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「席順」で読み解く米朝首脳会談

トランプと金正恩が従えた「三人衆」。彼らの座席順に両首脳の本音が見えた

市川速水 朝日新聞編集委員

拡大トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が初対面して握手したカペラホテルの一角=シンガポール

 両首脳がお互いをたたえ、何度も握手する。 笑みをふりまく。

 外交には「首脳会談に失敗はない。不都合があったとしても、それを見せない」という掟(おきて)がある。2018年6月12日、第2次世界大戦直後から70年間以上敵対してきた米朝間でもその掟は守られた。

 だが、飾り立てた言葉とは裏腹に、事実は能弁だ。

 第三国のシンガポールを会場に選んだこと、金正恩(キム・ジョンウン)・朝鮮労働党委員長が自国機でなく中国機でやってきたこと、2日前に両首脳が現地入りした後も実務協議がぎりぎりまで続いたこと。予定では公表されなかった「共同声明」の署名式。金委員長が早々と引きあげる一方で、トランプ米大統領が一人で蕩々と「政治ショー」の幕を下ろしたこと。

 それぞれに理由がある。

トランプと金正恩が選んだ「3人」

 私が両国の真意を測るのに最も注目したのは、首脳2人きりの会談の直後、4人ずつ参加した「拡大会合」の顔ぶれだった。勝つための、あるいは負けないための最初の布陣、位置取りとみた。

 なぜ4人ずつ(通訳を含み5人)と双方が決めたのかは分からないが、個性的な首脳同士で本音を話し合うには外交儀礼的な参加者は不要と考えたのだろう。こぢんまりした部屋で「実務者会議」のような風景だった。

拡大米朝首脳会談の拡大会合。米国側は右手前からボルトン大統領補佐官、ポンペオ国務長官、トランプ大統領。北朝鮮側は左手前から李容浩外相、金英哲朝鮮労働党副委員長、金正恩党委員長。=2018年6月12日、シンガポール(AP)

 もし、歴史的な会議で「自分以外に3人選べ」と言われた時、誰を選び、どこに座ってもらうか。

 トランプ氏の左隣にはポンペオ国務長官の姿があった。会談直前にも北朝鮮を訪問し、地ならしをしてきた。その向かい側、正恩氏の右隣には直前に訪米してトランプ氏とも会見した金英哲(キム・ヨンチョル)・党副委員長が座った。通訳を挟んで一番奥は、ホワイトハウスを統括するケリー大統領首席補佐官と、前外相で国際問題を仕切る李洙墉(リ・スヨン)・党副委員長。国際・外交関係の「顔」同士が収まった。

 問題は入り口に近い最後の一人だった。米国は対北強行派のボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)が座り、北朝鮮は李容浩(リ・ヨンホ)外相が相対した。

隣に「相棒」、端に「拳」

 ボルトン氏は、北朝鮮が「死に神」「人間のクズ」「吸血鬼」と呼び、核問題をめぐって最も嫌ってきた一人だ。金英哲副委員長が渡米してトランプ氏と会った際も、米側が気を遣ってボルトン氏を同席させなかったほどだ。

拡大ボルトン氏

 一方の李外相は、核の開発を国内で進める責任者の一人であるとともに、核を使った「世界への威嚇」を専ら引き受けてきた。外務官僚一筋で、2000年代初めの英国大使時代に核問題や核による外交を勉強し、リビアや南アフリカ、イランなどの核問題に精通しているといわれる。「北の政権が核開発に本気で取り組むために本国に呼び返した」(韓国の元閣僚)という。

 その後、2010年9月には参事から外務次官に抜擢され、2016年には外相に昇格。昨年秋にニューヨークで「おそらく太平洋で水爆実験を行う」と言及し、世界を驚かせた。その直後に党政治局員に選任されている。

拡大国連総会で演説する北朝鮮の李容浩外相=2017年9月23日、米ニューヨークの国連本部、国連HPから

 話を席順に戻す。通常の会談では、ランクが一緒同士、例えば局長や外相同士が向き合うことが多いが、ポンペオ国務長官と李外相は1人分ずれて座り、一番端に互いを最も刺激してきた者が座ることになった。

 つまり、偶然か意図的か分からないが、両国ともキャラというべきか、役割分担が一致した。奥から順に「外交の顔」、通訳、両首脳、ささやき合える相棒、そして、相手にちらつかせる強面の拳(こぶし)だった。

相手を倒そうとしない「ジャブの応酬」

 事前には、北朝鮮が嫌うボルトン氏は同席しないだろうとの観測が流れた。北朝鮮側も、側近でもある妹、与正(ヨ・ジョン)氏や努光鉄(ノ・グァンチョル)・人民武力相(攻防相)が同席するとの見方が会合の直前まであった。生中継していた日本のある民放が、北朝鮮の出席者があまりにも意外だったのか、一部の写真が用意できないほどだった。

