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 北京に行き、関係機関を訪問したり、関係者に会ったりして、面白い話を聞いてきたので、報告したいと思う。中国は表向き急速に発展しているが、一方で抱えている問題の芽もうかがい知れた。

 今回の北京訪問の最大の目的は、独立行政法人理化学研究所北京事務所の開所式への出席である。その設立許可取得のために私は現地に4年間駐在したが、中国政府との日本側交渉者は多岐にわたりやっと実現したのだった。中国人は許可権限を握っている有利な立場にあるときは、相手の出方を待ち、最大の利益を取ろうとする。中国人との交渉には忍耐が必要であると痛感させられた。

 開所式が行われた一流ホテルのロビーに数人の現地の人々がなんらかの理由で座り込みをしていたのには驚かされた。7月1日に共産党設立90周年記念式典が挙行されようとしている前の週に公共の場での抗議活動が容認されているのである。以前には考えられないことだ。当局の統率力が低下しているのだろうか。 

 6月30日、北京と上海間の高速鉄道が開通する。そもそも来年開通予定だった計画が共産党90周年に合わせて前倒しされたと聞いた。中国の新築オフィスビルやアパートがすぐ劣化するのは中国人の間で当然のこととして受け止められているが、高架工事でも手抜き工事が行われている恐れがある。

 車両技術は日本とドイツの企業から導入し、国内で改良し、世界トップクラスの時速350キロで走行予定であったが、鉄道大臣が収賄で更迭されると、安全問題が浮上し、時速300キロでの走行に変更になった。中国政府は国内向けに国産化技術だとかつて豪語していたが、海外導入技術では時速350キロを保証できなくなったのであろう。

 私は北京から天津までの高速鉄道に乗ってみたが、最高速度330キロを記録していた。ホームから10~15分毎に次々と発車する高速鉄道はほぼ満員である。ただ、以前とは異なり身分証明証がなければ購入できないのは、ダフ屋の防止のためか、人々の行動監視のためなのか釈然としなかった。

 共産党設立90周年記念のビッグジェクトには原子力も関係している。北京郊外40キロにある中国科学原子能研究院はロシアの技術を導入して高速実験炉を開発中で、7月1日発電を開始するべくカウントダウンがはじまっている。熱出力6.5万キロワット、電気出力は2万キロワットと小規模だが、建屋はすべて地上に建設しているため、巨大な構造物に見える。高速炉の開発で各国がトラブルを起こしている中で、このプロジェクトは成功してもらいたいものだ。

 福島原発の事故は大きく報道されたため、中国人は誰でも知っている。中国政府は新規原発立地の安全審査を現在受け付けていないが、国民の不安の高揚を懸念しているのであろう。

 ただし、高度経済成長で懸念されるエネルギー不足を補うため、中国は自然エネルギーの開発にも懸命である。2009年、中国の再生可能エネルギー投資額は米国、英国を抜いて世界一になっている。エネルギー不足による経済成長鈍化は何としても避けなければならないためだ。

 福島原発事故で「放射線」という新しい言葉が国民の間に急速に広がった。放射線情報が不足しているため、被ばくをひどく心配している中国人は少なくない。日本人は広島、長崎、第五福竜丸、JCO臨界事故、福島原発事故などを通じて被ばくに関する情報を共有するようになった。

しかし、中国は東京オリンピックの年に原爆実験を成功させ、1964~70年代に中国西部で盛んに実験を行い、北京や上海に放射性物質が降り注いでいたはずであるが、そのような情報は一切報道されていないため、中国国民は被ばく経験を誰も知らない。

国民は何かにつけ政府発表をすでに信じなくなっており、知らないから恐怖が恐怖を呼ぶことになる。日本への観光旅行者数も半減したままだ。原発建設に邁進する中国は研究者や技術者の育成に力を注いでいるが、有名大学で原子力を学んだが原発会社を選ばない学生もいると耳にした。

3・11大震災後出国した日本の外国人研修・技能実習生の大多数は中国人だが、4月現在ほとんど日本に戻っていない。日本語研修生の今年4月入学予定者の2割以上が入学を辞退しており、今後増えるとみられている。

しかし、日本に戻った大学や大学院の外国人留学生は東北地方で87%と若干少ないものの、全国平均で96%もの学生が元の大学に戻っている。理化学研究所でもほとんどの外国人研究者はすでに研究室に戻っている。外国人留学生と研究者の大量流出は今のところ起こっていないが、来年の新入生の動向が注目されるところだ。

中国の科学論文数は研究費の増加に比例して5年で倍増するスピードで米国を追随している。論文の平均的レベルは高くないが、世界レベルの論文も急増中である。数学、物理、化学、ナノ物質などの分野ですでに日本は中国の後塵を拝している。

中国政府は比較的弱いとされてきた基礎研究を強化するために、競争的資金を戦略的に増加させてきており、日本に匹敵する予算規模近づいている。近年の予算の伸びは年間30~50%という急増であるので、日本が抜かれるのは時間の問題だ。さらに、中国は特に遅れていたライフサイエンス研究費を強化するため、米国のNIH(国立保健研究所)をモデルとして研究費の増加に取り組みはじめている。

さらに、中国は戦略的に科学技術と教育の改革を促進している。

中国国内の大学のレベルを世界標準に早急に上げるため、欧米の大学との高等教育機関の共同設置を推進している。さらに12次5ヶ年計画で7つの戦略的新興産業と認定された、省エネ・環境保全産業、次世代情報技術産業、バイオ産業、先端製造産業、新エネルギー産業、新材料産業などを強化するために、人材の育成が最重要として84大学に140学科の新設が認められている。産業政策と教育政策が国家目標の下で大胆に融合しているのだ。日本では考えられないような戦略的政策を中国は次々と打ち出す点は侮れないと思う。

私の北京滞在中、豪雨が降り、通常時でもノロノロ運転の北京市内の交通が麻痺した。排水能力が間に合わず洪水が発生し、クルマが水没したり、故障車が立ち往生し、交通事故が続出したのだった。それでも多くの中国人は不満を口にせず、必死に耐えているように思えた。「どうしようもない」という中国語を何回も耳にした。

 北京滞在中、フェイスブックへのアクセスを試みたが、予想通り「中東の春」の「中国の春」への伝播を警戒しているネット監視によってフェイスブックの利用はできなかった。中国でジャスミン革命が不発に終わるかどうか今後の動向に注視しなければならない。

戦略的に邁進する中国政府と将来が見通せなく不安に思っている多くの中国人が共存している。強国化が進みつつも、矛盾や不満も大きくなっているように思えた短い北京滞在であった。

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筆者

寺岡伸章

寺岡伸章(てらおか・のぶあき) 寺岡伸章(日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術主席)

【退任】日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術主席。熊本県生まれ。東工大修士課程修了。旧科学技術庁・基礎研究推進企画官、タイ国家科学技術開発庁長官顧問、国立極地研究所事業部長などを経たあと、06年6月~10年9月まで理化学研究所中国事務所準備室長(北京)を務めた。中国の科学技術事情に詳しい。小説、エッセーの執筆も。※2012年3月末退任

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