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海を渡った新幹線~「平成」考

3人の専門家が語る新幹線輸出の意義、問題点、そして課題

吉岡桂子 朝日新聞編集委員

 

中国の高速鉄道・復興号(右)と和諧号。それぞれ習近平、胡錦濤各政権の政治スローガンから名付けられた。開発当初、技術は日本、独仏カナダの企業から導入された=2017年7月3日、上海虹橋駅、吉岡桂子撮影拡大中国の高速鉄道・復興号(右)と和諧号。それぞれ習近平、胡錦濤各政権の政治スローガンから名付けられた。開発当初、技術は日本、独仏カナダの企業から導入された=2017年7月3日、上海虹橋駅、吉岡桂子撮影

 世界にさきがけて時速200㌔超で駆け抜けた日本の新幹線は、海の向こうにはばたく「夢の超特急」か、世界に誇る日本土着の「ガラパゴス」なのか。

 「昭和」の高度成長の象徴として、日本独自の発展をとげた新幹線だが、「平成」になって海外を目指すようになった。日本人に愛され続けてきた秘蔵っ子は今、国際競争の荒波にさらされている。

 筆者は朝日新聞の企画「平成とは」で「新幹線 アジアに渡る」(4月29日付朝刊)を執筆。そこで、新幹線輸出の初めての成功例となった台湾での逆転劇、政治にもみくちゃにされた中国での苦戦、今まさに高速鉄道の建設がすすむインドでの経緯を描いた。

 成長戦略の切り札としてインフラ輸出の「目玉商品」とされる新幹線だが、その意義はどこにあるのだろうか――。JR東海の名誉会長葛西敬之氏、台湾で高速鉄道を運行する台湾高速鉄路会長の江耀宗氏、鉄道輸出の歴史や産業史に詳しい東京大学教授の中村尚史氏に聞いた。(聞き手・吉岡桂子)

◇葛西敬之氏

かさい・よしゆき JR東海名誉会長。1963年旧国鉄に入り、87年の分割民営化でJR東海へ。95年から社長、会長を務め、2014年から現職(代表権は18年に外れる)。1940年生まれ。

葛西敬之・JR東海名誉会長=2017年10月31日、東京品川のJR東海、吉岡桂子撮影拡大葛西敬之・JR東海名誉会長=2017年10月31日、東京品川のJR東海、吉岡桂子撮影

外交や安保の延長として考えるべき

 新幹線はロケットなど宇宙開発と異なり、最先端の要素技術を用いたものではない。いずれは誰かが似たようなものを造れるかもしれない。ビジネスとして自動車のように大量に売れるものでもない。

 だからこそ、海外展開にあたっては産業の振興だけでなく、外交や安全保障の延長として考えるべきだ。

 たとえば、台湾は日本が中国大陸に向き合うとき安全保障上、米国とともに極めて重要な意味を持つ。新幹線の台湾への輸出は、この文脈で支持してきた。中国が「一帯一路」戦略で、鉄道の輸出を「覇権」や国内の過剰生産力の排出先に用いるような動きを強める今、より確信を持っている。

地政学的な配慮で新幹線選んだ台湾

1992年3月14日から東海道新幹線東京―新大阪を2時間半で走り始めた「のぞみ」(左端)。開業以来親しまれた「ひかり」(右、中)に新型車両として加わり、流線形が話題を集めた=1992年2月14日、東京・品川のJR東海・東京第2車両所で。拡大1992年3月14日から東海道新幹線東京―新大阪を2時間半で走り始めた「のぞみ」(左端)。開業以来親しまれた「ひかり」(右、中)に新型車両として加わり、流線形が話題を集めた=1992年2月14日、東京・品川のJR東海・東京第2車両所で。

 台湾はいったん欧州(企業と組んだ台湾高鉄グループ)側に優先交渉権を渡したが、最終的には日本が車両や信号、運行管理とコアな部分を獲得できた。商戦の終盤、1999年秋の台湾大地震の後、総統府に李登輝氏を訪ねた。日本なら高速鉄道の地震対策を支援できるとお伝えした。その年末、台湾(高鉄グループ)は一転して日本に優先交渉権を与えた。

