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アフリカ生まれ日本育ちの漫画家は「多様な人が共に生きる」世界を描きたい

ツイッターに漫画アップ、YouTubeでも発信するタレント・漫画家の星野ルネさん

安田菜津紀 フォトジャーナリスト

 ここ最近、日々の楽しみにしていることがある。タレントであり、漫画家の星野ルネさんがツイッター にアップする漫画だ。最近はYouTubeでも積極的に発信があり、なお嬉しい。

生まれはカメルーン。4歳で兵庫県に移住

 星野ルネさんは、アフリカのカメルーンのご出身。母親が日本人と再婚したことをきっかけに、4歳から兵庫県に移住。のどかな農村から、全く違う環境の日本への移住は、幼いルネさんにとっては大冒険だっただろう。以来30年以上日本で暮らしている。

 見た目はアフリカのご出身、中身は関西人というルネさんが、日本での暮らしの中で経験する様々な出来事をコミカルに描いた漫画が、『アフリカ少年が日本で育った結果』として一冊にまとめられ話題を集めた。その後、第2弾として『ファミリー編』も刊行され、個性豊かなルネさん一家の日常が描かれている。

星野ルネさん(筆者撮影)

 例えば来日したばかりのお母さんと共に、家族で動物園に行ったときのこと。ケージの中にいるヘビを見て、「え?これ、買えないの?食べれないの?こんなに美味しそうなのに…」、と目を丸くして驚く場面など、思わずくすっと笑ってしまうエピソードが満載だ。

アフリカ系の人もいろいろ、を伝えたい

 その一方で、実は読むたびに細部にたくさんの投げかけがちりばめられていることにも気づく。無意識のうちにしてしまう“思い込み”や、“〇〇人らしさ”のような先入観だ。

 第一巻には、小学校の運動会でのエピソードが描かれている。短距離走で、「黒人の子って足が速いんでしょ?」と、勝って当たり前のような期待を寄せられていたルネさん。走った結果3着となると、「え?アフリカの子が負けた。調子が悪かったのかしら?」と驚かれてしまう。

 「多くの日本の方が、アフリカ系の人を見る場所が、テレビなどしかないと思うんですよね。で、テレビに出るアフリカ系の人ってやっぱりマラソン選手だったり、オリンピック選手だったり…。たまに部族の特集で槍を持って凄いジャンプする人も出てきますよね。そんな情報しかないので、それと僕を重ねちゃうんだと思うんです」と、ルネさんは当時を和やかに語る。

 「でも、テレビとかに出るアフリカ系の人っていうのは、やっぱりすごいから出るんですよね。そうじゃない人もいるっていうことを伝えていくのが、僕のやりたいことなんです。みんなが知ってる世界はほんの一部でしかなくて、みんなが取りこぼしてる、例えばダンスが苦手なアフリカ系の人とか、逆に手先がすごい器用な人とか、僕みたいに漫画を描く人もいるっていうことなんかを、当たり前に伝えたいと思っています」。

絵を通して人とつながり合えた

 ルネさんが絵を描き始めたきっかけは、保育園時代にさかのぼる。

 「日本の保育園に入園したんですけれど、その頃はまだ日本語が話せなくて、他の園児たちと会話ができなかったんですよ。そんな時に唯一コミュニケーションがとれたのが、みんなでお絵かきをやってるときだったんです。
 僕、テレビで見たヒーローか何かの絵か何かを描いたんです。そしたら、今まで話したことないような園児たちが寄ってきてくれて。『あ。上手いやん』みたいなことを多分言ってくれたんだと思うんです」。

 絵を通して、言葉ではないコミュニケーションが生まれ、人とつながり合えたのだというルネさん。こうした経験の中で、自然と言葉も身についていったことが漫画の中でも伝えられている。

来日直後、まだ日本語が話せない頃のルネさん。(星野ルネさん提供)

大坂なおみ選手が登場する場面も

 一方、この2冊の中では、ルネさんが育っていく中で、ちくりと心にささるような経験を経てきたことも描かれている。「髪の毛、めっちゃグルグルやん」「黒いな、なんかチョコレートみたいやな」と、幼い時に見た目でからかわれたこともあれば、言葉で言わないまでもじろじろと好奇の目で見られることもあった。

 少年から青年になった時も、アルバイトの面接でこんな経験があったという。「店長さんはすごく僕個人の人間性を気に入ってくれたんですけど、“接客業で、外国人を使ったことがないから、ちょっと…。お客さんの反応が不安だから、雇うのが難しい”って言われたことがありました。そういうのは傷ついたり、でも日本育ちだからその気持ちも分かったり…」。

 「見た目」に関するルネさんの投げかけには、自身の体験以外にもハッとさせられることが多々ある。

 『ファミリー編』の中には、大坂なおみ選手が登場する場面がある。昨年、アニメCMで大坂なおみ選手の肌が白く描かれ物議をかもしたということもあった。

 「僕のまわりにいる、アフリカ系の子やミックスの子で、褐色の肌を持ってる人っていうのは、化粧品売り場とかに行くと、美白、つまり『美』+『白』ってセットで掲示されてるのを日々目にしていますよね。“白くないと美しくない”ってなってしまうと、元々人よりも黒い肌に生まれてきた自分たちを、最初から否定されてるような気になってしまう。あのCMも、大坂なおみさんの肌の色が褐色であるっていうことを、マイナスであるように捉えているイメージですよね」。

