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初代陸上自衛隊特殊作戦群長による「私的戦闘訓練」の本当の問題点

秘密主義を脱し、「オーナー」である有権者・納税者に積極的情報公開を

堀口英利 キングス・カレッジ・ロンドン社会科学・公共政策学部 戦争学科戦争学専攻

 1月23日、陸上自衛隊で唯一の特殊部隊である「特殊作戦群」で初代群長を務めた荒谷卓元1等陸佐が三重県の山中で私的に自衛官や予備自衛官を集めた訓練を主催していたと、共同通信が報じた。

 共同通信は荒谷氏が故・三島由紀夫の思想との類似性を指摘しながら、「自衛隊内への過激な政治思想の浸透」の可能性を訴えている。

問題は「私的」ではなく、「先鋭化」の可能性

自決前、自衛隊市ケ谷駐屯地のバルコニーで演説する三島由紀夫氏=1970年11月25日自決前、自衛隊市ケ谷駐屯地のバルコニーで演説する三島由紀夫氏=1970年11月25日
 荒谷氏は「国際共生創成協会 熊野飛鳥むすびの里」を2018年に開設しており、同所のWebサイトによると部隊編成、作戦計画や作戦行動に関する「実戦的訓練」を施しているとされる。

 ただし、今回の問題の核心はこの訓練の是非にはないと筆者は考える。

 なぜなら、仮に「自衛官が私的に訓練をするのが問題」だとしたら、例えば勤務が終わってから帰り際に格闘技の教室に通うとか、休日を活用して同僚たちとサバイバルゲームに参加することも禁止しなければならなくなる。これでは自衛官が体力錬成のためにジョギングすることすら問題になりかねず、およそ現実的な指摘ではない。

 また、荒谷氏が特殊部隊に在籍していたことを根拠にその戦技や戦術の流出を問題視する声もあるが、自衛隊法第59条違反(秘密情報の漏洩)の事例を見る限り、具体的な書類や教範が持ち出されていなければ処分には至っていないし、特殊部隊の戦技や戦術が個別に秘密として指定されているとも考えにくい。自衛官が自己啓発として外部で戦技や戦術を研究したり、「より強くなろう」と自己研鑽したりすることは、多くのビジネスパーソンが外国語を勉強したり、資格取得に励んだりするようなものだから、そこに目くじらを立てるべきではないようにも思える。

 むしろ、この問題の本質は「自衛隊(の特に特殊部隊)における閉鎖性・秘密性がもたらす先鋭化の可能性」である。

 先述の通り、荒谷氏は三島と類似した思想を抱いているとされ、別の記事によると雑誌のインタビューで三島を信奉していると明言して、三島が立ち上げた「楯の会」と同様の民間防衛組織の必要性を訴えているとされる。もちろん、すべての人に「思想信条の自由」や「言論の自由」はあるから、どんなことを考えたり述べたりしようが荒谷氏当人の勝手である。しかし、かつては陸上自衛隊における特殊作戦や対テロ作戦の「第一人者」とされ、一種の「カリスマ」とされる人物によってそのような思想を自衛隊に伝播されることは、自衛隊によって守られる国家や国民にとって「不利益」になりかねない。

元陸上自衛隊特殊作戦群初代群長で武道家の荒谷卓さん=2009年12月2日、東京都渋谷区代々木の明治神宮元陸上自衛隊特殊作戦群初代群長で武道家の荒谷卓さん=2009年12月2日、東京都渋谷区代々木の明治神宮

秘密に包まれた部隊、「特殊作戦群」

 荒谷氏は陸上自衛隊在職中に、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学校やアメリカ陸軍特殊部隊(通称:グリーンベレー)への留学を経て、「特殊作戦群」の初代群長に就任した。

 特殊作戦群は習志野駐屯地(千葉県船橋市)に所在し、陸上自衛隊で唯一の特殊部隊とされ、その訓練や装備については一切が秘密に包まれている。

 防衛白書や陸上自衛隊のWebサイトを見ても大した情報が出てくることはなく、せいぜい申し訳程度に群長の人事異動が明かされているくらいだ。これまでも公式に報道で名前が出てきたのは、安倍晋三首相(当時)がオーストラリアのターンブル首相(当時)やヨルダンのアブドゥッラー2世国王とともに視察したときと、沖縄県うるま市沖で墜落したアメリカ陸軍の特殊作戦用ヘリコプターの墜落事故に隊員2名が巻き込まれたときなどに限られているのである。

