メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

超光速【ニコ生】討議(上)ニュートリノがわかる

野尻美保子、菊池誠、野尻抱介、尾関章

 アインシュタインの特殊相対論といえば、現代人の世界像の骨格をなす「憲法」のような理論だ。それに背くような観測データが今秋、欧州から届いた。謎めいた素粒子ニュートリノが、特殊相対論ではそれ以上速いものはありえないという真空中の光よりも速く飛んだ、というのだ。そもそもニュートリノって何なんだ? この実験をどう受けとめればよいのか? タイムマシン談議とどうかかわってくるのか? 物理学者とSF作家らがニコニコ生放送で語り合った議論のエッセンスを3回に分け、話し言葉の臨場感を残したまま再構成してお届けする。(「ニコニコ生放送」は2011年9月30日、本文中の画像は当日の画面から=ニコニコ生放送提供)

《座談会出席者》
野尻美保子さん(高エネルギー加速器研究機構教授=素粒子理論)
菊池誠さん(大阪大学教授=統計物理学)
野尻抱介さん(SF作家)
司会・尾関章(朝日新聞編集委員)

尾関章 科学が好きな人にとって大変衝撃的なニュースが走りました。あのアインシュタインが考えた特殊相対性理論を破っているかもしれないという実験結果がヨーロッパから伝わってきたということがあったわけです。今日は、緊急に3人の方にお集まりいただいて、いろいろお聞きしてみたいと。「驚愕の新事実発見」「本当にニュートリノは光より速いのか」「タイムマシンの可能性と現実」というようなテーマで話をしたいと思っています。

みんなお知り合いなので何となくもう和んでしまっていますが。野尻さんが2人いるので、何か関係があるんじゃないかとみんな思うかもしれないけど、どうなんですか。

野尻美保子 何も関係ない。

尾関章 何も関係ない?

菊池誠 何も関係ない。

野尻抱介 ただの偶然ですから。

尾関章 ということです。さて、それでニュースの概要というのをちょっと簡単に私の方からお伝えしたいと思うんですが。

CERNは日本ではセルンと言い、英語を使う人はサーンと言ったりしますが、欧州合同原子核研究機関と朝日新聞はずっとそう書いています。ヨーロッパの国々が中心になって、いろんな素粒子の実験をやってきたわけですけども、最近は、ヨーロッパだけじゃなくてアメリカの研究者も行ったり、日本の研究者も行ったりして研究をしていると。今やそういう素粒子実験の世界的拠点と言ってもいいものです。

このCERNは、ジュネーブ郊外にある。実はジュネーブ郊外はもうほとんどフランスでして、LHCという最近話題を呼んでいる新しい加速器は国境をまたいでいます。まさにその国境のあたりから、CERNがニュートリノという素粒子を地中に向かって打ち込んで、730キロ、東京・大阪間よりもっと遠いイタリアのグランサッソ、山の地下にありますグランサッソ国立研究所というところにニュートリノを打ち込んだと。

後で美保子さんに伺いたいと思ってますけど。地中に打ち込むっていうと、へっ? どこか岩にぶつかっちゃうんじゃないかとか皆さん思ってしまわれるかもしれないけど、それどころではないと。もう私たちの体も通り抜けてるし、大概のものは通り抜けてしまうのがニュートリノだという、そういうことなわけです。

実はニュートリノというのは今回、光の速さ、光速よりも速いというふうに言われたんですけど、昔、ニュートリノは質量がない、重さがないって言われてたときはニュートリノも光速だっていうふうに、質量がないから光速だっていうふうに僕たちも昔は。

菊池誠 僕らの知識はそのぐらいだね。

野尻抱介 昔っていっても、かなり最近ですよね。

尾関章 そうです。質量があるっていうのはこの10年の。

尾関章 いずれにしてもそういうわけでもともとすごく速いんですけど、今回ちょびっと(光よりも)速いと。

光の速さは、ふつう秒速30万kmと言いますが、毎秒29万9792.5km。これが、光の最も速いといわれる真空中の速さです。それに比べて、今回のニュートリノは毎秒29万9799km余で、イタリアのグランサッソに着いたときの時間差で言いますと1億分の6秒速かったと。

私どもの記事というか、CERNなどが出しているプレスリリース、あるいはここにもありますが、論文そのものを見ても、それはパーセントにしますと0.0025%光の速さを上回っているという結果が出てしまったというわけです。

それで、これが23日に出た論文、すでに今は電子的に入手できますから、お見せするとこんな感じ。すごいですね、これだけ著者がいるんです。これは、ほぼ160人です。だけど、素粒子の実験としてはそんなに多くはない?