 李氏も日本との関係について、「台湾の自立した安全保障に重大な意味を持つ」と話していた。台湾が土壇場で新幹線を選んだのは、地政学的な配慮もされたと考えている。

 台湾での教訓は、新幹線システムをトータルで輸出する重要性だ。一部が独仏との技術の折衷になったことで、いくつかの重要な点で日本側が技術的に妥協を強いられた。台湾からすれば、各国の良い部分を集めてより良いものを作る意気込みだったかもしれないが、それには新しいものを自ら開発するに等しい技術力が必要だ。高速鉄道の経験がないと、できない。早い時期に発注者側に十分な知見を持った人材を得ておくことが必要である。

リニアにも強い関心を抱いた中国

来日時にリニアモーターカーに試乗した中国の朱鎔基・元首相。中国政府から日本政府に対して、北京郊外でリニアの共同開発も持ちかけられていた=2000年10月16日、山梨県、代表撮影(日本経済新聞社)拡大来日時にリニアモーターカーに試乗した中国の朱鎔基・元首相。中国政府から日本政府に対して、北京郊外でリニアの共同開発も持ちかけられていた=2000年10月16日、山梨県、代表撮影(日本経済新聞社)

 中国での日本の経験を振り返ると、(先頭の機関車が後続車両を牽引する)欧州式ではなく、日本の新幹線の規格(各車両にモーターを着けて列車を編成する電車方式)が広がったというプラス面がある。そのいっぽうで、その後、相互のビジネスが国際市場で競合することになったというマイナス面もある。そこから得られる教訓は、いずれも、インフラの移転は政治・外交と密接に結びついているということだ。

 中国はJR東海が開発しているリニアにも強い関心を抱いていた。元首相の朱鎔基氏をはじめ幹部が来日した時には、山梨リニア実験線に試乗したがった。北京郊外で共同開発したいという申し出もあったが、民間企業が独自技術として開発しているものであり、断った。

リニアも新幹線のシステム、輸出先は米国

神戸港から輸出され、高雄港に陸揚げされた翌日、街頭でお披露目された高速鉄道車両。市民の歓迎をうけた=2004年5月26日、台湾・高雄市、台湾高速鉄路提供拡大神戸港から輸出され、高雄港に陸揚げされた翌日、街頭でお披露目された高速鉄道車両。市民の歓迎をうけた=2004年5月26日、台湾・高雄市、台湾高速鉄路提供

 JR東海はトータルのシステムとして輸出できる先として、リニア、新幹線とも先進国であり同盟国の米国を選び、実現に向けた取り組みを続けている。国内のリニア中央新幹線に1300人を超える社員が関わっている状況で、米国以外に人的資源をさく余裕がないのが現状だ。だが、国家として必要性があれば可能な範囲で応じていきたい。

 鉄道はそれぞれの社会に根付くものだ。たとえば、インドも最初の高速鉄道となるムンバイ―アーメダバード間を日本の支援で建設したら、2本目からはインドで育った人材をできるだけ活用したほうが良い。高速鉄道も現地化すべきものだと考えている。

◇江耀宗氏

Chiang・Yao・chung 台湾高速鉄路会長(董事長)。中国鋼鉄会長、中華航空会長などを経て、2016年から現職。米ウィスコンシン大学博士(機械工程)。1952年生まれ。

江耀宗・台湾高速鉄路会長=2018年1月30日、台北市台湾高速鉄路本社、吉岡桂子撮影拡大江耀宗・台湾高速鉄路会長=2018年1月30日、台北市台湾高速鉄路本社、吉岡桂子撮影

台湾全島が日帰り生活圏に

 高速鉄道の開業で、台湾は南北が1時間半で結ばれた。全島が日帰り生活圏になり、航空路線はほとんどなくなった。台北への通勤範囲も広がった。高速鉄道は台湾の社会と人々の生活を大きく変えた。

 開業から11年がすぎたが、死亡事故はもちろん大きな事故はなく、ほぼ定刻の運行を続けている。2017年の定時運行率は99%を超えている。日本のJRにも劣らない水準だ。

 開業当初は訓練が間に合わず、外国人運転手で運行を始めたが、1年半が過ぎてすべて台湾人に変わった。役員など幹部にも30人近い外国人がいたが、今は台湾人で運営している。しっかりと台湾の会社になった。

