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防衛省のメディア対応に課題 警戒心による不親切さと利害介在による不健全さ 

連載・失敗だらけの役人人生⑯ 元防衛事務次官・黒江哲郎が語る教訓

黒江哲郎 元防衛事務次官

2017年、防衛省のロビーで報道陣に囲まれる事務次官当時の黒江氏=朝日新聞社

2017年まで防衛省で「背広組」トップの事務次官を務めた黒江哲郎さんの回顧録です。防衛問題の論考サイト「市ケ谷台論壇」での連載からの転載で、担当する藤田直央・朝日新聞編集委員の寸評も末尾にあります。

両極端のマスコミ対応

 自衛隊創設以来今日に至るまで、一貫してマスコミの厳しい批判にさらされてきた防衛省にとって、マスコミ関係者とどう付き合うかというのはずっと悩ましい課題でした。毎年々々防衛予算は細部に至るまで批判的に検証され、訓練中や活動中の事故はもとより、隊員の不祥事のみならず自衛官OBの不祥事に至るまで厳しく糾弾されてきました。

 このような環境の下、職員の間には、マスコミの理解を得るために積極的に政策などの説明に努めるよりも、批判の材料を与えないよう必要最小限の接触にとどめる、どうしても記者の質問を受けなければならない場合にも木で鼻を括るような対応に終始するというような傾向が根付き、それが現在も続いているように感じられます。しかし、このような対応では組織の意図や政策の内容が正しく伝わらず、かえって不正確な報道につながりかねません。

 一方で、消極的なマスコミ対応とは対照的に、防衛省に関係する様々な特ダネ報道がテレビや新聞を賑わせてきた歴史があります。構想段階の新規装備の導入プラン、日米間で調整中の施策の内容、最終決定されていない予算額の数字、あるいは未公表の不祥事情報など多種多様ですが、それらの中には明らかに内部の者によるリークと思われる例も数多くありました。リークについては、省内で問題視されてきただけでなく、その時々の政権中枢からも「こんなに秘密が漏れるようでは有事に敵と戦うことなど到底できない」と繰り返し厳しく叱責されてきました。

 過去には、記者会見の種類・回数が多過ぎるのが原因だから減らすべきだという指摘を受けたこともありました。防衛省では各省共通の大臣定例会見のほかに、報道官と四人の幕僚長(制服組で陸海空自衛隊トップの各幕僚長と、それを束ねる統合幕僚長=編集部注)がそれぞれ会見を行っています。確かに記者会見の機会は多いのですが、こうした場で突如秘密が明かされたりすることはないので、会見の数を絞ればリークが減るという訳ではありません。

2021年、岸信夫防衛相の記者会見について紹介する防衛省のサイトより

 むしろ、リークの原因として以前から囁かれてきたのは、ルールに従わずに組織や政策への異論、上司や同僚への不満・恨みなどを吐露したり、仕事上の便宜を図ってもらう見返りとして情報を提供したりするマスコミとの不健全な関係の存在でした。リークする本人は自分がやったとは言わないし、マスコミ関係者は「取材源の秘匿」と称して特ダネの提供元は決して明かさないので、ここでは単なる噂としか記述しようがありません。しかしながら、リークが存在すること自体は事実です。

 素っ気ない木鼻の対応か、見返りを期待するような不健全な対応かという両極端のマスコミ対応が生まれてしまう背景には、報道機関との付き合い方について組織としての対処方針が明確でないという問題があるものと感じます。マスコミ対応の基本に関する「組織知」が確立されておらず、共有も継承もされていないため、職員は個々の判断によってマスコミに対応せざるを得ないのです。

 過度の警戒心による不親切な対応や利害の介在する不健全な関係を減らすためには、望ましいマスコミ対応の在り方を整理し、職員の間でしっかり共有する必要があります。

バックグラウンドブリーフの重み

 私自身も、若手の頃にはマスコミに対して理屈抜きに強い警戒心を抱き、出来る限り接触を控えようとしていました。先輩からマスコミとの付き合い方について筋道立ててしっかり教えてもらった経験などはなかったし、まして報道対応の研修などは存在していませんでした。転機が訪れたのは、官房文書課の先任部員(課のナンバー2=編集部注)を務めていた頃でした。

 当時官房長だった先輩が、「記者との接触を怖がる必要はない。マスコミと付き合う際に大事な点は、記者が知りたいことを隠すのではなく、知りたいことを正しく伝えることだ」と教えてくれたのです。当時はまだ報道官のポストも設けられていなかったため、官房長は大臣会見に立ち会うだけでなく、自らも会見を行っていました。仕事柄、記者との懇談なども頻繁に行っていたことから、その経験を教えてくれたのでした。