野尻美保子 普通か、ちょっと小さい目ぐらいの感じですね。

尾関章 最後のところで、明確にこう言ってるんです。要するに、潜在的にすごく影響力のある結果が出てきてしまったと。私たちもまだなおアンノウンな、未知の、何か原因があってこんな結果が出てしまったという可能性もあるので、それを調べる努力を続けるつもりであるというような、そういう書きぶりをしている。

その後に、我々はあえて熟慮の末、このデータに対する一切の解釈、理論的なあるいは、これは科学者用語ですが「現象論的」な解釈を控えますということが書いてある。こういう論文もなかなか珍しいのですが。ちょっとお待ちください。そういう極めて異例な論文が出たということです。

大体ざっくり、今回のニュースはこういうことなんですが、それでは、じゃあニュートリノって何っていうテーマに行きたいと。このテーマには、やはりまず野尻美保子さんのお話ということで。パワーポイントか何かご用意されているんですか。

野尻美保子 そうですね。

尾関章 じゃあそれを使って、ニュートリノは地球を突き抜けて行っちゃうとか、そういう話も是非していただきたいし、それから、今回そもそもこの実験って光より速いかどうかを調べる実験じゃなかったんですよね。だから、何のための実験をやってるかっていうお話もちょっとしていただいた方がいいかもしれませんね。

菊池誠 これは僕らは質問していいんですか。

野尻美保子さん

野尻美保子 どんどん質問してください。今日はこれの説明のためだけに来ました野尻です。後のタイムマシンの方になったら黙ってようかな、とちょっと思ってるんですけれども。

ニュートリノっていうのは素粒子なんです。素粒子の中でもとくに電荷をもってない素粒子です。素粒子のことをご存じない方もいらっしゃるだろうと思うので、とりあえず皆さんのよく知ってる原子核っていうのはどういうものでできてるのか、その中にどういう素粒子が入っているのか、そういう話からしたいと思うんですけど。

原子核があって、その周りを電子が回ってるんです。電子は私たちは素粒子だと思っています。電荷はマイナス1。

菊池誠 素粒子だと思ってるっていうことは、それ以上分けられないと思ってるという意味だね。

野尻美保子 そうですね。物質、これ以上分けられない基本的な粒子、点粒子って言ったりするんですけど、そういうのです。一方で陽子とか中性子とか原子核をつくっている重ための粒子っていうのは、これは素粒子じゃないんです。陽子や中性子の中にクォークっていうのがいて、それは素粒子。だからクォークが三つくっついたやつが陽子とか中性子とかになっていく。

それで、そのニュートリノっていうのも素粒子なんですけど、ニュートリノっていうのはすごく変な粒子でどんどん通り抜けていくんです。物があっても当たらない。当たらない理由はどうしてかっていうことなんですけども、これはニュートリノが電荷をもっていないせいなんです。電子は電荷をもった粒子で、これが物の中を通り抜けようとすると……。

菊池誠 電荷をもったっていう言葉はもういいの?

野尻美保子 電荷わからない人?