信頼性が高い新幹線の技術

台湾の南北を1時間半ほどで結ぶ高速鉄道。人々の足として定着し、航空便はほぼ姿を消した=2018年1月29日、台湾・台中駅、吉岡桂子撮影拡大台湾の南北を1時間半ほどで結ぶ高速鉄道。人々の足として定着し、航空便はほぼ姿を消した=2018年1月29日、台湾・台中駅、吉岡桂子撮影

 台湾の高速鉄道は、車両や信号、運行管理といった核心となるシステムは新幹線方式を採用した。1964年からの長い運行実績を持つ新幹線の技術は、成熟し、安定しており信頼できるものだった。

 ただ、軌道にかかわる分岐器が欧州系で、日本のほかのシステムとの調整に長い時間を要した。不具合もあったし、そのたびに修理の費用もかかった。複数のシステムの統合には、手間もかかるし、カネも要する。新しく高速鉄道を建設しようとしている国には、できるだけ統一したシステムの採用を薦める。

日本の新幹線輸出に協力も

 日本に対して注文したいのは、メンテナンスや補修にかかる費用をもっと下げること。主なシステムが日本なので、日本のサプライヤーに頼らざるをえない。だが、競争相手がいないものだから、売り手の日本企業が価格を一方的にコントロールする力を持つ。これをもう少しコストダウンしてくれるなら、日本のシステムを他国にも推薦したい。

 日本が今後、世界に向けて新幹線を輸出するにあたって、台湾は部品の一部を生産したり、相手先の技術の移転や人材の育成を手伝ったりすることができる。我々が高速鉄道をたちあげた経験を生かして、新興国により近い立場で輸出に協力したいと思う。

鉄道以外の部門への多角化も視野

東海道・山陽新幹線700系をもとに開発された台湾の高速鉄道(700T)。2013年7月から14年9月まで、特別仕様のキャラクター列車も走っていた=2013年7月21日、台湾高速鉄路提供拡大東海道・山陽新幹線700系をもとに開発された台湾の高速鉄道(700T)。2013年7月から14年9月まで、特別仕様のキャラクター列車も走っていた=2013年7月21日、台湾高速鉄路提供

 高速鉄道の建設費用は巨額だ。にもかかわらず、台湾の場合、民間企業である台湾高鉄が自身の資金で建設したので、借入金の利払いの負担が非常に重く、経営を圧迫した。そこで、償却期間を延長するとともに資本金を減資し、損失を一掃した上で、増資した。公的な機関の持ち株比率は6割以上に上がったが、今後も経営安定のため、(公的機関は)株を売却しない方針だ。

 高速鉄道を維持し、運行する業務はうまくいっている。ただ、さらなるガバナンスの向上と経営力の強化は重要だと考えている。現在は97%が高速鉄道の運賃による収入だが、旅行や生活にかかわる産業など鉄道以外の部門への多角化をすすめていきたい。

◇中村尚史氏

なかむら・なおふみ 東京大学社会科学研究所教授。著書に『海をわたる機関車―近代日本の鉄道発展とグローバル化)』、『日本鉄道業の形成』など。1966年生まれ。

日中代理戦争の場になった高速鉄道商戦

中村尚史・東京大学教授。著書『海をわたる機関車』は、島秀雄記念優秀著作賞(2017年)を受賞した。島氏は戦前は親子で弾丸列車計画に、戦後は新幹線の開発に携わった旧国鉄の技術者=2015年6月16日、東京大学、中村氏提供拡大中村尚史・東京大学教授。著書『海をわたる機関車』は、島秀雄記念優秀著作賞(2017年)を受賞した。島氏は戦前は親子で弾丸列車計画に、戦後は新幹線の開発に携わった旧国鉄の技術者=2015年6月16日、東京大学、中村氏提供

 新幹線は日本の中年以上の世代にとって、高度成長の象徴であり、日本の強みとされる「安全・快適・時間に正確」を体現した誇るべき存在だ。昭和の時代は輸出する必要も余裕もなく、自己満足の対象として愛された。それが、バブル経済が崩壊した平成の時代に入って、ナショナルアイデンティティーに昇華してしまった。