 顔ぶれがこう決まった理由は、合理的な考えと行動に基づくとすれば次のように考えられる。

 北が軍の代表を外したのは、核問題が軍事問題ではなく「外交」だと強調したいからだ。前・現外相を同席させて、さらに念を押した。ただ、現外相が公的な場で繰り返してきた「目標は米国との力の均衡」という主張を変える気はない。

 一方の米側は、「そう簡単に非核化で妥協しない」という意思をあえて示すために、不評のボルトン氏を加えた。おそらく事前に北側にその旨を伝えて抵抗感を薄めている。その証拠に、最近は北朝鮮メディアからボルトン氏を非難する論評は陰を潜めていた。ポンペオ長官が当面、北朝鮮問題の前面に立つことも示した。

拡大並んで歩くポンペオ米国務長官(左)と金正恩朝鮮労働党委員長=労働新聞ホームページから

 ボクシングでいうと、体重差の階級の違いはあるが、ついに同じリングに立った。相手がどんな変則技で来るかもしれないし、相手の技を熟知しているわけでもない。アドバイス役のセコンド(金英哲氏とポンペオ氏)の作戦や考えに耳を傾けながら、拳だけは相手に向けてファイティングポーズを取り続ける――。

 結局、最初から相手を倒そうとは思っていない「ジャブ」の応酬だった。朝鮮半島の非核化に向けた具体的な裏付けがまったく見られない共同声明にもそれが表れている。

鍵を握る「ボルトンと李」の処遇

 声明文書の中で「ポンペオ長官と北朝鮮高官による追加交渉を早期に開く」とうたっているからには、第2ラウンド以降もあるだろう。「交渉している間は戦争が起きない」と6者協議の時に日本外務省幹部が言っていた通り、当面は平和への期待がもてるだけ、今回の会談の意味はある。

 米国が目指すCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)は難しく、核関連施設の申請、登録などを経るため15~20年かかると言われている。首脳の(文書は一応あるが)口約束だけでは、この先を担保するものはない。過去四半世紀の堂々巡り、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)による軽水炉建設が挫折したように、日韓が巨費だけ出して問題が振り出しに戻る懸念も大いにある。

 その間、今回、陰のキーマンとなった李外相とボルトン補佐官の発言権がさらに増すか、なくなるか、昇進するか、外されるか、あるいは言いぶりが全く変わるか。これが近い未来を占う一つの指標となるだろう。

「対米追従」と見下されない日本外交を

 次は日本の出番だ。今回の米朝間の「包括的な合意」を、どう具現化するか。トランプ大統領は案の定、6月12日の米朝首脳会談後の記者会見で経済支援の「請求書」を日本と韓国に回す意向を示した。日本が納得する出費をするためには、南北朝鮮との自発的な対話が求められる。

拡大トランプ米大統領(右)と握手する安倍晋三首相=2018年4月18日、米フロリダ州パームビーチ

 まず、トランプ大統領が「言及した」という拉致問題を、伝聞でなく直接確認する必要がある。「拉致問題の解決なくして日朝国交正常化なし」との政権の立場は、先日、「北と直接対話する」と安倍首相自ら発言したことで一気に変わった。「対話の中で拉致問題を前進させる」と方針転換を国民に説明すべきだろう。

 拉致問題の解決とは何か。北朝鮮の言い分を検証するために誰を何人、どのぐらいの期間送らなければならないのか。それを明らかにするためにも、まずは金正恩氏との直接対話が必要だ。

 今後、非核化問題とのバランスをとりながら、どう対話を進めていくか。得意のスローガンだけでは前に進まない。米朝会談のお膳立てをした韓国との関係も改善しなければならない。

 米国が当初、米朝会談をやるといえば日本の政権は支持し、いったん中止を決めればまた支持し、会談が実現した後にも「意義は大きい。感謝する」と言う。

 北朝鮮から「ただの米国追随政権」と見下されないことも大切な外交戦略なのではないか。歴史的な米朝会談が今後どう展開していくかどうかは、日本外交の実力を計る物差しともなる。


筆者

市川速水

市川速水(いちかわ・はやみ) 朝日新聞編集委員

1960年生まれ。一橋大学法学部卒。東京社会部、香港返還(1997年)時の香港特派員。ソウル支局長時代は北朝鮮の核疑惑をめぐる6者協議を取材。中国総局長(北京)時代には習近平国家主席(当時副主席)と会見。2016年9月から現職。著書に「皇室報道」、対談集「朝日vs.産経 ソウル発」(いずれも朝日新聞社)など。

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