尾関章 電気のプラスマイナスね。

野尻美保子 それで、電気をもってると、その(同じ)電気をもっているものに当たるとカチンカチンってはじけるからちっとも前に進めません。けども、ニュートリノっていうのは電荷をもっていないので、電荷をもった粒子がいくらあっても平気ですり抜けていく。これが大きな違いを生む。

菊池誠 物質の中の原子の周りに電子があるから、電気をもったやつははじかれるのね。

野尻美保子 うん、カチンカチンって。

菊池誠 ニュートリノはもってないから。

野尻美保子 そう。

尾関章 今(ニコ生の)コメントでツッコミがあって、電荷がゼロで中性だったら中性子だって通り抜けるはずじゃないと、中性子はいろいろ悪さもしたりするわけで。

野尻美保子 中性子っていうのは強い相互作用するから、原子核の中にうまくすぽっとはまり込むとつかまっちゃう。

菊池誠 強い相互作用と今言った意味は、力のことを言っているという。

野尻美保子 うん、そう。はい。ごめんね(笑)。

菊池誠 物質の中で働く4つの基本的な力があって……。

野尻美保子 わかった。もうその話をするのはやめよう。

尾関章 まあ、いいでしょう。それで、先に行ってください。

野尻美保子 ちょっと次に行きましょう。今はニュートリノの話なので。

野尻抱介 スルーしたよね。

野尻美保子 次に行ってください。画面を変えて。ニュートリノっていうのは私たちの周りにいくらでもあります。どこからそれが来るかっていうと、太陽の中心から来ます。太陽の中心で起こってるのは何かっていうと、陽子が二つくっついて、それで電子の反粒子で陽電子っていうやつと、ニュートリノっていうやつと、重水素ができるっていう反応が太陽の一番中心のところ、一番熱いところで起こってるんです。この後は、だんだんヘリウムっていうのができていくんですけど、そのときに熱が発生するから太陽は温かい。

だから太陽の中心ではいくらでもニュートリノがつくられていて、それがどんどん我々の上に降り注いでいる。でもそのニュートリノっていうのはすごく相互作用が弱いから、私たちの体の中をするっとすり抜けていく。

菊池誠 太陽の中でできたニュートリノはさくさく抜けて飛んでいくのね。

野尻美保子 そう、抜けて飛んでいきます。一方で、太陽の中心で熱が出てるんですけど、その熱が表面まで伝わってくるのには10万年かかるんです。だから全然伝わり方も違う粒子なの。次に行きますかね。

このニュートリノをどうやってつかまえるかっていうことなんですけれども、たぶん日本っていうのはすごくニュートリノの説明をするのにはいい国で、皆さん神岡のことをちょっとぐらいは聞いたことがあると思うんです。地底深くに大きな水のタンクを用意して、そこで、入ってきたニュートリノが電子に変わるところを調べるっていう実験が日本でもやられている。ここの実験装置のことをスーパーカミオカンデっていうんです。

菊池誠 さっきの話だと、何もぶつからないのに水の中でぶつかるっていう話をしなくちゃいけないかな。

野尻美保子 だから、1平方cm当たり、このスライドの下の方に書いてありますけど、1平方cm当たり500万個とか来てるんですよ、今も。我々の上にも。そのなかで、ときどきカチンって当たる。ほんのちょっとだけだけど、電子に正面衝突して、うまく電子にエネルギーが伝えられたやつだけが見えるわけです。

菊池誠さん

菊池誠 ほとんど相互作用しないので、ほとんどすり抜けるけど、すごくたまにすごくうまくいったやつは、実は電子にぶつかる。

野尻抱介 もちろんカミオカンデの外側の地面の岩石の中でもカチンと当たったりして、それも落ちていくわけですよね。

野尻美保子 それはそうですけど、ほとんど……。

野尻抱介 たまたま生き残ってここに届いたやつが運良く。

野尻美保子 いや、そんな減らないんだ。

野尻抱介 そうなんですか。

野尻美保子 うん。ほとんど地球もすり抜けて向こうに行く。だって太陽の中を通ってきたんだから。

野尻抱介 でもやっぱり海もあるし、水だっていっぱいあるわけじゃない。

野尻美保子 いや、だから太陽は大きいじゃないですか。そこの中を問題なく通ってきた人が、いまさら地球なんて小さなものに当たったからってそんなに気にすることはない。

菊池誠 だからほとんどはすり抜けるのね。

尾関章 だからすり抜ける。

野尻美保子 そうそう。

菊池誠 タンクが十分大きいと、すごくまれにぶつかってくれるヤツがいると。

野尻美保子 光速の電子がその水の中を通り抜けると光が出るんです。そのチェレンコフ光っていうのを集める大きなこんなでっかいガラスの玉があって、ここに光が入るとその信号が取れるっていうのが光電子増倍管っていうんです。次行ってもいいですか。まだ質問あります?

