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心理学から見る政府の震災対応の問題点

下條信輔

下條信輔

 大震災の直後に「地震の大きさの割に被害は軽微?」などと伝えていた民放ニュース番組があった。わずか二週間前だが、今となっては遠い記憶でしかない。また死者ばかりか行方不明者数が、なおも上昇している。並の災害なら日本でこんなことはあり得ない。いずれも、震災の未曾有の規模を物語っている。そこへ原発の危機的状況が追い打ちをかけた。余震による津波が再度原発を襲っていないのは、不幸中の幸いと言うべきだろう。

 何事でも数人が関係した事柄で「想定外」の事態に直面すると、しばしば信じられないミスが起きる。コミュニケーションが混乱し、 誤解が修正されなかったり、意思決定が遅れたりするからだ。 これは日常生活で誰しもが経験することだろう。そうした混乱は、集団が大きくなるほど、事柄が重大であるほど、大きくなる。

 それを考えれば、苦境の中、指導者、関係者たちは素晴らしく健闘している。そう評価するのが、公平というものではないか。敬意を表したい。だがそれを踏まえた上でなお、緊急にただして欲しいと願う点はあまたある。

拡大

 たとえば3月25日、政府はついに、20km圏外でも自主避難を促す姿勢に転換した。その理由について政府は危機の拡大を認めず、「安全性の観点からは屋内退避で十分。だが物資が届かないなど、社会的状況を踏まえて」とした。野菜や水道などの放射能汚染についても同様で、「ただちに健康被害はないが、念のため」という論法をくり返した。曖昧さを残し、後手に回っているという批判を再燃させている。

 早くから「避難区域拡大」や「情報公開」を求める声があったことを、考慮したのかも知れない(本欄拙稿「物資を送るより、広域避難を」および関連記事参照)。 だが「後手」批判や、恐慌、風評被害を恐れるのであれば、事態の推移はむしろ裏目に出ている。

 心理学的な観点から、経緯を振り返っておきたい。

「心理学的な観点」というとき対象になるのは、事実や物理現象そのものではない。人々の心にそれがどう映ったか、またどう映ると政府関係筋が考えたか、だ。むしろそういう想念を、事実や現象として説明するのが心理学だとも言える。もう一点、 流言飛語や恐慌の引き金になるのは不安であり、その不安を膨らますのは疑心暗鬼の念だ。これもおさえておきたい。

 この観点からあらためて経緯を振り返ると、先に裏目、と述べた意味がはっきりするだろう。

「避難区域外では、安全性に問題はない」と繰り返す。マスコミも同調するが、諸外国政府をはじめ警告と批判に晒される。危険拡大を示す計測値や予測データが遅れて次々に発覚し、しぶしぶ追認することを繰り返す。

 これを住民の側から見るとどうなるか。 次第に危険の実体が(「隠していた」という実体も含めて)、明らかになってきたと感じられる。正確な情報が与えられていない(と感じられる)とき、危険について不確かさが高い(と感じられる)とき、また事態が悪化していく(と感じ られる)とき、不安は高まる。物資の不足による逼迫が、危機感に拍車をかける。

 注目したいのは、危機の実体が「過去に向かって」広がる(と感じられる)点だ。これは比喩でもなんでもなく、国民側の心理から見ての「事実」だ。

 たとえば、東電が22日になって「12〜14日にも微量の中性子検出、見落とし」と発表した時点。 また、 SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)システムでの推定を、 原子力安全委員会が数日以上遅れて(しぶしぶ)公表した時点。それらの時点で、 まだ隠しているのではないか、と誰しもが感じた。過去が導火線となって、疑心暗鬼と不安の連鎖反応が起きた。

 そもそも、「現時点では危害がない」という話と「先行き悪化の危険がある。できる限りの避難、防護を」という話。このふたつは完全に両立し得る。原発事故からの二週間は、おおむねこの状態で推移したと思われる。

 そしていうまでもなく、「最悪の事態に備えて」という場合にクリティカルなのは後者、つまり今後どうなるかの方だ。政府関係筋は意図的にメッセージを歪めたか、少なくとも混同に便乗した。その結果、地域住民を極度に危険な状態で放置した。控えめに見ても、そういう批判はあり得よう。

 政府側の意思決定に関連して、もう一点。「パニックや風評被害を避ける」ことと、「迫ってくる巨大な危険を、あらかじめ回避する」こと。このどちらに優先順位を与えるか。

 これも理屈は簡単で、「迫って来る危険」が単なる錯覚なのか、リアルなのかによる。

「危険が過去に向かって広がる」現状に鑑みれば、政府関係筋はリアルだという根拠をある程度握って(握りつぶして?)いたと言えるのではないか。これまでの判断を自己否定したくないという顧慮が、なかったと言い切れるのかどうか。

 もちろん超広域の避難指示や、東北関東全域の農作物を流通禁止にする措置など、現実には不可能だ。その理屈はわかる。だからといって、リアルを錯覚と強弁するしか道がないわけではない。現実に可能な範囲で「勾配をつけた」対策を採ることはできる(た)はずだ。その場合にも、現実的な制約条件を含めた説明が必要になる。

 自分の選択を正当化するように、後の判断を歪めてしまうことを「選択の正当化」と呼ぶ。

 初動でのミスを、選択正当化してはならない。

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筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

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