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講演する岸井成格さん=名古屋市公会堂 2016年拡大講演する岸井成格さん=2016年、名古屋市公会堂

岸井成格さんは信じられる人だった

5月15日(火) 午前10時から「報道特集」の定例会議。その後、某出版社からの新書の構成案を急いでつくる。やるべきことが山積してきているのはわかっているのだが、それを丁寧にひとつひとつ片づけていく気力がどうにも内側から沸いてこないのだ。こういう時は好きな音楽を聴くか、全く関係のない本を読むか、泳ぐかだ。

 19時30分からの予定の会合。スタートが遅れて午後8時からになる。みんなみんな大変なんだ。その席に旧知のCから電話が入った。岸井成格さんが亡くなったというのだ。えっ! 一瞬言葉に詰まった。まさかこんなに早いとは。ガン治療のため強い薬に替えて治療にあたられていたことは知っていたが……。何とも残念で仕方がない。何人かの人に電話するがつながらない。いっぺんに酔いが醒めた。今日の昼間につくっていた新書の構成案のなかにも岸井さんの名前を記したばかりだった。

 振り返ってみれば、報道の仕事に関わることであまりにも理不尽な事態に直面し、ジャーナリズムの世界から何かを発信しなければならないと決意した時に、最初に連絡を取った相手は、筑紫哲也さん亡きあとは岸井さんだった。思想信条も仕事場所も表現スタイルもかなり違っていたけれど、要は信頼できる人物かどうかだった。岸井さんは信じられる人だった。裏切らない。その岸井さんを名指しで攻撃した卑怯な団体が、読売新聞と産経新聞に全面広告を出したことがあった。岸井さんはひどく怒っていた。何という卑劣なやり口だったことか。とにかく今は、静かにお休みください、岸井さん。合掌。涙が乾く。

蚊帳の外にはキンチョールでシュッ!

5月16日(水) 早起きして朝一番で懸命に泳ぐ。いつもより力が入っていた。局に行って新聞各紙をペラペラ眺めていたら、すべての新聞に岸井さんの死亡記事が載っていた。でも、どの記事も「岸井さんが攻撃を受けていたこと」を報じていなかった。

 午後4時からCSで放送する石牟礼道子さんの追悼企画のことでNと打ち合わせ。熊本日日新聞の高峰武さんと連絡をとる。夕方から神保町で打ち合わせ。何もよくなる兆候はないことを再確認する。その後DさんとYへ。

5月17日(木) 夕方から池袋で、かもがわ出版から出た近著『白金猿――ポスト安倍政権への対抗軸』のシンポジウム。白井聡さんや猿田佐世さんと3人で会うのは考えてみれば、この本の出版のために去年の11月にやった最後の鼎談以来だ。会場には熱心な読者の方々がたくさん来てくださった。白井さんも猿田さんも話に説得力がある。日本は「蚊帳の外」という話をしたら、白井さんが「蚊帳の外にはキンチョールでシュッ!が必要でしょう」と受けて、思わず笑ってしまった。あっという間に持ち時間を使い果たした。3人でじっくり話すと3時間は必要だ。懇親会にも途中まで参加させていただき帰途へ。あしたの準備をしなければ。

強硬派とはこのようなものなのか ・・・続きを読む
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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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