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韓国は外国人に門戸を開いた②「地方参政権」

外国人統合政策の突破口になったのは地方参政権の付与だった

岩城あすか 情報誌「イマージュ」編集委員

 

2018年6月12日付朝鮮日報「韓国統一地方選:参政権持つ外国人10万人、情勢左右する可能性も」より

アジアで唯一、外国人に地方参政権

 南北の融和ムードが高まる中、韓国では2018年6月13日、4年に1度の統一地方選挙(7回目)が行われ、文在寅大統領の革新系与党「共に民主党」が圧勝した。

 韓国はアジアで唯一、永住権を持つ外国人に地方選の参政権を付与している。外国籍の有権者数は過去3度の選挙を経て15倍に増え、10万6205人。韓国紙は「外国人が密集する地域では選挙情勢を左右することもあり得る」と伝えていた(6月12日付「朝鮮日報」

 在韓外国人に投票権を与えようという動きは、金大中政権下の1999年から進められた。アジアで唯一、外国人への地方参政権が付与された背景には、日本で暮らす旧植民地出身者に対する日本政府の姿勢が大きくかかわっているので紹介したい。

朝鮮日報やハンギョレ新聞などの記事から、筆者が作成

世界でもまれな日本の旧植民地出身者への政策

 日本が台湾や朝鮮半島を植民地として統治していた時代、日本で暮らす朝鮮半島や台湾出身者は「帝国臣民」であるとして、参政権が認められていた(戦前の普通選挙は男性のみに付与)。被選挙権も付与され、戦前は朝鮮半島出身の国会議員もいたが、終戦後の1945年12月、普通選挙による女性の参政権が認められたのと同時に、旧植民地出身者の選挙権ははく奪された(天皇制に反対することを恐れた一部の国会議員の反対によるものだという)。

 1947年に最後のポツダム勅令として公布された「外国人登録令」により、旧植民地出身者は「日本国籍を持つが制度上は外国人として扱う」存在と見なされ、外国人登録を義務付けたことが現在の在留管理制度につながっている。

 憲法制定をめぐる動きでも「外国人の平等保護・権利保障」という観点が消えてしまった経緯がある。

 1946年に提示されたマッカーサーの憲法草案では、第16条に「外国人は、法の平等な保護を受ける」と明記されていたが、日本政府と占領当局との交渉過程で脱落。さらには「法の下の平等」をうたう憲法14条の草案における主語が「すべての自然人(=People)は」から「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と書き換えられた。

 その後、日本がサンフランシスコ講和条約で主権を回復した日(1952年4月28日)に公布・施行された「外国人登録法」により、樺太出身者をのぞく在日の朝鮮人や台湾人は日本国籍を剥奪され、完全に「外国人」となる(外国人登録の際に指紋押捺が義務化され、日本国籍取得のためには一般外国人と同様に「帰化」することが必要になった)。

 終戦あるいは戦後期において、旧植民地出身者に対して宗主国側の市民と同等の権利が与えられず、かつ国籍選択権も与えないというのは、世界でも非常にまれだ。旧植民地出身者としての経緯が見事に歴史から抹消されたのち、1970年代の後半には「在日本大韓民国民団(民団)」を中心に朝鮮半島にルーツを持つ人々の地方参政権獲得をめざす運動が展開されるようになった。

1985年3月1日、指紋押捺に象徴される外国人登録法の全面改正を求める在日韓国・朝鮮人団体の運動が全国各地で繰り広げられた。この写真は在日本大韓民国居留民団が東京で開いた3.1節記念の在日韓国人中央大会=東京・日比谷公園

日本との相互主義を目指した参政権付与

 金大中政権下の韓国では、日本で膠着化する権利獲得運動を応援するため、まずは韓国国内の外国人に地方参政権を与えたうえで日本政府に同等の待遇を要求するという、相互主義の論理のもと参政権付与に向けた準備が進められた。

 しかし、実現にいたるプロセスは難航した。2001年に韓国国会へ選挙法改正案が提出されたものの、韓国の憲法第1条にある「大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民から出る」という規定に背くという理由で、一度は廃案になったのだ。

