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超光速【ニコ生】討議(中)これはまるで「密室事件」だ

野尻美保子、菊池誠、野尻抱介、尾関章

 アインシュタインの特殊相対論といえば、現代人の世界像の骨格をなす「憲法」のような理論だ。それに背くような観測データが今秋、欧州から届いた。謎めいた素粒子ニュートリノが、特殊相対論ではそれ以上速いものはありえないという真空中の光よりも速く飛んだ、というのだ。そもそもニュートリノって何なんだ? この実験をどう受けとめればよいのか? タイムマシン談議とどうかかわってくるのか? 物理学者とSF作家らがニコニコ生放送で語り合った議論のエッセンスを3回に分け、話し言葉の臨場感を残したまま再構成してお届けする。(「ニコニコ生放送」は2011年9月30日、本文中の画像は当日の画面から=ニコニコ生放送提供)

《座談会出席者》
野尻美保子さん(高エネルギー加速器研究機構教授=素粒子理論)
菊池誠さん(大阪大学教授=統計物理学)
野尻抱介さん(SF作家)
司会・尾関章(朝日新聞編集委員)

尾関章 ということで、お待たせしましたということでこちらに行きましょう。第2部です。今回の実験は本当なのっていうような気持ちをもたれた方は多いと思うので、そこら辺をちょっと議論してみたいなと思います。まず皆さん、これのニュースを聞いて、どういうふうに一瞬頭にひらめくものがあったかという話を。

野尻抱介 ツイッターで、その後ネットでアクセスしてたら流れてたんですけど。すみません、全然、これはどうせまた間違いだろうと思って、今動くのは早いと思ってしばらく様子見だと思ってそれっきりにしました。

尾関章 なるほど、様子見ということですね。

野尻抱介 はい。

尾関章 SF作家的にはちょっとひらめくイメージとかないんですか。

野尻抱介 そうですね。ちょっと、そういうものはすごくやり過ぎちゃってるので。

尾関章 そうか。

野尻抱介 大体のことは、やってるわけなんですよね。

尾関章 なるほどね。

野尻抱介 だから、いまさら驚かないというのがあって。何だろうな、これはむしろSFがどうこうというより、現実はどれだけSFに追いつけるかという話です。

尾関章 なるほどね。

野尻抱介 だから、SFの動向よりはむしろ、物理界とか世界の動向がどう変わるかっていう方に興味がもちろんあると思うんです。

尾関章 菊池さんはどうでした。

菊池誠 はい。僕はたぶんツイッターで知ったんだけど。

尾関章 やっぱり、ツイッターでね。

菊池誠 ツイッターで知って、ニュースを見たのかな。いや、でも間違いなんだろうけど、なぜ間違いかわからないんだなっていうことで。大抵の人はきっと、間違いは間違いなんじゃないのって思ってたんじゃないかと思うんですけど。ただ、理由がわからないんだねって思ったんですけど。

尾関章 大抵の人って言っても、科学者、もしくは科学に精通してる人ってことじゃないですか。一般の人は結構本気に思ってる人もいるんじゃないかな。

菊池誠 そうかもしれないけど、わりに夢がないので、基本間違いだろうけど、実験した人たちにもどこが間違いかわからないっていうことらしいっていうことだったので、間違いを見つけるのは大変だなと思って。だって、ニュートリノだけ速いってちょっと何か困るような気はするじゃないですか。

尾関章 なるほどね。確かにニュートリノだけ、なんでニュートリノなのとか。そのへんはまた是非議論していただきたくて。

(視聴者からの質問を読みながら)そもそもニュートリノは光より速いという実験結果は正しいんでしょうかっていう、青森県の17歳男性、ティーンエイジャーですけど。やっぱり、少年たちも違うんじゃないのって思ってるっていうことですね。なるほど、そうですか。

美保子さんはどういうふうにあの瞬間思われたですか。

野尻美保子 今、追ログ(ついろぐ)を見て、自分の第一声は何だと思ったら、イタリアだと時間がちょっと遅いんじゃないかと。

尾関章 なるほど、なかなかのジョークです。

野尻美保子さん

野尻美保子 でもその後は、いったいどこで間違えたんだって。間違えそうな場所を探すわけですよね。そうすると、GPSで相対的な時間を決めてるんだけど、その時間をどうやって検証してるんだとか。それから、そもそもビームが入ってきてニュートリノになるんですけど、出たばっかりのところでニュートリノのエネルギーを測ってるわけではないんですね、あの実験は。陽子のビームが通り過ぎて、どのぐらいの量が通り過ぎたかっていうことだけ測っているとか。そうすると、それは困ったなとか。

野尻抱介 イタリアのあれ(検出器)はどれぐらいの大きさがあったの?

