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暑いのではない。熱いのだ!

東京五輪まであと2年。日本社会は「猛暑」に踊らされ続ける

市川速水 朝日新聞編集委員

拡大2020年五輪の開催都市が東京に決まり喜ぶ安倍晋三首相(右から3人目)や岸田文雄外相(左から3人目)ら=2013年9月7日、ブエノスアイレス
 その思いを前提として過去を振り返った時、見えたものがある。それは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの誘致問題だ。

 2013年秋、日本は「おもてなし」とか「東日本大震災復興の象徴」などと言い立てながら誘致に成功した。当時国内で論議されたのは、運営のための資金が足りるのかとか、誘致が経済効果の起爆剤になるのかどうか、とか、財政規律や低成長時代の起爆剤になるかどうかだった。

 さらに、大震災によってもたらされた福島原発事故が世界にどう見られているかが気になっていた。安倍首相は「原発は制御されている」などとプレゼンテーションし、結局、誘致に成功した。東京をはじめ、全国が喜びにわき上がった。

 しかし当時、すでに猛暑の夏は当たり前だった。IOCは、7~8月に開催するという方針を変えるつもりはなかった。1960年の最初の東京五輪が10月に開幕した時とは違い、アメリカのメディアが巨額の放映権を担うため、最初から日程は動かせなかった。

 実際、五輪は7月24日開幕、8月9日閉幕と決まった。

 では、誘致するかどうかという国内議論の際、なぜ「東京の夏は暑すぎるので誘致してはいけない」という理屈が表に出なかったのか。

 それは「天気の問題は、その時々。ひょっとして絶好の天気になるのではないか」と大方が考えたのではないか。さらに、64年の東京五輪を懐かしむ人がいて、世界の東京をアピールしたい人がいて、東北の復興と重ね合わせたい人がいて、日本そのものを誇りたい人がいて、五輪にスポーツ振興のピークを合わせたい人がいて……。さまざまな思惑で「天気」の問題は脇に置かれたのではないか。

「あついぞ!熊谷」は撤回された


筆者

市川速水

市川速水(いちかわ・はやみ) 朝日新聞編集委員

1960年生まれ。一橋大学法学部卒。東京社会部、香港返還(1997年)時の香港特派員。ソウル支局長時代は北朝鮮の核疑惑をめぐる6者協議を取材。中国総局長(北京)時代には習近平国家主席(当時副主席)と会見。2016年9月から現職。著書に「皇室報道」、対談集「朝日vs.産経 ソウル発」(いずれも朝日新聞社)など。

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