 それでも外国人参政権付与をめざす動きは根気強く推し進められた。「地方選挙は“国民”ではなく“住民”が参加するもの」として憲法第1条への抵触を回避。経済協力開発機構(OECD)加盟国の多くが外国人の地方選挙における投票権を認めていることも後押しとなり、盧武鉉政権下の2005年6月、ついに「永住外国人に対する外国人地方参政権付与法案」が可決された。

 一方、日本国内の在日コリアンに地方参政権を付与する動きは、「日本国内の在日韓国人の人口の方が(韓国の日本人数より)多すぎる」という非対称性もあり、現在に至るまで進展していない。

厳しい永住権の資格取得基準

 韓国における外国人参政権は、地方議会議員及び地方自治体の長の選挙権のみ付与され、「被選挙権」、「大統領や国会議員の国政選挙の選挙権」、「政党活動や政治献金などの政治活動」は認められていない。対象は永住権を取得してから満3年が過ぎた19歳以上の外国人に限られる。

 「永住」資格の取得条件は色々あるが、以下の3つの要件をすべて満たしていることなど、かなり厳しい条件が課されている。

○韓国人の一人当たり国民総所得の4倍の年間所得6500万ウォン以上の所得がある
○7年以上滞在して居住資格(F-2)を獲得した後、さらに5年滞在している
○韓国人の1人当り国民所得以上の収入がある

 上記以外の条件としては、一定数の韓国人を雇用し、韓国で3年以上滞在している投資家や博士学位取得者などのいわゆる「高度人材」や、2年以上滞在している永住者の家族などがある。近年、永住権を取得できる条件は拡大傾向にあるが、その対象となっているのは韓国(朝鮮)にルーツのある外国国籍の同胞と、韓国にとって受入れメリットの大きい能力や資力を有する外国人である。

 このため、初めて外国人に選挙権が付与された2006年5月の第4回韓国統一地方選挙で実際に選挙権を得たのは、登録外国人約64万人のうち、わずか1%程度の6726人だった(そのほとんどは台湾出身の在韓華僑だった)。

 今では台湾華僑は全外国人有権者数の1割程度であり、韓国系中国人や投資活動をおこなう中国人が80%以上を占めている。また、2004年に制定された「住民投票法」により、地方自治体の住民投票権と、住民投票請求権も付与されている。

参政権付与は外国人政策の「入口」だった

 外国人への参政権付与は、他国の状況をみても移民が獲得できる諸権利のなかで最も「ハードルの高い権利」である。しかし、韓国では、外国人統合政策を定めた「在韓外国人処遇基本法」の制定(2007年5月公布・7月施行)よりも先に参政権付与が実現した。

 外国人統合政策の「入口」の時点で外国人が「主体」であると位置づけられたことの意味は大きく、今回の統一地方選挙でも外国人有権者の票を得ようとする各候補の競争が激化したという。やはり参政権は、いままで社会の隅に追いやられていた人々が、名実ともに社会の構成員としてその存在が確認されるようになる社会的インパクトをもたらす装置だといえる(2018年6月15日KOREA.net「外国人有権者も参加した第7回全国同時地方選挙」)。

外国人集住都市である安山市で掲げられている選挙バナー。中国語で「皆さんの安全な生活のために私たちは努力します」と書かれている=KOREA.netより

 参政権が付与されて以降、日本と同様「管理一辺倒」だった韓国の外国人施策は大きく転換を迎える。

 2006年5月に大統領府において「第1回外国人政策委員会」が開かれ、「外国人政策基本方向及び推進体系」が確定された。これによると、「外国人政策」の概念を、「大韓民国に移住しようとする外国人に対する永久的または一時的な社会構成員資格の付与及び国内に在留中の外国人またはその子女が社会構成員として必要な諸般在留環境の造成に関する事項を外交・安保・治安・経済・社会・文化など総合的視点で取り扱う政策」として定義している。〈引用文献:ソン ウォンソク「韓国における外国人政策の新たな展開 ―外国人の地位と統合政策―」(庄司博史編『移民とともに変わる地域と国家』国立民族学博物館調査報告83 : 185 ― 206(2009)〉

