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 海外在住の私たち日本人研究者も、重大な関心を持って日本の原発事故の推移を注視している。日本のメディアは、各国が過剰反応しているというトーンだ。しかし海外での印象は違う。

 客観的に見て、今巨大な危機が間近に迫っている。現状では、危険地域に無理して支援物資を運ぼうとするより、ただちに80km規模の広域退避に切り替えることだ。短期には人命被害、長期的にも健康被害を最小に食い止めることができる。だが、政府の対応は後手にまわっている。

 この困難な状況にあって、いたずらに危機感を煽ることは厳に慎まなければならない。だが、原発の最悪事態に備えなければならない現状だ。 ニューヨーク・タイムス(3月17日付ウェブ版)は、放射能レベルが「非常に高い」と米国専門家が指摘したことを伝えた。しかし日本政府はなぜか否定している、と懸念を表明している。

 東北大学(仙台)に留まっている神経科学者たちと、連絡を取りあっている。とりわけ大隅典子氏(東北大学大学院医学系研究科教授)は、ガスの供給などライフラインの復旧や物資の不足を訴えるとともに、次のような緊急提言を寄せられた。

・引き続き余震の発生が懸念される状況において、もっとも懸念されるのは福島原発の最悪のケースである。

・放射性物質の飛散により、とくに若い世代に関しては発がんなど長期にわたる健康被害が予測される。

・以上の状況に鑑みて、危険地域に物資を輸送するよりも、安全度が高いと想定される地域に避難民を退避させる方が得策なのではないか。

・政府はこのような点についての対策を早期に行うべきである。

 関連して、在日外国人に対する各国政府の対応が示唆的だ。とりわけ米国は、スリーマイル島の事故データなどからの試算を根拠に、80km以内退避を勧告した。

 日本政府がこれを実施しないのは、主としてパニックによる二次的被害と、近隣都県の受け入れ側の準備不足を懸念してのことと思われる。マスコミが自衛隊ヘリからの海水投下や高圧放水車など、現場の必死の努力を大きく扱っているのも、同じ配慮かも知れない。

 だが、現時点での優先順位は何か。大事なポイントは、(1)事態の悪化がほぼ確実であること、(2)事態の悪化は、かなりの確率で「間近に」「急速に」起きること(上記ニューヨーク・タイムス記事)、(3)悪化の結果するものは、未曾有の規模の、長期の、非可逆的な健康被害であること、(4)20km〜80km圏内の住民にとって、現場にとどまる方がパニックにつながる心理ストレスが大きい、などだ。

 現在、被害区域への物資の搬入が急ピッチで進められている。しかしそれよりも、80〜100km規模の広域退避を進めるべきではないか。

 現実的には、物資搬入と併せる方法がある。つまり支援物資を運んだ空荷の帰り便(陸路、空路、海路)を、弱者優先の退避路に使う案だ。推移に応じて、退避に重点を移す。これなら、さしたる負荷を伴わない。

 住民のパニック反応や、受け入れ側の準備やキャパシティ、治安などの問題は当然あろう。だが、繰り返すが優先順位の問題だ。巨大規模の人命被害、超長期の健康被害を防ぐこと。現時点で、これに勝る優先目標があろうか。

 


筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

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