野尻抱介 (ニコ生画面のコメントを見ながら)もうわからないって言ってるけど。

野尻美保子 えっ?

野尻抱介 コメントには、もう分からないって。いいですよとも言ってる人もいるし。

野尻美保子 いいって言ってる人もいるし。ニュートリノっていうのが何で素粒子物理にとって大切かっていうと、ニュートリノ振動現象っていうやつがあるからなんです。太陽は今どのぐらい温かいかっていうのを知ってるから、太陽の中からニュートリノがどのぐらい出てこないといけないかっていうのを我々はわりと正確に知ってるんですけれども、ニュートリノの数を測ったらえらい少なかったです。えっ? とか思って。

太陽活動の中でもほんのちょっとしか出ない高いエネルギーのニュートリノしか測れないから、だとか、太陽モデル(モデルは理論のこと)が間違ってるのか、とか、みんないろいろ悩んだんです。

野尻抱介 この激しく(減る)っていうのは、桁で言うと何桁ぐらい。

野尻美保子 いや、半分。

野尻抱介 半分。

野尻美保子 半分とかそんなものです。

野尻抱介さん

野尻抱介 半分ならわりと物理屋さんなら平気だよね。

尾関章 これは、小柴昌俊さんと一緒にノーベル賞を取ったレイモンド・デイビスっていう人がもうずっと長いことアメリカで太陽ニュートリノを測っていたんですよね。だからそういう意味じゃ、この謎っていうのは、僕などがこういう取材をしてた間ずっとありましたよね。

野尻美保子 そうですね。最近はもうみんなこうだと思ってるんですけども、じゃあ何で足りないかっていうと、ニュートリノって実は3種類あるんですけども、最初に太陽から出てくるときは電子ニュートリノっていうんです。電子ニュートリノがこっちに伝わってくる間に、なぜかミューオンニュートリノっていうものに化けてる。

菊池誠 (ミューオンニュートリノっていうのは)ミューオンっていう素粒子がいて、それのお友達ね。

野尻美保子 電子ニュートリノじゃないやつに変わっちゃうと。そうするともう反応がすごく少なくなっちゃって見えなくなっちゃう。そのせいで減ったんだっていうのが今のみんなの基本的な考え方なわけです。

尾関章 これはいつもニュートリノ振動って我々は書くけども、新聞にはニュートリノが変身するっていうふうに書くんです。振動っていう言葉が何となくぴんとこないんだけど、これはやっぱり振動なんですか。振動っていう言い方がやっぱり適切?

野尻美保子 振動と同じような方程式だし。

尾関章 方程式が振動の方程式だからね。

菊池誠 2種類のニュートリノの間を行ったり来たりね。

野尻美保子 行ったり来たりするわけ。

尾関章 だから振動といっても、なにかニュートリノが震えながら来るというんじゃないんですよね。これは一つのタイプのニュートリノから別のタイプのニュートリノに変わり、また戻るっていうようなことをやってずっと長い距離を飛んでくると。そういうことだからニュートリノ振動と言うと。だけど素人的には変身をしていくっていうふうなイメージでいいのかもしれませんね。

菊池誠 何度も変わるわけね。

野尻美保子 うん。

菊池誠 本当は何度もどんどん変わる。

野尻美保子 来たときにちょうど電子ニュートリノだったら電子になれる、当たったら。けど、来たときにたまたまミューオンニュートリノのときはミューオンにならないといけないんですけど、ミューオンっていうのが重いんです。電子の200倍ぐらい重い。で、全然エネルギー的につくれない、太陽から来るようなエネルギーの低いニュートリノだとミューオンがつくれない。

