクス読みが、マルクスを不必要なものとしてしまったともいえるのだ。その理由は、資本主義自体が、人間疎外の問題をある程度解決し、洗練された資本主義へと変貌(へんぼう)するにつれて、そうした問題に関心がもたれなくなったことと、グローバル化した新たな資本主義が、再び資本主義本来の貧富の格差をグローバルにもたらし始めたことにある。

 グローバル化した資本主義は、世界中を資本主義化する過程で、資本過剰や生産過剰を生み出し、バブル経済でも引き起こさないことには、資本主義の発展自体が止まるという状況を生み出した。グローバル資本主義それ自身が、バブルの温床だったのである。 ・・・続きを読む
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筆者

的場昭弘

的場昭弘(まとば・あきひろ) 神奈川大学教授

1952年、宮崎県生まれ、経済学博士。専門はマルクス経済学。『超訳資本論』(祥伝社、2008年)、『一週間de資本論』(NHK出版、2010年)、『マルクスを再読する』(角川文庫、2017年)、『最高の思考法 「抽象化する力」の講義』(日本実業出版、2018年)など著書多数。