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観光立国につながるIR・カジノとは

「カジノありき」ではない、地域の発展に役立つ真の統合型リゾートへの構想力が必要

寺島実郎 日本総合研究所会長・多摩大学学長

 与党の自民、公明の両党が先月、カジノを含む統合型リゾート(IR)の実施法案の内容について合意に達した。今国会に法案を提出して成立を目指すという。

 一昨年末に施行されたIR推進法で日本初のカジノが現実味を帯びるなか、興奮して勢いづく推進派とギャンブル依存を懸念する慎重派の間で綱引きが続いてきたが、IR実現に向け、歯車がまた一つ回ったと言えるだろう。

追求したいのは「真のIR」

 IR推進協議会の共同代表をつとめ、付加価値の高い「観光」を追求してきた私は、今回の合意を「真のIR」に向けたプロセスとして、一定の評価をするものである。とはいえ、IRと言えば、良きにつけ悪しきにつけ、カジノばかりに焦点があてられる今の日本の風潮には、苦笑い、冷笑を禁じ得ない。

 あえて強調しておきたいのは、私が求めるのは、あくまでも「真のIR」だということである。「初めにカジノありき」のIRではない。推進協議会においても様々な思惑があるメンバーが集まっていることを見極めながら、IRの旗を振り、付加価値の高い観光をつくりだすという思想を定着させようと踏ん張ってきた経緯がある。

 それでは「真のIR」とは何なのか。どうして私がそれを追求してきたのか。本稿ではそれを論じてみたい。

「貿易立国」から「観光立国」へ

シンガポールにある統合型リゾート(IR)「マリーナ・ベイ・サンズ」シンガポールにある統合型リゾート(IR)「マリーナ・ベイ・サンズ」

 ハイエンドな知的専門家が一堂に会する国際コンベンション施設、高級ホテル、ショッピングモール、レストラン、劇場・映画館、アミューズメントパーク、スポーツ施設、カジノなどが一体となった複合的な観光施設を中核に据え、その地域のトータルな観光を総合プロデュースする戦略。それがIRである。

 急速な少子高齢化で就業人口や産業構造の変化が進み、「モノづくり国家」「貿易立国」が行き詰まりを見せている日本が衰亡の道を逃れるためには、観光を産業化して成長戦略の柱にする「観光立国」が一つの重要なカギだと私は考えている。人口減による活力低下を海外からの来訪者のエネルギーで補えるし、観光業の振興によってサービス産業の高度化も見込めるからだ。

 IRは、そんな日本の観光立国にとって不可欠な存在であり、観光戦略の要に他ならない。

アジアからの観光客が増えたワケ

 昨年、日本への外国人来訪者は2800万人に達した。観光庁の目標を上回る増加ぶりだ。内訳を見ると8割がアジアからの来訪者だが、それには理由がある。結論から先に言えば、アジアの富裕化が後押ししているのである。

 我々の分析によると、ある国で1人当たりのGDPが5千㌦を超すと海外旅行に対する関心が高まる傾向がある。振り返れば、日本もそうであった。1人あたりGDPが5千㌦を超えた1970年代後半、ハワイなど海外への観光客が一気に増えている。

 現在のアジアを見渡すと、中国の1人あたりGDPは今年1万㌦を超える見込みである。シンガポールは日本(4万1千㌦)を大きく上回り、香港も2010年に日本を追い抜いた。韓国は3万㌦、台湾は2万5千㌦を超える。東南アジアに目を転じると、タイが7千㌦前後、インドネシア、フィリピンがそれに続く。

 要は、1人当たりのGDPが5千㌦超の国が次々と現れており、結果として、近場の日本まで海外旅行に出掛ける人が増えたと考えられる。

「二泊三日3万円」を超える発想を

 問題は、それだけの訪日外国人を受け入れる戦略、体制が日本にあるかどうかである。

 確かに最近は、全国津々浦々で、観光を通じて地域振興を図ろうという動きがはやりである。だが、残念ながら、「二泊三日で3万円」レベルのツアー客を取り込むという発想にとどまっているのが現状だ。これだと、経済の活力を高めるような決定的な要素にはなり得ない。

 大切なのは、より付加価値の高いサービスを求める観光客を満足させること、ハイエンドなリピーターを引きつける旅行体験を提供する準備があるかどうかであろう。

 そこで必要になるのが、私の言う「真のIR」である。繰り返しになるが、「真のIR」は初めにカジノありきではない。観光による地域振興とは何かを広い視野で問いかけ、大きな構想を描いて地域の特色を生かしたプロジェクトを探求し、その過程でカジノを位置づけるべきであろう。

観光の魅力は非日常のドキドキ感

 もちろん、IRと言えばカジノという見方は根強いし、世界にはカジノを軸にした観光の成功モデルも少なくない。日本でも「カジノを起爆剤に」という思いで動き始めた地域の人たちの気持ちも理解できる。カジノがIRの重要なコンテンツであるのは間違いない。

 そもそも私自身、カジノ否定論者ではない。アメリカ東海岸で仕事をした十数年間、ニューヨーク、ワシントンから車で2時間弱をかけて、幾度もカジノのまち、アトランティックシティーに足を運んだし、西海岸のラスベガスのカジノでも楽しんだ。アメリカ以外の国々、たとえばマカオやシンガポールなどのカジノも体験している。

 観光の魅力をひと言で言えば、異なる非日常的な空間に身を置き、ドキドキ感を味わうことだ。非日常のなかで刺激を受け、喜びを味わい、感動したり、興奮したり、ため息をついたりする。そこに発見が生まれ、新たな価値を創造するきっかけになる。「移動は人間を賢くする」というのが私の持論である。

様々なタイプがある世界のカジノ

 観光には光と影が同居する。たとえば江戸時代のお伊勢まいりには、宗教的な巡礼という面と、「旅の恥はかきすて」的な娯楽的な要素が絡み合っていた。それは現代も変わらない。

 非日常の娯楽、危うさも含めた大人の世界の最たるものがギャンブルであろう。その清濁合わせのむような魅力に加え、外国からの来訪客から「ナイトライフ」が乏しいと指摘される日本の夜の観光を充実させる観点からも、大人の感覚で楽しめる場所として、カジノの意義はある。

 ここで留意すべきは、世界には様々なタイプのカジノがあることだ。「ハイローラー」(驚くような高額を賭ける人)によるギャンブラー天国のマカオのカジノ、ハイローラーも来るが、子ども連れでも遊べるラスベガスやアトランティックシティーのカジノ、世界の超大金持ちがエンジョイするモナコのカジノといった具合である。

 なかでも私が注目するのはシンガポール・モデルだ。

シンガポール・モデルの3つの要諦

「ゲンティン・シンガポール」が運営するリゾート・ワールド・セントーサのカジノ=シンガポール「ゲンティン・シンガポール」が運営するリゾート・ワールド・セントーサのカジノ=シンガポール

 シンガポールは2010年、二つのカジノを開設した。ユニバーサル・スタジオ・シンガポールなどが入っているリゾート・ワールド・セントーサと、ダウンタウンに近いマリーナベイ・サンズである。

 シンガポール・モデルの要諦(ようてい)は三つある。

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