 とりわけ中国が経済規模で日本を抜き、新幹線の輸出でも競争相手となってからは、高速鉄道商戦はナショナリズムがぶつかりあう日中代理戦争の場と化している。

鉄道は基本的に「ガラパゴス」

 鉄道は土着の乗り物で、基本は「ガラパゴス」である。日本も明治に技術を欧州から導入してから約40年かけて「日本的」なものに収斂させた。長い歴史でみれば、その延長に新幹線もある。国土にあった技術を限りなく磨いて進化させると、その土地にふさわしい、逆にいえば、そのままでは他では通用しない技術になる。

 いかに優れた「ガラパゴス」であっても、輸出に挑む以上、日本と全く同じシステム・仕様でなければ安全は担保できないというのは、かなり自己中心的な考えだ。相手の社会や技術の成熟度などに応じたものに調整するのも、「技術力」に含まれる。

 日本では長い間、鉄道は国内市場を念頭において発展した産業として、国際市場に慣れていなかった。先に発展した欧州は自らの地域で新線の建設が減るなかで、日本より早く海外に市場を求めており、ノウハウが蓄積されている。独シーメンスなどは車両から軌道、金融まで基本的に1社でやれる強みもある。

ナショナリズムやJRへの配慮を背負う

東北新幹線はやてをベースに中国で生産した型の「和諧号」=2011年5月、山東省済南東駅、吉岡桂子撮影拡大東北新幹線はやてをベースに中国で生産した型の「和諧号」=2011年5月、山東省済南東駅、吉岡桂子撮影

 それでも日本の民間企業は、都市鉄道を通じた町づくりや、地下鉄による都市圏の拡大を提案しながら、海外事業を拡大してきた。

 ところが、新幹線になると輸出の経験に乏しいうえ、政治だけでなく、ナショナリズムや国内の重要な顧客であるJRの意向を最大限配慮しなければならない。JR、車両、信号などのメーカー、さらに金融と多くの会社が関わり、それを商社がまとめるから、1社の利幅も薄くなる。民間企業にとっては、より緊張を強いられる面倒なビジネスでもある。成長戦略の目玉に据えた政権へのおつきあいの側面もあるだろう。

新幹線の輸出には疑問も

自由で開かれたインド太平洋戦略を掲げる日本は、巨大なインド市場への新幹線輸出に成功。ムンバイとアーメダバードを結ぶ約500キロを超低金利の円借款で支援する。写真は、JR東日本の職員(左)からシミュレーターの説明を受け、実際に操作するモディ首相(右)を見守る安倍晋三首相=2017年9月14日、インド・アーメダバード郊外、代表撮影拡大自由で開かれたインド太平洋戦略を掲げる日本は、巨大なインド市場への新幹線輸出に成功。ムンバイとアーメダバードを結ぶ約500キロを超低金利の円借款で支援する。写真は、JR東日本の職員(左)からシミュレーターの説明を受け、実際に操作するモディ首相(右)を見守る安倍晋三首相=2017年9月14日、インド・アーメダバード郊外、代表撮影

 新幹線の技術は先端技術ばかりではない。すべてが特許で守られているわけでもない。互いに盗み合う技術ともいえる。同時に鉄道は経験技術でもある。中国も先進国から技術を導入し、日本の8倍にあたる2万5千㌔を日々、運行しながら技術を進化させている。

 英米のような先進国や中国やインドのように大国であれば、いずれ現地生産を求めるのは当然だ。高速鉄道の輸出が、地下鉄などの輸出と比べて、経済成長や安全保障にどれほど役立っているか、疑問が残る。もし、より満たされているものがあるとすれば、一部にある技術ナショナリズムやプライドではないか。


筆者

吉岡桂子

吉岡桂子(よしおか・けいこ) 朝日新聞編集委員

1964年生まれ。1989年に朝日新聞に入社。上海、北京特派員などを経て、2017年6月からアジア総局(バンコク)駐在。毎週木曜日朝刊のザ・コラムの筆者の一人。中国や日中関係について、様々な視座からウォッチ。現場や対話を大事に、ときに道草もしながら、テーマを追いかけます。鉄道を筆頭に、乗り物が好き。バンコクに赴任する際も、北京~ハノイは鉄路で行きました。近著に『人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢』(https://www.amazon.co.jp/dp/4093897719)