菊池誠 それは抜けていっちゃう。

野尻美保子 抜けていっちゃう。

尾関章 今いろいろと、ミューオンとか何とかかんとか出てくるけど、これはまた別の粒子なんです。電子、ミューオン、タウ粒子ってこういうのがあって、それぞれに何か対応するニュートリノがあるから、電子ニュートリノ、あるいは電子型ニュートリノ、ミューニュー型トリノ、タウ型ニュートリノというふうにいるんですよね。

野尻美保子 (画面のコメントを見ながら)早く終わってくれという声が。

尾関章 そうなんですよ、さっきから。司会者、なんとかしろとかいう声も出てる。だからちょっと先行きましょう。

野尻美保子 (スライドを)次のに変えてください。ここはさくっと行きますけど。

菊池誠 OPERA実験ですね。

野尻美保子 OPERA実験っていうのは何かっていうと、CERNっていうところにはプロトンのビームがあるんですけど、そのプロトン……。

尾関章 プロトンというのは陽子のことです。

菊池誠 プロトンね。覚えて帰ってください。プロトンは陽子のことです。

野尻美保子 それをターゲットっていって、大きな金属の塊にガーンって当てると粒子がいっぱいできます。その粒子が崩壊するとミューオンニュートリノっていうやつがいっぱいできます。これをイタリアに向かって打ち出して、イタリアのところに行ったときにタウニュートリノになってるのがどのくらいあるのかっていうのを測りたい。タウニュートリノになってたら、ガチッと当たったらタウレプトンができる。そのタウを測るための実験。

菊池誠 タウっていう、すごい重たい粒子ができるわけ?

野尻美保子 重たい粒子で、崩壊してバーッといろんなものが出るんですけど、それを名古屋大学の丹羽先生が開発した装置で測りましょうっていうのがこの実験の主たる目的。

菊池誠 だからさっきの太陽のやつは、電子ニュートリノがミューニュートリノに変わってたけど、この実験は取りあえず、ミューニュートリノを打ち出して、そいつがタウニュートリノに変わったらいいなっていうのを。

野尻美保子 そう。すごくよく混ざってるからそれはできるの。でもその代わりタウ粒子っていうのが重たいので、すごく高いエネルギーのニュートリノがいる。このエネルギーの高いニュートリノだっていうことが、ちょっとほかと違う。

菊池誠 重たい粒子をつくろうと思えば、つくろうとするほど入れてやるエネルギーが大きくなくちゃいけないっていうことね。

野尻美保子 そう。

尾関章

尾関章 ちょっと補いますと、このニュートリノ振動、ニュートリノが変身するというのを最初に確実なものとして見つけたのは、日本のスーパーカミオカンデで1998年に、これはちょっとまた太陽ニュートリノとは違うんですけど、宇宙線が大気にぶつかって降ってくるニュートリノで最初に見つけて、ニュートリノってやっぱり変身するんだねっていうことがわかったと。

変身するとどういうことがわかるかっていうと、変身するならば重さが――質量が――あるはずだっていうことになって、ここまでは大変クリアな実験があった。そこで終わらないで、いろんな検証実験っていうのがあり、この10年間、日本では筑波の、野尻美保子さんがいらっしゃる高エネルギー加速器研究機構(KEK)などから神岡に打ち込む実験をやってるし、アメリカでもやってるし、と。ヨーロッパではこのOPERA実験っていうのがCERNからイタリアに向けてやってたとこういうことです。

野尻美保子 じゃあ、次に行きましょう。

今度の実験の結果はその話ではありません。どんなものでも光の速度より速く進めないという相対論があるんですけど、OPERA実験で測ったら光の、えーと――CERNから打ち出してイタリアに着くまでの間に0.0024秒か何かかかるんですよ。ところがこれが……。

菊池誠 光でね。光でそのぐらい。

野尻美保子 ところが、これが60ナノ秒、つまり0.00000006秒速すぎると。そういう結果。これは特殊相対論の予言と矛盾するので、これはどうしたことかなというのが今回の実験の結果なわけです。

