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沖縄・女性暴行殺害事件の「第二の加害者」がすべきこと

国際人権スタンダードから、日本政府の対応を考える

阿部 藹 琉球大学客員研究員

 今から5年前の4月28日、沖縄本島中部のうるま市に住む当時20歳の女性がウォーキングに出かけた後に行方不明となった。

 家族や友人の必死の捜索にもかかわらず、結末は最悪のものとなる。沖縄県警は、女性のスマートフォンの位置情報が途絶えた工業団地付近の防犯カメラの記録から元米海兵隊員で軍属の男が関与していると特定。5月19日には供述通りに恩納村の山中から遺体が発見され、この元米兵は死体遺棄の疑いで逮捕された。沖縄県警の執念の捜査が実り、男は裁判にかけられ、2018年に無期懲役の判決が確定している。

遺体が発見された沖縄・恩納村の現場。かつて設置されていた献花台は遺族によって撤去されている遺体が発見された沖縄・恩納村の現場。かつて設置されていた献花台は遺族によって撤去されている=筆者提供

 一つの事件としてみれば、容疑者が逮捕され、判決を受けて懲役に処されることで区切りがついた、とみなされるのだろう。しかし、沖縄の多くの人にとってこの事件の加害者の逮捕と服役は決して「解決」を意味しない。なぜなら、米軍関係者による沖縄の女児・女性に対する性暴力は、米軍の沖縄上陸以来、現在もなお継続して起き続けているからである。

今も起き続けている性暴力被害

 沖縄では1945年の米軍の上陸作戦以降、多くの女児・女性が米軍関係者による性的暴行の被害に遭ってきた。

 復帰前の米軍統治時代も米軍関係者による事件は後を絶たず、1955年にはわずか6歳の幼稚園児が嘉手納基地所属の米兵によって拉致され、強姦された上で惨殺され、遺体が遺棄されるという痛ましい「由美子ちゃん事件」があった。その事件から6日後には9歳の女児が拉致され、強姦されるという別の事件も起きた。復帰後もその状況は変わらず、1995年には当時小学生だった12歳の少女が3人の米兵によって拉致され、強姦されるという事件が起こった。

 しかし、これらの事件は沖縄の女児・女性が被った膨大な性暴力被害のほんの一部である。米軍関係者による性被害の実態を統計的に明らかにしようと取り組む市民団体「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」は、沖縄戦当時からの性暴力事件の聞き取りや調査を行い、96年に初めて冊子「沖縄・米兵による女性への性被害」を発行した。その後も版を重ね、2016年に発行した最新第12版では350件以上のケースを掲載している。しかし、調査を行った高里鈴代さんは「これはほんの一部に過ぎない」といい、自身の経験を語ってくれた。

市民団体「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表の高里鈴代さん市民団体「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表の高里鈴代さん=筆者提供

 高里さんは1982年から那覇市の女性相談員を務めていたが、その頃小学生の娘を持つ母親から相談を持ちかけられた。その娘は小学校1年生の時、公園で米兵から性暴力を受けたが、あまりのショックで当初は何が起こったのか言葉にすることができず混乱し、ひどい夜尿をするようになった。異常を察知した母親が問いかけようやく被害が明らかになったが、この事件も警察に届けられることはなかったという。

冊子「沖縄・米兵による女性への性被害」冊子「沖縄・米兵による女性への性被害」=筆者提供

「第二の加害者は誰か?」は的を射ている

 高里さんらが作成した冊子にもその後の対応の欄には「訴えず」や「不明」と言う文字が続く。高里さん自身の実感として「警察に届けられていないだけで、性暴力はいまでも毎日のように起こっている」と語る。そして「私たちの社会は “女性への暴力を許さない社会”に未だになっていない。日本社会、沖縄社会にも性暴力は存在する。けれど沖縄はその上さらに米軍関係者による性暴力まで押し付けられている」と話す。

 だからこそ、この事件に沖縄の人々は深く悲しみ、そして烈しく怒ったのだ。事件への抗議と被害者追悼のため翌6月に那覇市で行われた「県民大会」では、高里さんらとともに共同代表を務めた当時大学生の女性が「安倍晋三さん、日本本土にお住まいの皆さん。今回の事件の第二の加害者は誰ですか? あなたたちです」と悲痛な叫びをあげた。

 この叫びに対し、ネットで激しい批判が繰り広げられ、中傷することばも飛び交った。しかし、彼女の叫びは国際的な人権のスタンダードから考えれば的を射たものである。

2016年6月19日に行われた「県民大会」(那覇市・奥武山公園陸上競技場)=筆者提供2016年6月19日に行われた「県民大会」(那覇市・奥武山公園陸上競技場)=筆者提供

政府には、女性への暴力を予防する責任がある

 日本も批准している女性差別撤廃条約の委員会は、1992年に採択した一般的勧告で、ジェンダーに基づく暴力は女性差別、人権侵害であると示した。そして個人、団体、企業による差別から女性を保護するために、政府には「相当な注意義務(=due diligence obligation)」があり、暴力行為を予防し、調査し、刑罰を科し、被害者に賠償を与える責任がある、という原則を確認した(注1)

 これを沖縄に当てはめると

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