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大学に行かない若者たちを見過ごすな

大学卒業者だけをみている社会は問題。働く「レッグス」に目を向けた政策も

吉川徹 大阪大学大学院人間科学研究科教授 (社会学)

大学無償化の陰で

入学式で記念撮影する東京大の新入生たち=2018年4月12日拡大入学式で記念撮影する東京大の新入生たち=2018年4月12日

 日本の教育費はとにかく高い。大学進学の私的負担の大きさは、とりわけ深刻だ。そこで、先ごろ発表された政府の「骨太の方針」では、低所得世帯や地方からの進学者に重点をおいた大学無償化が打ち出された。

 夢と可能性をもつ若者たちが、経済的理由で大学進学を阻まれることがないようにする進学機会平等化の取り組みは、いうまでもなく重要だ。ただ、この政策にかんしては、社会全体への目配りの不十分さがどうにも気にかかる。

 大学・短大進学率は、浪人を含む数字で57.3%(2017年)だ。ということは、18歳人口の4割強は大卒学歴をもたずに社会に出ていくという計算になる。成人全体をみると、大卒(含む、短大・高専、大学、大学院卒)と非大卒(中卒、高卒、専門学校卒)を切り分ける学歴分断線は、大卒がおよそ46%、非大卒がおよそ54%というところにある。日本を支える労働力、有権者、納税者の多数派は、実は大学に行かない人生を歩んでいる人たちなのだ。

 大学無償化は、「大学進学こそが、望ましい人生を歩むために不可欠の人生経路だ」「社会経済的地位の低い親たちは、大学進学による子どもの立身出世を熱望している」という大卒学歴至上主義というべきものを前提としているようにみえる。

 しかしこの考え方は、現代日本人の社会意識の実態からかけ離れている。最新の社会調査データからは、子どもを大学に進学させるべきだと考えている親は約66%。大卒層の肯定率は約78%なのに対し、非大卒層は約57%である。大卒学歴をかならずしも望まない人びとの存在を無視するべきではない。

だれも疑わない?大卒学歴至上主義の考え方

 大学無償化の政策決定とほぼ時を同じくして、国会では「働き方改革関連法案」をめぐって与野党の論戦が交わされた。こちらの論点は、「高度プロフェッショナル制度」による裁量労働であった。

 だがこれもよく考えてみると、すべての労働者が視野に入れられているわけではない。というのも、働き過ぎが懸念される自己裁量度の高いホワイトカラー雇用者は、間違いなくほとんどが大卒層だからだ。非大卒層には、時間単位でルーティーン業務をこなしている人が多いので、この法案の可否にはあまり関係がない。

 他方、現政権は建設業などの「人手不足」を補う目的で、外国人労働者受け入れ枠の拡大を進めている。こちらについては、大卒層の大半は自分の雇用が脅かされるとは考えないだろうが、不安定な雇用環境にある非大卒層にとっては、自分たちの仕事が外国人に取って代わられかねない、憂慮すべき事態だ。

 実際、若年非大卒男性の6割以上は、被雇用ブルーカラー職に就いている。他の男性たちと比べて失業率が高く、非正規率も高く、年齢のわりに転職回数が多い。彼らにしてみれば、安易に「人手不足」をいう前に、政府に考えて欲しいことがあるはずだ。しかし外国人労働者の受け入れ拡大に伴う軋轢(あつれき)に関して、学歴によって分断があることに気付いている人はほとんどいない。

 こうした政策のあり方からは、大学に進学しない若者たちの存在が見過ごされている実情が浮かび上がる。官僚も政治家も学識経験者も、ほとんどが一流大学卒なのだから、その界隈で議論しているかぎり、大卒学歴至上主義の考え方をだれも疑うことはないのだろう。

現役世代を8つに分類

 先ごろ出した拙著『日本の分断―切り離される非大卒若者(レッグス)たち』(光文社2018)で、私は2015年に実施された大規模社会調査のデータから、現代日本を俯瞰(ふかん)する分析結果を示している。そこでは、大卒/非大卒の学歴分断に加え、若年/壮年の生年世代と男女の区分を用い、現役世代約6千万人を8つのセグメントに分け()、それぞれの生活・人生のプロフィールを描き出した。