『アフリカ少年が日本で育った結果』と、その第二弾の『ファミリー編』。かわいらしいタッチの絵が魅力的だ。

オコエ選手のツイートに共感

 今年5月25日、アメリカ、ミネソタ州ミネアポリスで、黒人男性のジョージ・フロイドさんが警察官に膝で首を抑え付けられ、その後亡くなる事件が起きる。これを発端に、「#BlackLivesMatter」 というスローガンのもと、抗議デモが各地に広がり、日本でも連帯した抗議活動が行われた。そんな最中に、楽天イーグルスのオコエ瑠偉選手のツイートが注目を集めた。

 ツイートには、保育園で親の似顔絵を描く際、「肌色」のクレヨンで塗りましょうといわれ、涙ながらに茶色のクレヨンで描いたというエピソードのほか、「家のベランダから外を眺めながら、ここから飛び降りて生まれ変わって、普通の日本人になれるかなとか、考えてた」という当時の心情、「外人なんて高校野球で使うんじゃない」「甲子園には黒人はでるな」という心無い言葉を浴びせられたことも明かされている。

 このツイートの中は、保育園で先生が『醜いアヒルの子』の絵本を読んでいると、他の園児が自分を見ながら笑っていたという経験にも触れている。

 実はルネさんの漫画にも、醜いと言われていた鳥が白くなったら「美しい」と言われるようになった、というこのストーリーに、傷ついた黒人の少女がいた、というエピソードが出てくる。けれども彼女は、誰が送ってくれたのかも分からない、不思議な手紙に励まされる。「あなたには、あなただけの美しさがある」と、優しくもつ力強いメッセージがその手紙には綴られていた。

 オコエ選手のツイートについて、ルネさんは「自分が感じていることと似ている、重なるものがある」と語る。マイノリティーとして発言することは、時に勇気のいることだ。共感するのはオコエ選手の経験してきたことに加え、「俺は誰も責める気はない」というスタンスだという。

 「例えば『醜いアヒルの子』を朗読した保育園を、いきなり“差別だ”と叩いても、何も生まれないですよね。でも、“なるほど、こういうことで傷つく子もいるんだ”って気づけたら、行動が変わるかもしれない。大事なのは誰が悪者かではなくて、皆がそうやって学んで、どういう本を置いて何を伝えたらいいのか、考えることだと思うんです」

「これが正解」という提示をしない

 『アフリカ少年が日本で育った結果』には、地元の串カツ屋にルネさんがふらりと立ち寄ったとき、おかみさんが「外国人=未知」との遭遇でパニックになってしまい、ルネさんがずっと日本語で話しているにも関わらず、片言の英語で「英語喋れない!」と繰り返す場面が出てくる。ちなみにルネさんの母との会話はフランス語であり、外国人=英語話者、という思い込みがここにも表れていたりする。

 大切なのは、ストーリーがここで終わらず、結局話し続けた末、おかみさんは冷静になり、ルネさんは美味しい串カツを堪能する、というところだ。

 「自分の言ってること、やっていることが、相手に与える影響がよくわかってないケースもあると思うんです。それを急に“お前、差別主義者だ”って言われるとびっくりしちゃいますよね。その一歩手前で情報共有すれば、“ああ、こういうことはあんまり言わない方がいいんだな”って考えられるし、受ける側も“悪意があって言ってる人ばっかりじゃないんだな”って分かる。そうやってお互いちょっとずつ、クッションを持てるんじゃないかと思うんです」

 だからこそ、ルネさんの漫画は、「これが正解である」という提示をしない。「“こいつが悪い”と“答え”を描くと、考えることを止めてしまうんですよね。単純な二元論になってしまうと、あいつは悪魔でこちらは正義となって終わってしまう。それよりも“これどう思う?”っていう投げかけをしたいんです」

 意図的な悪意がある場合は別として、悪意なく本人が傷つく、嫌がることをしてしまうことは確かにある。それは教育の中で、そうした多様性に触れる機会が少ないことの表れでもある。だからこそ、見た目が違う人が共に生きていることを、もっと知る機会にできたら、とルネさんは表現に思いを込める。

 ちなみに母の故郷であるカメルーンに行っても、「日本製の車、日本人なら直せるだろ」「メカ得意なんだろ」、と声をかけられることがあるという。「そんなわけないですよね、アメリカの人が皆、アップルのコンピューターを分かるわけではないのと同じです」とルネさんは笑う。

カメルーン、ルネさんの地元の村の風景。(星野ルネさん提供)

ユーモアの力にこだわる

 ルネさんは描きながら、ユーモアの力にもこだわる。

 高校生の時、車にはねられたが、パニックとなる運転手が一番驚いたのはルネさんが関西弁を話した瞬間だったり、来日直後は男性の肌の露出の多い相撲を見ることを「刺激が強い!」と恥ずかしがっていた母のエラさんが、数年後には相撲番組を食い入るように見ていたりと、エピソードには事欠かない。

 「大切なことではあっても、例えばマウントをとられながら、“お前なんで九九も分からないんだ!”、“分かったか!”って掛け算九九を教えられたら、覚える気がしないですよね。それよりも、一緒に椅子に座って、“これが分かるとこんな計算すぐできちゃう”と魅力的に教えられた方が学ぶと思うんです」

 大阪なおみ選手、八村塁選手やオコエ選手の姿が報道されるようになり、少しずつ見た目で「驚かれる」ということは減ってきていると感じている。「でも、それは学校で、“驚いてはいけません”と頭で理解させることではないと思うんです」。異文化や他のルーツを「理解しなさい」と上から押しつけるのではなく、学んだからこんな未来があるという展望を、楽しいエピソードを交えて示すことが大切だという。

知らないなりにアプローチしようと試みる人たち

 ルネさんの漫画の中でもう一つ、カギを握っていると感じたのは、知らないなりにアプローチしてみようと試みる人たちの姿だ。

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