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核兵器禁止条約がもたらす核時代の終わりの始まり

核の被害者の訴えに日米両政府がどう向き合うかが問われる

田井中雅人 朝日新聞・核と人類取材センター記者

 核兵器の使用や保有、製造、実験、威嚇、支援などを包括的に禁止する核兵器禁止条約(核禁条約)が国連で採択されてから1年余り。発効に向けて着実に進んでいるとはいえ、核保有国から条約推進国に対して署名・批准しないよう「圧力」がかかっているようだ。それでも核兵器の非人道性やそれに依存することのモラルを問う条約の効果はじわじわと出始めている。この条約に背を向け続ける日本政府は、どうすべきだろうか。

核兵器は絶対悪

拡大核兵器禁止条約の採択後、わき上がる場内。中央は被爆者の藤森俊希さん=2017年7月7日、ニューヨークの国連本部
 核禁条約は昨年7月7日、米ニューヨーク国連本部で122カ国の賛成で採択された。これは、193の国連加盟国の6割以上にあたる。条約の前文は「核兵器使用の犠牲者(ヒバクシャ)と核実験の被害者にもたらされた受け入れがたい苦痛と被害を心に留める」とうたった。

 「核兵器は必要悪でなく絶対悪だ」。核禁条約を推進し、昨年のノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」代表としてスピーチした広島の被爆者サーロー節子さんは言い切った。広島・長崎への原爆使用から72年。核兵器は国家安全保障の「必要悪」などではなく、人類に壊滅的な被害を与える「絶対悪」だと訴え続けてきた広島・長崎の被爆者らの願いが条約に盛り込まれたのだ。

 「核兵器は非人道的で使えない」との「悪の烙印」を押して、すでに禁止条約が発効している生物・化学兵器や対人地雷、クラスター爆弾といった非人道兵器と同列に並べることで、核兵器に対する価値観の大転換につなげるのが核禁条約の狙いだ。

 条約には「電離放射線の女性への悪影響」や「被害者支援と汚染地域の環境改善」など、核保有国の核実験場とされてきたアフリカや太平洋諸国など世界各地の核開発に伴う「風下」被害者らの視点も多く盛り込まれた。つまり、国際社会が初めて「核は悪」「核は毒」であると認定し、核兵器を違法化する条約を誕生させた。それは核兵器をめぐる従来の軍備管理・軍縮の枠組みを越えた人道・人権条約でもある。

核禁条約に背を向ける日本政府

拡大国際シンポジウム「核兵器廃絶への道」で討論するパネリストたち=7月28日、長崎市
 広島・長崎の原爆、太平洋ビキニ環礁での核実験、福島原発事故といった3つの核被害を経験した日本の出番のはずだ。ところが日本政府は、核保有国の米国と歩調を合わせて、核禁条約の交渉や採択に参加しなかった。安倍晋三首相は昨年8月6日の広島平和記念式典のあいさつで条約に一切触れなかった。

 式典後の記者会見で、米国の核抑止力(「核の傘」)に頼る日本の安全保障政策が、核兵器の使用・威嚇やその支援・奨励を禁じた核禁条約違反とみなされる可能性を問われると、首相はこう反論した。

 「条約は、わが国のアプローチと異なるものであり、署名・批准は行わない。この条約の効力は締約国にしか及ばないので、日本が条約違反に問われる可能性は全くない」

 そのあと訪れた長崎でも条約を「無視」し続ける首相に対し、被爆者代表が詰め寄った。

 「あなたはどこの国の総理ですか。私たちをあなたは見捨てるのですか」

 北朝鮮や中国の核の脅威に対峙するためだとして、米国の核抑止力への依存をますます深める日本政府と、核禁条約の早期発効を願う被爆地との溝は深まるばかりだ。しかし、核禁条約の認定においては、米国の核も北朝鮮の核も等しく「悪」である。

深まる国際社会の分断

 条約をめぐり、国際社会の分断も深まっているように見える。

 今春、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議の準備委員会では、核禁条約を推進する国々と、これに反対する核保有国・同盟国との溝が埋まる気配はなく、議長総括は核禁条約について賛否両論を併記した。