図1:8つのセグメント拡大図1:8つのセグメント

 それぞれの比率は、おおよそ8等分に近い形になる。しかしそれぞれが平等に社会的役割を受けもち、リスクとメリットを分け合っているとは言い難い。

 「8人」のうち、豊かさと安定を思いのほかに独占している「勝ち組」は、壮年大卒男性である。他方で、日本社会の本体部分に深刻な凹みがあることも見えてくる。それは若年非大卒層が、雇用や収入にかんして、不利な条件と多くのリスクを抱えているということだ。

 ただし、若年非大卒層の中でも、女性たちはぜい弱な経済的な基盤にありながらも、出産・育児という他のメンバーが担うことのできない「役割」を引き受けている。少子高齢化社会においては、その社会的貢献を評価し、公的な支援の手を今以上に差し伸べなければならない。

 これに対し、若年非大卒の男性には、そうした考慮すべき事情はない。ところが、彼らの社会経済的地位は、他の人びとと比べてきわめて不安定であり、それゆえに結婚して子どもをもつことにも出遅れがち。くわえて、政治、消費、文化、国際交流、健康管理など、何につけてもその活動に活気や積極性がみられない。マーケティング・アナリストの原田曜平氏はかれらを「マイルドヤンキー」と名付けたが、まさしく言い得て妙である。

 さらに重要なことは、こんにちの若年非大卒層が、祖父母から父母、父母から子どもたちへと、世代を超えて非大卒学歴を繰り返す再生産の流れのなかにあるということだ。かれらのなかには、大学に進学できなかったのではなく、高校卒業後に大学に進学しない人生を、確信をもって選んだ若者たちも少なからずいる、と私はみている。

レッグス(Lightly Educated Guys)とは

 そこで、この見過ごされがちな、大学に行かない現代若者たちを正視することを期して、私はかれらをレッグス(LEGs: Lightly Educated Guys)と呼ぶことを提唱している。いわば、軽学歴の若者たちという意味だ。ちなみにguyの複数形のguysは、弱い男性性をもちつつ女性も含む言葉になる。

 その含意は、日本社会を支えている中卒、高卒、専門学校卒の若年非大卒労働力を、大学進学競争の敗者あるいは脱落者であるかのようにみるのではなく、その存在意義を見直そうというところにある。

 レッグス(20~30代の非大卒男女)は男性が約736万人、女性が約667万人で、日本の現役世代のほぼ2割、全人口のほぼ1割を占める。ちなみに、こうしたレッグスの男性がどういう属性を持っているか。もっとも有利な位置にいる壮年大卒男性と比較したものをで示す。

(表)

 若年非大卒男性(レッグス)壮年大卒男性
人口規模 736万人 665万人
個人年収 322.0万円 659.4万円
世帯年収 500.8万円 886.9万円
専門職比率 7.9% 30.4%%
非正規率 14.0% 5.3%
離職経験率 63.2% 56.5%
月当たり就労時間 193.2時間 186.8時間
既婚率 48.6% 81.4%
子ども数 0.96人 1.63人
海外経験率 47.5% 85.4%
喫煙率 52.2% 32.7%

出典:『日本の分断』より抜粋

地元に残るレッグスは「現代の金の卵」

企業の面接会についての情報を知らせる高校(本文とは関係ありません)拡大企業の面接会についての情報を知らせる高校(本文とは関係ありません)

 話を本筋にもどそう。では、このレッグスの存在を考慮するとき、大学無償化をどう考えるべきなのか。

 家計が豊かではない地方の高校生の場合、地元を離れて大都市圏の大学に進学すれば、学費のかなりの部分が無償化によって保障されることになる。だが親元にとどまって地元企業に就職し、生まれ育ったコミュニティを守っている若者には、国からの経済的な支援は一切ない。

 では、今の日本社会に足りない部分を担っている、希少な若者はいったいどちらなのか。私は、地元に残るレッグスの方こそ「現代の金の卵」だと考える。

 レッグスが社会経済的において大卒層に対するアドバンテージをもてるのは、高校卒業から大卒層が就職する20代前半までの期間だ。 ・・・続きを読む
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筆者

吉川徹

吉川徹(きっかわ・とおる) 大阪大学大学院人間科学研究科教授 (社会学)

1966年島根県生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科修了。専門は、調査計量による現代日本社会論。 著書に『日本の分断』(光文社新書)のほか、『現代日本の「社会の心」』(有斐閣)、『学歴分断社会』(ちくま新書)、『学歴と格差・不平等』(東京大学出版会)など。