 つまり、特殊作戦群は防衛省・自衛隊が基本的に一切の情報を明かさず、メディアもほとんど何も知らされていないであろう「秘密部隊」ということだ。

 確かに、従事する長距離偵察・情報収集、人質奪還・救出、テロリズム対処といった任務を考えるに、特殊作戦群は自衛隊の一般部隊に比べて多くの秘密を抱えざるを得ないだろうし、その秘密を明かせば明かすほど、仮想敵国やテロリストを利することになる。だから、特殊作戦群が「秘密主義」に走ることも理解できなくもない。

 しかし、秘密主義は良くも悪くも「何をやっているのか分からない」状況を生む。誤解を恐れずに言えば、秘密部隊が「暴走」しようとしていても、市民やメディア、ともすれば防衛省本省や首相官邸も「気づけない」おそれすらある。そして、これは必ずしも「絵空事」とは言い切れない。

先鋭化しやすい特殊部隊、外国では「最悪の結末」も

ロシア軍特殊部隊スペツナズ=ロシア・イジェフスクロシア軍特殊部隊スペツナズ=ロシア・イジェフスク

 CNNの報道によると、昨年6月30日にドイツのクランプ=カレンバウアー国防大臣はドイツ陸軍特殊部隊「KSK」の一部部隊の解体を命じたと、地元紙「南ドイツ新聞」の取材に答えたとされる。同年5月には兵士が自宅の家宅捜索を受け、武器や弾薬・爆薬を隠していたことが発覚した。そして、ニューヨーク・タイムズの報道によればKSKから約4万8,000発の銃弾と62kgの爆薬が消えたという。

 これはドイツ陸軍KSKだけに限った問題ではない。BBCやAFP通信の報道によると、昨年11月19日に、オーストラリア国防軍のキャンベル司令官は陸軍特殊部隊「SASR(特殊空挺部隊連隊)」の一部がアフガニスタンで不法に39人を殺害した証拠があると発表した。そのなかには、「ブラッディング」と呼ばれる慣行でSASRの新兵が捕虜の射殺を強要されたケースや、僅か6歳の子供を殺害したりヘリコプター内のスペースを確保するために捕虜を射殺したりといった蛮行も報告されているという。

 そして、このような問題は本邦の同盟国である米国でも報じられている。オサマ・ビン・ラディン殺害作戦を実行したことでも知られるアメリカ海軍特殊部隊「DEVGRU(特殊戦開発グループ)」の隊員らがイラクやアフガニスタンにおいて、敵の遺体を弄んだり、斬首したりする「蛮行」に及んだりしていたと、ニュースサイトの「インターセプト」が明らかにしている。

 もちろん、多くの特殊部隊の兵士は戦争犯罪に加担していないと信じたい。多くのメディアで描かれているように、特殊部隊の兵士を選抜するプロセスにおいては心身ともに厳しい訓練や試験が課されており、そのような関門を突破している人間は残虐な行為に走らないと思いたい。

 しかし、先述の通り、現実には各国で特殊部隊による戦争犯罪が明らかになっている。ドイツ陸軍KSKの場合、防諜機関「軍事保安局(MAD)」の調査対象となる極右過激派の兵士の割合は他の部隊の5倍に上るそうだ。

戦闘を前に、脱走したタリバーン兵の情報を北部同盟の兵士から集める米特殊部隊の隊員=2001年11月27日、アフガニスタン北部のカライジャンギ戦闘を前に、脱走したタリバーン兵の情報を北部同盟の兵士から集める米特殊部隊の隊員=2001年11月27日、アフガニスタン北部のカライジャンギ

先鋭化しやすい部隊こそ、厳格な監視が必要

 しかし、そういう状況に陥る事情も、一応はあるのかもしれない。

 自衛隊のなかでも特殊な任務を課され、おそらく日本で最も「死」を強く意識させられる環境が私たちの市民社会とは結果的に隔絶されてしまう面もあるだろう。平和な日本社会で生まれ育ちながら、国家や国民のために自らの生命を捧げなければならない理由を、歴史や伝統への忠誠心や愛国心に見いだしていたとしても、無理はない。そして、特殊部隊の隊員は私たちの想像を絶する厳しい訓練や試験を突破しているのに、その「成果」は公開訓練や富士総合火力演習で発揮されることもない。

 そして、メディアに取り上げられるとしたらヘリコプター墜落事故のような不祥事で、間違っても直接「格好良い」と言って貰えることもない。災害派遣に従事することもないから国民に「ありがとう」「お疲れさま」と言われることもない。だからといって「先鋭化」が許されるわけでもないのだが、事情を考慮する必要はある。

 その最悪のケースは、溜まった不満や鬱憤が社会との隔絶や先鋭化を進め

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