尾関章 わかりました。実際は、もう話が長いぞっていうコメントがいっぱい出てるけど、しかし関心をもってる人もいて。(視聴者の方から届いた質問を読みながら)ニュートリノというものは常に動いてるんですか、静止したりするのでしょうかって。静止しているニュートリノがあったらおもしろいと思うけど、どうなんですか。

野尻美保子 ニュートリノは、うん、止まってます。

尾関章 止まっていることもあるんですか。

野尻美保子 止まっていることもあるけど、止まっているものは見つけにくいから、止まってるのを見た人はいない。

尾関章 本当?(笑)。

菊池誠 それは、要するに重さがあるから……。

野尻美保子 質量があるので止まっている状態もある。

尾関章 ニュートリノと一緒に同じ速さで走っている人から見れば、ニュートリノは止まってるって、こういうことですか。

野尻美保子 そう。

菊池誠 だから、光はそれができないっていうことでしょう。質量のないものについてはそれができないから。だから同じ速度で走れるっていうことよね、質量があるっていうことは。

尾関章 これは千葉県の男性22歳からの質問。なかなかおもしろい質問だったと思いました。

さて、さっきちょっとCERNのことは言いましたが、ヨーロッパの研究者が集まってつくっている。1954年、第二次大戦が終わって、ヨーロッパがああやって分断されていく中で、主に西側が中心になってできた。6,500人の研究者、5,500人のスタッフがいる。円周27キロの衝突型加速器。これがさっき言ったLHCという大きい加速器です。

野尻美保子 そうです。

尾関章 実は自慢するつもりはないけど、私はこのCERNは何度も行ってるんです、ヨーロッパにいたときに。日本人も、いっぱい参加しています。東大なんかは事務所をもってましたね。

野尻美保子 今でもあります。

尾関章 それからここのCERNで一番印象に残るのは、なんていうか、公用語が「下手な英語」だと。CERNに行くと安心して英語が喋れるというぐらい、世界中の人が来て下手な英語を喋って。これがやっぱり国際社会の一つの雛形だなって思ったんです。そういう意味でも、国際共同研究の一つの象徴的な存在ということになると思うんです。

今回のこの論文も日本人の名前がいっぱいあります。これは私どもの記事にも書いてますけど、名古屋大学は、さっき野尻美保子さんのお話にもあった検出器の、古くさい言葉でいうと「乾板」ですが、そういうツールみたいなものをつくることにかけて非常に優れていて、この名古屋大学、それから神戸大など(が参加している)。まだ、ほかにも入っていらっしゃると思いますが、日本人で。

菊池誠 乾板って写真のフィルムだよね、要するに。

尾関章 ということです。

(ニュートリノの研究では)つまり、振動で質量(の存在)がわかりましたぐらいのところまで今は来てるわけですよね。太陽ニュートリノの謎も解けたとかいろんなことがわかってきたけど、これからニュートリノ研究は何をしてもらいたいのかっていうと?

野尻美保子 だから、すごくラッキーだったら、物質の起源とか、なにかそういうことがわかるかもしれない。世の中になんで物質があるか、みたいな。

尾関章 それがニュートリノからわかってくるっていうことはあると。

野尻美保子 ある種の(理論)模型ではそうですよね。だからCPが破れて……。

尾関章 CPというのは対称性……。ちょっとそういう、難しい話は置いといて。コメントを見ていただくとわかるんだけど、結構なかなか「通」がいるなと思うのは、ニュートリノ望遠鏡とか。

小柴さんなどが言ってるのは、ビッグバンから来るもので今まで見えているものは(宇宙誕生の)30万年後からだけど、それよりももっと前の、ビッグバンのど真ん中あたりからニュートリノが来たら宇宙の最初のところがわかるんじゃないかっていうようなこと。どうですか。

野尻美保子 小柴先生が言ってた?