野尻美保子 3階建てぐらいの大きな検出器に見えましたね。(神岡のように)水タンクじゃないんです。鉄なんです。

野尻抱介 そうなんだ。

野尻美保子 あれは、エネルギーが高いから鉄みたいな、なんていうかな、金属のばーんとした測定器があればいいんですよ。

野尻抱介 60ナノ秒が18mですよね。

野尻美保子 18m。だから、ケーブルでも回路でもちょっとずつ、1ナノ秒ずつの誤差が積み上がっていくわけですよね。でもやっぱり、GPSが一番怖いですよね。

菊池誠 GPSは時間を合わせるのに使ったんですか。

野尻美保子 すごく遠く離れた場所の時間をどうやって合わせるかっていう問題なわけです。なにか原子時計っていうのがあるらしくて、すごい精度が高いんですけど、原子時計ってそんなに遠くまで持ち運んで時間を合わせられるようなものでもないらしいんです。だから、遠い場所との間の時間はそのGPS衛星で合わせて、中はその原子時計を持ち寄ってだんだん合わせていくわけなんです。だから、絶対的な時間がきちっと合ってるかどうかっていうのがまず一つと。

菊池誠 まず時刻は2点で、出すところと受けるところがあるから、そこの時間がちゃんと合ってるかっていうのが、すごい問題なわけ?

野尻美保子 そう。あと次の問題は、じゃあ陽子のビームが来て、それがニュートリノになったとき、その時間がちゃんと測れるのかっていう。

菊池誠 いつニュートリノになって、ニュートリノとして出たかっていうことですね。

野尻美保子 たとえば、このニュートリノになるところ、ミューオンが同時に出るので、ミューオンを測ればそれである程度検証できるはずなんですけど、そのミューオンを測る装置っていうのは放射線がいっぱいあるところにすでにあるので、そこに時間を合わせに行くのはできないんです。

菊池誠 うーん。

野尻美保子 だから、もうとにかくそこにいてその時間合わせをするっていうのは無理なんだって。

菊池誠 そうか。

野尻美保子 私たちが、じゃあそこまで行って時計合わせてくればいいじゃないとか、検出器を置きなさいとかって思うけど、それはどうもそういうものじゃない。

野尻抱介 ともかく、その誤差が入り込むなっていうことですよね。

野尻美保子 誤差は入り込むんだけど、これからさらによい実験データにすることができるかっていうと、そんなに簡単じゃない。

菊池誠さん

菊池誠 とりあえず時計、時間を合わせるっていうのは実はかなり大変な作業だっていうのは一つポイントではある。

尾関章 距離の方は、少なくとも記者会見などで説明されてるのだと20cmの精度で測ってるって言うんです。ただ、本当にそれだって、どうなんですかね、本当にできるんですかね。730kmのうちの20cmですから。

野尻美保子 でもなにか、たとえば地震があったらちょっと距離が変わったというのが測れていたりなんかして、あれはなかなかいい感じですよね。

尾関章 そうか、だからそれはできると。

野尻美保子 うん、そう。

尾関章 ちょっと皆さんの感想っていうか、第一報を聞いた……。

野尻抱介 (画面のコメントを見ながら)みんなそろそろかなりいらいらしてるので。

菊池誠 みんな懐疑的な話ばっかりするから。

尾関章 僕の感想もひとこと言いたいんだけど、言っちゃ駄目でしょうか。

菊池誠 懐疑的な話ばっかりするからみんな嫌になってきた。

尾関章 私の感想は、(発表があった日は)休みでしたから、ああ、これで会社に出ていかなきゃいけないんだなと思ったと。

そこは、科学者とジャーナリストの違いかもしれないけど。どういうことかというと、仮にこれが本物でないにしても、CERNという研究者の集団が、しかるべき協議を経て発表したということが出る以上、やはりこれは報道しないわけにいかないだろうという感じであって、やはりそういう意味では、社会的なという意味も含めてインパクトのある発表だったんではないかなと。

菊池誠 今、このへんで言ってたような話は、もちろん十分検討して、それでもやっぱりって言うことで論文になったんですよね、あくまで。

尾関章 そうでしょうね。

野尻美保子 おもしろい話があって、私、この「ニコ生」に出るからちょっとみんなどう思ってるんだろうと思って、名古屋大学の実験の先生のところに電話かけてご感想を聞いたんです。そうしたら、なにか彼がああだこうだ言った挙げ句に言い出したのが、これは「密室殺人事件」であると。どういう意味で密室殺人かっていうと、ここに完全に密閉された部屋があって、中で人が死んでる。絶対に状況的には殺人事件であると。でも密室だから誰も入って来れたはずがない、さてどうしようと。壁をすり抜けて入ってきたわけじゃないわけですよね。どっか間違ってるって決まってるわけです。なにかトリックがあるはずだと。トリックをみんなで考えるからエキサイトする、そういう話。

そういうのがだから、どこで間違えたんだろうって言って、みんな一生懸命考えてる。あの日はツイッターはその話題ばっかりで、みんな物理やってる人たちは真剣に考えて。

野尻抱介さん

野尻抱介 要するに、みんな懐疑的なわけですね。

野尻美保子 いや、懐疑的なわけじゃなくて。だって、それをまず最初にやらなきゃいけないから。

菊池誠 だから今の密室殺人っていうのは、基本的には、なにか間違いだったんだろうけど、今のところ全部調べた範囲内では部屋は閉じているように見えると、でもどこかに穴が開いてるんだろうと。理屈の科学みたいな。