 双方の「橋渡し役」を買って出た日本政府は、5年ごとの次回NPT再検討会議(2020年開催)までに双方の「対話の場」を設けることや、核軍縮の進捗状況を「国別報告」させて透明性を高める仕組みなどを提案し、今回の準備委の議長総括に盛り込まれた。一定の評価はできるだろう。

 ただ、「橋」の軸足が、同盟国である米国などの核保有国側だけに置かれているように見える。核禁条約推進国ブラジルのパトリオータ軍縮大使は議長総括の討論で、「日本の提案は核禁条約側の内容が欠けているので歓迎できない」と公言した。双方の立場をきちんと評価・歓迎した者でなければ、橋渡し役など務められるはずがないというわけだ。

 日本政府提案のベースは、国内外の核専門家ら16人の個人参加による「賢人会議」が今年3月にまとめた提言だ。今後議論すべき「困難な問題」として自衛権の問題を取り上げ、国家存亡の危機においては核兵器による威嚇や使用が可能なのかどうかを検討事項に含めている。核兵器はなお国家安全保障にとっての「必要悪」であるとの核抑止論がにじむ。

 「必要悪(国家安全保障)」と「絶対悪(市民・人道主義)」との間にどんな橋が架けられるのだろうか。

「対話の場」に核実験被害者ら招待を

 そこで提案がある。日本政府が設ける「対話の場」に、専門家(賢人)や広島・長崎の原爆被爆者のほか、世界各地の核実験被害者らも招いてはどうだろうか。これには太平洋ビキニ環礁での核実験で被曝して健康被害を受けたとする静岡県の第五福竜丸や高知県などの元漁船員らも含む。昨年の核禁条約採択に賛同した122カ国の中には、太平洋やアフリカ地域などで核実験場とされた途上国も少なくない。核実験場があった、ある国の外交官は「核実験による人間や環境への被害は今も続く。そうした人道的影響こそが核禁条約に賛同した最大の理由だ」と語る。

 「アプローチが違うので核禁条約に署名・批准しない」(安倍首相)としても、核被害者に寄り添う姿勢を示すことが「橋渡し役」であるための最低条件ではないか。双方の基盤に深く杭を打ち込まない橋は、核軍縮を巡り対立する激しい潮流にのみ込まれ、もろく崩れ去るだろう。

 しかし、核保有国側の抵抗は根強い。

 核禁条約には昨年9月の署名開始と同時に50カ国が署名した。発効には50カ国の批准が必要だが、これまでに署名したのは59カ国、批准まで済ませたのはタイ、キューバ、オーストリアなど14カ国にとどまる(7月末現在)。核禁条約と同様にNGOと有志国が主導してつくった対人地雷禁止条約は署名開始から1年で55カ国が批准(99年発効)、クラスター爆弾禁止条約は同じく24カ国が批准していた(2010年発効)。

旧宗主国が途上国に「圧力」

 思い起こせば、対人地雷禁止には、英国のダイアナ元妃が「アイコン」になってキャンペーンを展開した。だが、核兵器禁止については一転して、欧州で人道・人権を重んじるはずの英仏が旧宗主国パワーを発動して、途上国に圧力をかけているようだ。

 英国を旧宗主国とするアフリカのある国は昨年9月に署名したものの、批准プロセスは滞っている。同国の1等書記官は ・・・続きを読む
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筆者

田井中雅人

田井中雅人(たいなか・まさと) 朝日新聞・核と人類取材センター記者

1993年、早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社入社。福山・横浜・横須賀支局、ヘラルド朝日編集部、外報部などを経て、2007~10年カイロ特派員。イラク難民やイスラエル軍のガザ侵攻などを取材。国際報道部デスクを経て2012年度フルブライト・ジャーナリスト(米ハーバード大客員研究員)。2015年から現職。単著『核に縛られる日本』(角川新書)。共著『漂流するトモダチ アメリカの被ばく裁判』(朝日新聞出版)、『ヒロシマに来た大統領』(筑摩書房)。共訳書『核兵器をめぐる5つの神話』(RECNA叢書)。