 さらには「外国人と共に暮らす開かれた社会の具現」をビジョンとして提示し、以下の3つが基本原則として掲げられた。

1) 外国人の人権保障

2) 国家競争力の強化

3) 多文化擁護と社会統合

 社会的マイノリティである外国人の人権保障を掲げ、多文化を擁護しながら社会統合することこそ国家競争力の強化につながるとの基本方向は、日本が長い歴史の中で一度も取り入れたことのない考え方だ。

在韓外国人処遇基本法の制定

 上記体系の確立から1年後、外国人施策の要となる基本法も制定された。以下の3点からなるグランドデザインが描かれている。

① 外国人政策の樹立及び体系

〇法務部長官は、関係する各行政機関の長と協議して5年毎に「外国人政策基本計画」を策定する。
〇各行政官庁の長官及び地方自治体はそれに伴う単年度の施行計画をそれぞれ策定し、施行する。
〇国務総理(首相に相当)の下に「外国人政策委員会」を置き、外国人政策の主要事項を審議調整する。

② 在韓外国人等の処遇

〇国と地方自治団体は在韓外国人の人権擁護のために努力しなければならない。
〇結婚移民者及びその子女、永住者、難民、国籍取得者、専門外国人人材、過去大韓民国の国籍を保有していた者等の処遇について,国と地方自治団体の支援とさまざまな施策を講じることができる。

③ 国民と在韓外国人が共に暮らす環境づくり

〇多文化に対する理解増進のために国と地方自治団体は必要な措置を講じるよう努力しなければならない。
〇そのような趣旨から毎年 5 月20 日を「世界人の日」とし,その日から 1 週間を「世界人週間」とする。

 外国人施策は、ひとりひとりの人間にかかわることなので、法務、教育、医療、福祉など範囲は多岐にわたる。基本法ではまず、外国人施策の推進を中央政府と地方自治体の双方の仕事として明記し、行政機関に法律の目的に沿って政策を実行する義務を課した。

 国と地方自治団体が在韓外国人の処遇に関する具体的施策を行うための根拠規定も定めている。それまで中央政府や地方自治団体が「関連規定がない」、「予算執行の根拠がない」といった理由で外国人を対象とする施策に消極的だった状況を解消するとともに、教育や多文化家族の支援など、これまで個々の行政官庁がバラバラに進めてきた各施策を統合し、縦割り行政の無駄を省いている。

 さらには「多文化に対する理解増進」を第18条に定め、「国と地方自治団体は国民と在韓外国人が互いの歴史・文化及び制度を理解し尊重することができるよう、教育・広報・不合理的な制度の是正その他必要な措置を講じるために努力しなければならない」としている。マイノリティの権利擁護のためには、ホスト社会側であるマジョリティ側を変革する必要性を、法律に明記している点も素晴らしい。

日本と同様、「単一民族主義」が色濃いのに

 最後の補則にある第20条では「外国人に対する民願案内及び相談」として「国は、電話又はインターネットにより、在韓外国人その他大統領令で定める者に外国語で民願を案内し相談するために、外国人総合案内センターを設置し、運営することができる」としている。

 「民願」とは、国民が政府や自治体に対し、申請・申告をはじめ、苦情や要望、意見を表明したり、相談への対応を求めたりすることができるシステムである。市民が直接文章で請願したら、行政の担当者は30日以内に(特定の事由がある場合は最長60日以内に)必ず文章で返さなくてはならない。請願の制度自体は李朝の時代からあったというが、韓国が民主化闘争の末に勝ち取った市民の権利を外国人にまで適用させようとする意志が感じられる。

 また、基本法の対象は「合法的に韓国に滞在している者」であるが、不法滞在者についても外国人政策の基本計画や施行計画に含むことができるようになっているという〈引用文献:白井京「在韓外国人処遇基本法―外国人の社会統合と多文化共生―」(外国の立法 235国立国会図書館 135―145(2008.3)〉。

 長々と説明してきたが、どれも日本にはない制度体系で正直、とても羨ましい。

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