尾関章 小柴さんがそういうふうに。

菊池誠 使うとか、ニュートリノでなにかを見るとか。なんだっけ、原子炉もニュートリノで見たらいいじゃんとか言う人いたよね。

野尻美保子 だから通り抜けてくるとき、物がいっぱいあったらちょっと減るから。

野尻抱介 ちょっとネタを持ってきたんですけど。

菊池誠 なにかある。バナナだ。

野尻美保子 なにか彼が持ってきてます。

野尻抱介 ニコニコ技術部として、どのご家庭でもできるニュートリノ発生器というのをちょっとつくってきたので、実験したいと思いますので。

これがバナナ1個分、仮に100gとします。100gというのはカリウムが約0.3g入っております。カリウムの中には放射性のカリウム40というのが混じっておりまして、これはベータ崩壊するので、ベータ崩壊するとニュートリノが出ます。

菊池誠 ニュートリノ(の存在)が発見されたこと自体がベータ線の実験からだからね。

野尻美保子 (未知の素粒子がある、)だからエネルギーが保存してないんじゃないかと思ったわけです。

菊池誠 ニュートリノっていう相互作用しないものがなぜ見つかったかっていうと、ベータ線を見てるとエネルギーが保存しないみたいに見えるから、なにかあるんじゃないかっていって、発見されたっていう歴史はありますよね。

野尻抱介 カリウムのベータ崩壊から出るのは電子ニュートリノで、そのうちの9割が反電子ニュートリノでいいですよね。残る1割が正の電子ニュートリノということで。これが大体1秒間に10回崩壊するので毎秒10個のニュートリノが出てると。この爪楊枝がそのニュートリノビームを表現しているわけです。この赤いのは成分。

野尻美保子 ねえ、菊池さん、こういうときに止めるために来たんじゃない?

尾関章 そういう気がするな。なにか僕はニュートリノのイメージって非常に美しいイメージなんだけど、なにか……。

野尻抱介 だからああいう、カミオカンデとかCERNの施設でなきゃと思い込まずに、どのご家庭でも。

尾関章 まあ、和みましたっていうのもあるからいいんだけど、ただ……だけどあれでしょう、早い話がさっきも言ったけども、太陽からいっぱい毎秒1兆個ぐらい来て体を通り抜けてるんだから、あえてバナナを使わないでもいいような気は。

菊池誠 バナナから出る分はほんのちょっとだよね。

野尻抱介 はい、そうなんです。

尾関章 ニュートリノの発見ということなんだけど、ニュートリノの発見というのは、1950年代に原子炉のニュートリノを発見したっていうのが最初ですよね。ライネスが。その後、宇宙からのが1987年に……。

野尻美保子 1987年?

尾関章 そうです。カミオカンデが超新星ニュートリノを得た。もちろん、(それ以前から観測されていた)太陽のニュートリノも宇宙からのものですけれども、太陽系の外でいうと、大マゼラン雲という16万光年彼方から日本のカミオカンデに届いたニュートリノ。

菊池誠 あれが光よりも3時間速かった?

尾関章 いや、そうじゃない。

それについて、たとえば私どもの新聞の解説の中で村山さんが――村山さんというのは『宇宙は何でできているのか』でベストセラー科学者になった村山斉さん――これは意外っていうか、やっぱり首をひねらざるを得ないねって言われたのが、この超新星ニュートリノのときは16万光年離れていたのに、ほぼ同時期っていうか、数時間ぐらいの違いで「見えた」のと「(ニュートリノを)つかまえた」のがずれていたわけです。それに対して今回のはすごく小さいように見えて大きくて、16万光年で計算してみると、大体3年とか4年。

野尻美保子 そのぐらいですね。

尾関章 だからどっちが先か。どっちが先っていうのは、1987年に着いたのが、仮にニュートリノが正しいとすれば、それから3年先に光が見えていいはずだということになるんだけど、光もほぼ同時に見えたということで。だからこの謎をどう解くかですね。

野尻美保子 じゃあ、その残っている1枚のスライドを今使いましょう。

尾関章 はい。

野尻美保子 何か今――おーい、出て、最後の1枚。これは何か今業界の中で……誰かが研究しているやつなんだけど、これはどういう理屈かっていうと、光とか電子とかは、4次元の空間の中を通っていくんだけど……。

