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自民党総裁選は終わっていない

安倍氏が有利とされるが、石破氏に活路も。想定外の沖縄知事選も影響するか

田中秀征 元経企庁長官。福山大学客員教授

安倍陣営が有利な戦い?

桜島を背景に自民党総裁選への立候補を表明する安倍晋三総裁=2018年8月26日桜島を背景に自民党総裁選への立候補を表明する安倍晋三総裁=2018年8月26日

 自民党の総裁選が9月7日に告示、9月20日に投開票される。安倍晋三首相は8月26日、3選をめざして立候補する考えを正式に表明。対抗して出馬するのは石破茂・元幹事長だけで、他の候補者が参戦する可能性はない。

 これで3年に一度、次は平成後のあらたな元号のもと2021年まで実施されない自民党総裁選の構図が明確になった。

 世論調査など各種の調査によると、安倍陣営はすでに国会議員票のほぼ8割を固め、石破陣営が頼みとする地方票(党員票)においてもきわめて有利な戦いを進めていると言われる。

 これでは、総裁選は始まる前にすでに終わっていることになる。

気になる内閣不支持率の高さ

 だが、およそ選挙と名がつくものに油断は禁物。圧勝の可能性がいかに高くても、逆転のチャンスはどこかに伏在しているものだ。

 現状についての調査でも、党員が対象ではなく国民を相手にする調査、すなわち世論調査を見ると、結果が大きく違ってくる。

 たとえばANNの世論調査(8月18、19日実施)では、次の総裁には誰がいいかという質問に対し、石破氏という回答が42%と安倍氏の34%を上回っている。

 もちろん、これは野党の支持者や無党派層も含めた、いわば国民全体を対象とした結果であり、これをもって石破氏が有利だと言えるわけではない。実際、同じ調査でも、自民党支持層に限定すると、安倍氏という答えが58%と半数を超え、石破氏に大差をつけている。

 ただ、この調査で気になるのは、内閣支持率が38.3%、不支持率が44.6%と、依然として不支持率の高さが変わっていないことだ。これは石破氏が世論をさらに味方につけて支持を拡大できれば、活路をひらく可能性がゼロでないことを意味する。

 これには石破氏に神がかり的な能力と幸運が必要になる。ただ、前例がないわけではない。世論の力で逆転を狙った、2001年の総裁選における「小泉(純一郎)方式」である。

「自民党をぶっ壊す」で世論が動いた

 時計の針を17年前に戻す。夏の参院選を控えた01年4月、低支持率にあえいだ森喜朗内閣の後継を決めるため、自民党総裁選が実施された。本命は経世会の橋本龍太郎・元首相で、小泉純一郎氏はダークホースと言うより、むしろ大穴に近かった。各種の調査も橋本氏の勝勢で一致していたが、当初から勢いは感じられず、盛り上がりにも欠けていた。

 小泉氏はこの状況に「自民党をぶっ壊す」と叫んで暴れ出したのだ。

 彼の戦略は徹底していた。ふつう総裁選に立候補するとなると、真っ先に衆参国会議員の議員会館の部屋をあいさつに回る。それをやらなかった候補は、昭和31(1956)年の第一回総裁公選から、小泉氏以外はひとりもいないだろう。

 そのかわり、彼は自民党議員や自民党の支援団体を回る時間を惜しんで、都内の街頭に立った。銀座四丁目や渋谷ハチ公前には常に大勢の人が行き交う。だが、その中に自民党員はいたとしても、ほんの少数であろう。彼がいくら熱弁を奮っても、票に直結するわけではない。だが、テレビの報道番組が「自民党をぶっ壊す」と叫ぶ小泉候補を連日のように追いかけて放映するうちに、世論が動いた。

自民党総裁予備選で勝った地区にバラの花をつける小泉純一郎氏。地方での地滑り的な大勝で総裁の座に就く=2001年4月23日、自民党本部で自民党総裁予備選で勝った地区にバラの花をつける小泉純一郎氏。地方での地滑り的な大勝で総裁の座に就く=2001年4月23日、自民党本部で

総裁選の帰趨が党外の力で変わった

 当時、ニュースステーションでは橋本、小泉両氏の支持率の動きを毎日報じていた。小泉氏の支持が右肩上がりで急増するのに対し、橋本氏の支持は急激な右肩下がりを示し、ついに8%まで落ち込んだ。

 8%の支持しかない人が総裁(首相)になると、目前の参院選に惨敗するかもしれない。参院議員はあわて、衆院議員はうろたえた。

 「もし総裁選で小泉さんを当選させなければ、次の総選挙ではあなたに投票しない」

 国会議員の事務所は、こんな支持者からの電話を、大量に受けざるを得なくなった。それこそ電話が鳴りっぱなしになったという。

 自民党総裁選の帰趨(きすう)が、世論、すなわち党の外からの強い力で、ひっくり返されたのである。

 このように自民党内の力関係が、世論の力によって変わる可能性は、常に存在している。

 もちろん、誰もが小泉氏の爽快な個性を誰もが持ち合わせているわけではない。また、ここまで鮮やかに党内の力関係を変えることはなかなか難しいだろう。だが、勝敗を覆すことはできなくても、世論調査でたとえば石破氏支持が60%、安倍氏が30%といった数字を実現すれば、その後の戦況は大きく変わるはずだ。

 世論が納得させる骨太の政策主張を出せるか

 石破氏は27日、総裁選で掲げる「政策」を発表した。森友・加計学園問題で失墜した行政の信頼を回復するためのメニューを示したほか、地方と中小企業の成長を高める「ポストアベノミクス」なども提唱。安倍首相の政策との違いを際立たせている。

 石破氏に求められるのは、世論を納得させ、動かすような骨太な政策主張である。総裁選の議論が「正直、公正」といった政治手法の次元にとどまれば、選挙はうんざりしたものになる。

 たとえば憲法。発表された「政策」では、「スケジュールありきではなく、国民の理解を得ながら進める」としているが、これだとインパクトにかける。彼の主張である9条2項削除論でも、、残念ながら耳を傾けてもらえない。個人的には、集団的自衛権の行使容認の解釈改憲に反省の意を表明し、方向転換に舵(かじ)を切ることを期待する。昨秋の衆院選時、「小池百合子(都知事)ブーム」が一気に収束したのは、彼女の憲法観、安保観が安倍首相と同じだとわかった瞬間だったことを、想起するべきだろう。

 繰り返すが、石破氏が活路をひらけるかどうかは、世論が納得する骨太の政策主張が出せるかどうかがカギを握る。もし、それができれば、国民世論は石破氏の強力な援軍になるに違いない。

総裁選で掲げる政策を発表する記者会見で質問に答える自民党の石破茂元幹事長=2018年8月27日総裁選で掲げる政策を発表する記者会見で質問に答える自民党の石破茂元幹事長=2018年8月27日

翁長沖縄県知事の死と安室奈美恵の追悼文

 かねてから病身となっていた翁長雄志・元沖縄県知事が8月8日に急逝した。後継を決める縄県知事選は9月13日告示、9月30日投開票となり、奇(く)しくも自民党総裁選と重なり合うかたちとなった。

 私が驚いたのは、翁長知事の逝去に対し、歌手の安室奈美恵が「追悼文」を公表したことだ。

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