※写真はイメージです

藤田直央撮影

 彼によれば、「記者クラブを見ていると、マスコミ各社の記者は平均して1年くらいずつしか在籍していない。役人だって、一つの仕事をきちんと身に付けて一人でこなせるようになるには普通2年くらいかかる。それと比べれば1年はかなり短い。記者たちは、その短い期間のうちにもしかすると初めて聞くような問題についても正確な記事を書かなければならない。その際に、役所から抗議を受けるような誤った記事は絶対に書きたくない。だから必死に取材して、正しい内容を書こうと努力しているのだ。我々は、バックグラウンドブリーフィングという形で基礎知識を丁寧に教えてあげることで、その努力を助ければ良いのだ。記者との付き合いについて特ダネを渡して恩を売ることだと勘違いしている人もいるが、そんなのは邪道で論外だ」とのことでした。

 たまたまこういう指導をしてくれるような上司に巡り合えたのは、幸運だったと思います。それ以来、記者の人たちに素っ気ない対応をするのではなく、出来るだけ丁寧なバックグラウンドブリーフィングを行うよう心がけるようになりました。

各省庁からマスコミへの「ご説明」

 バックグラウンドブリーフィングを重視する姿勢が高じて、次長や局長、官房長を務めるようになった頃には、「自分たちの政策を売り込む」ことを目的として、より積極的にマスコミ各社への説明の場を求めるようになっていました。こうした事は、他の中央官庁においては別に珍しい事ではありません。

 ある時、親交のあった大手新聞の論説委員から「先日、財務省の防衛担当主計官が『予算のご説明』にやって来たよ」と言われました。財務省には財政研究会というれっきとした記者クラブがあってマスコミ各社の担当記者が常駐していますし、各社には財政担当の論説委員もいます。しかし、財務省の役人は、財政担当だけでなく防衛担当の論説委員の所にまで財政状況や防衛予算に対する自分たちの考え方を説明するために足を運んでいるのです。

 説明を聞いてその内容を正しく理解すれば、それを無視して記事を書く訳にはいきません。これと同じことは、政界や学界、財界にも当てはまります。要するに、味方を増やしたいと思ったら自分たちの考え方を正確に理解してもらうことが第一歩であり、かつ最も効果的だということです。そのためにも、役人は内弁慶にならずに、政策に対する幅広い理解と支持を得られるよう外に向かって説明の機会を求めていく必要があります。

 防衛政策局次長として担当した普天間移設問題は、政権交代の影響を受けて混乱しました。当初は米側との協議が困難を極めました。その後、移設先が辺野古に回帰して日米関係は落ち着いたものの、今度は県との関係が停滞しました。県民の期待値が上がってしまったことから、県はおいそれと埋め立てに協力できなくなってしまったのです。こうして辺野古移設はほとんど前に進まず、多くの報道機関も辺野古移設案を批判的、懐疑的な眼で見ていました。そこで、私はつてを頼って手当たり次第にマスコミ各社を回り、論説委員等への説明を繰り返しました。

大手新聞社に乗り込み「他流試合」

 そんな中で、2011年(平成23年)12月のある日、辺野古移設に特に批判的なある新聞社の論説委員会議で説明させてもらった経験は忘れられません。今考えると無謀としか言い様がありませんが、私は「社論を変えてもらおう」とばかりに意気込んで乗り込みました。ところが、会場の会議室へ入った途端、まず集まっている人たちの数の多さに圧倒されました。

 出席者はせいぜい数人くらいだろうと勝手に想像していたのですが、論説主幹以下なんと10数人の論説委員に加え政治部の記者なども含めて20人以上の関係者が集まっていたのです。さらに、説明を始めてからは、防衛問題を担当していない人たちから提起される質問の鋭さに驚かされました。法律家出身の議員が多い公明党の部会に一人で法案説明に行ったような感じ、と言えば雰囲気を理解してもらえるかも知れません。

 次から次へと繰り出される厳しい質問に全て一人で答えながら、まるで一対多の他流試合を闘っているような気分を味わいました。この会議を通じて、自分の説明の中で何が足りないか、どの点に批判が集中するのか、批判する側は何を一番懸念しているのか等々が浮き彫りになりました。とても貴重な経験でしたが、もちろん社論は変わりませんでした。

※写真はイメージです

朝日新聞社

 これと同じ頃には、辺野古移設反対の急先鋒である沖縄の新聞社へ説明に乗り込もうと企てたこともありましたが、さすがに色々な意味で物議をかもしかねないということで上司にきつく止められて実現しませんでした。

 このほかにも米海兵隊オスプレイの普天間導入問題や平和安全法制などについて、報道機関と調整がつきさえすれば喜んで説明に赴いていました。こうしたマスコミ行脚は、政策に係る論点を確認する助けになると同時に、自らの説明スキルの向上にも大いに役立ったと感じます。

 マスコミ業界のことを詳しく知っている訳ではありませんが、優れたコラムニストの道を歩むような書き手の人たちは、特ダネではなくテーマに対する切り口や洞察の深さで勝負しています。このため、彼らに説明する際にはバックグラウンドの説明を丁寧に行うことは当然として、防衛政策の章で触れた「しかしそもそも」というような切り口を積極的に紹介するように心がけていました。マスコミ各社の人たちとの議論を通じてこちらが気づかなかったような切り口が見つかることもあり、自らの思考を深める手助けともなりました。

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