菊池誠 4次元っていうのは、われわれの普通の空間が3次元で、時間が1次元の普通の空間ね。

野尻美保子 そう。5次元目に行ける人は速く走れる。そういう歪んだ空間を考えましょう。そのたちの悪いやつを。そうすると、この歪んだ空間を通ってきた人は早く着けるんだけど、だからニュートリノだけここを通っていくっていうやつなんですよね。

仕掛けがあって、エネルギーが高いニュートリノであればあるほど、より早く走れるところにしみ出していくようになってくる。それで超新星から来るニュートリノっていうのはそんなに高いエネルギーじゃないんです。

尾関章 そんなに高いエネルギーじゃなかった。今回のが、高いんですよね。

野尻美保子 だからそういうふうにすれば……。

菊池誠 すれば?

野尻美保子 すれば、説明できないことはない。

尾関章 だから、それは村山さんも言っていらしたけども、同じニュートリノでもエネルギーによって(4次元時空から)出たり出ない、そういう理論っていうのはすごく美しくないねと。やっぱり物理学っていうのはシンプル・イズ・ベストだから、ちょっとそういう複雑な理論をつくるのは嫌だなっていう感じのことを言っていらした。

それから佐藤勝彦さんが言っていらしたのは、その5次元目に出るというのは、今の宇宙論では大体、グラビトンとか重力子とか言われたりする重力に関連する粒子だけで、ほかの粒子は外へ出ないっていうのが普通の考え方だねって。今日の野尻さんのお話を聞くと、やっぱりニュートリノでも、エネルギーによっては出るっていう、そういうことですか。

野尻美保子 いや、電子とニュートリノっていうのはお仲間なんですよね。それで、ニュートリノだけ出て、電子になにも起こってない理論がなんか変だなって思うんですよ。それが一つで、あとはこの5次元目の空間に行って、それでまた、われわれが見えるかたちになろうと思ったら帰ってこないといけないじゃないですか。そうしたら帰ってくる確率はそんなに高いんでしょうかっていう疑問になるわけですよね。

菊池誠 これは、(今回の)実験後に速攻でつくられた話なの? それとも前からある話?

尾関章 これは前からあるんでしょうね。

野尻美保子 (米国に)MINOSっていう別のニュートリノ振動実験があるんですけど、もうそのころから。もう、この5~6年はあるような話で。

尾関章 今、MINOSっておっしゃったけど、その実験ではすでに今回の前に光より超えたと。そういうのがあってこういう理論を考えた方もいるっていうことですかね。

野尻美保子 うーん、どうかな。いつごろからかな。いや、前から。やっぱり余剰次元模型って……。こういう(理論)模型が出てからはいろんな……。

尾関章 重力子だけではなくて、ほかのそういう普通の粒子も出る可能性はあるっていう理論は出てるんですね、そうすると。

野尻美保子 ただ、余剰次元模型が研究されるようになってからというもの、なんていうんでしょう、オールフリーというか。

尾関章 余剰次元というのは4次元時空の外にある5次元目とか6次元目とか、そういうのを。余剰というのは「余る」、(画面のコメントでは)四畳半次元って冷やかされてるけど、四畳半じゃなくて「余り」の次元っていうことですね。

野尻美保子 ちゃんと漢字を入れてくれた方がいっぱいいらっしゃる。

尾関章 漢字を入れた方もいる、だからなかなかですね。

菊池誠 僕らは、ちょっとこういうのって全然門外漢なんですけど、なんとなくなんでもありに見えてしまって、どうよって思うんです。なんでもありって。

野尻美保子 でも、その向こうにはストリング(ひも)理論とかあるわけですよ。ブレーン(膜)っていうのがあるとか。ゲージ理論っていうのは、そのブレーンの上を張ってるわけですので、ニュートリノの中で、ステライルニュートリノっていうか、ゲージ理論と関係ないニュートリノがいるから、そういうのが5次元目に住んでいても別にいいし、今どきだったら5次元目にも延びてるゲージ理論とか考える人もいるし、私もちょっとやったりするし。分野外の方がどう思われるかは別として。

菊池誠 いや、よくわからんと。理論がたくさんあるなと思うんだけど。

(つづく)