野尻美保子 そう。ところがそのテレビの方で……ああ、困ったなと思って(笑)。

菊池誠 報道は比較的いきなりタイムマシンの話に(笑)。

野尻美保子 報道は比較的。

尾関章 みんな疑ってるっていうのは、もうちょっと話を進めたいけど。ただ、これを発表したときには、ある種解釈は加えませんよと謙虚な発表をしながら、データにはかなり自信をお持ちのようなんです。そこのところを、もうちょっと専門家というか、科学者の方にお聞きしたい。

あんまり難しいことを言ってもしょうがないんですけど、統計学の用語でシグマっていうのがあって、その数字で、物理の実験っていうのは信頼度が高い低いって言いますが、今回のは論文にも6シグマって書かれていると。ふつう素粒子の発見とかそういうときは、統計のばらつきを見るときに5シグマの信頼度であれば、もうこれは発見というふうに表明してもいいっていうような、大体そういう目安があるんです。

菊池誠 シグマっていうのは実験の不確定さの度合いですね。

尾関章 そういうことですよね。何か真ん中に値があってちょっとばらついてしまう、そのばらつき方のところで言っているんですよね。とにかく、5シグマというと本物ですよということで、そういう意味じゃ6シグマってすごいなって、私なんかは最初そういうふうに思ってしまったんですが、必ずしもその数字にだけ依拠して大丈夫、大丈夫じゃないっていうのは言えないんですかね。そこのところはどうなんですか。

野尻美保子 だから、なにか大きなものを見落としていれば、中心値がガッツリずれる。測った値がもうがっつりずれるわけです。

菊池誠 シグマというのは、そのでたらめなばらつきに対して言ってるだけなんですね。

尾関章 なるほどね。

菊池誠 でたらめなばらつき以外のものもあると。

野尻美保子 評価できるものについては全部評価して、それぞれのエラーはこれだけ、これだけって付けましたって。

尾関章 だから、でたらめのばらつきっていうのは、なんていうか、実験のシステムの何か見落としてた点とかではない。今回の場合は、実験のいろんな不確かなことが結構いろいろありますね。とりわけ美保子さんはそれが、やっぱりGPS……。

野尻美保子 私は実験のメンバーでもないし、皆さん、見た範囲でやれることは全部チェックしておられるわけだから、いろいろ皆さんが推察されていることを言ってるだけなんですよね。だから、私自身としては、別に具体的に装置を触ったことはないし、GPSの原理も。GPSって、でも結構難しいもので、一般相対論の効果まで入れないといけないから。

尾関章 今、美保子さんが言われたのと同じようなことを言われる方がいて、やっぱり実験物理学者にとっても、加速器のことはかなり熟知してるのだけれども、GPSはブラックボックスだねって言う人がいました。皆さん、パソコンをお持ちだけど、使ってるときに中の電子がどう動いてどうだなんて考えないわけですよね。そういう意味でブラックボックスって言ったんだと思うけど、やっぱり、物理学者にとっても、こういうことっていうのはわからない。

ただ、記者発表とかそういうものを聞いてみると、物理学者たちは慎重にGPSの検証を情報系のグループに渡して独立の検証をしてもらってるっていうことですね。

菊池誠 一応、GPSを疑ったわけですね。

尾関章 なるほどね。

野尻抱介 疑わしいっていうのもあるんだけど、もし正しかったとしたらという話をしたほうがよくないですかね。聞いてる人は、それをどこかで待ちくたびれているような。

菊池誠 いや、それをなるべく引き延ばしてるのかどうか。

野尻抱介 それは嫌なわけ?

菊池誠 いやいや、そんなことはない。

野尻抱介 美保子さんがそれ……。

野尻美保子 それだったらこのお二人に私はお任せして。

尾関章

尾関章 いやいや、タイムマシンの話に行く前に、今やっぱりもうちょっと議論してみたいと思うのは、科学者がこのタイミングで発表したことをどう考えるかっていうこと。そのへんはどういうふうにお感じになりますか。

野尻美保子 珍しいことでは。でも、わりと噂になってたみたいで、私は全然知らなかったんですけど。そろそろその噂になり具合からも限界だったのかな。何か、いや、よく分かりません。

でも、実験が終わってオープンボックスって言うんですけど、初めは時間だけ測って、距離だけ測って、最後に結果を出して合わせるっていう。途中、お互い相手を見ないでずっとやっていって、最後に数字をどーんと出して、そうしたらずれてたわけです。その後半年ぐらいチェックされて、でも間違いが見つからなかったので発表されたっていう経緯だと聞いてますけど。

尾関章 なかなかディープな内部情報ですよね。

野尻美保子 いや、何かネットでありましたよ。

尾関章 ネットであった?ああ、そう。

野尻美保子 私もネットの程度のことしか知らないです。

尾関章 菊池さんはどう思われます?今回の発表。

菊池誠 NASAとかは、ときどき何かフライングみたいなのをよくやるけど。僕もそれはよく知らないですけど、これは、よほど、ほかにどうしようもなくて発表したのかなと思う。たぶんこのへんでこれが違うんじゃないって言ってても、きっとそんなことは全部調べたんだろうなというぐらいには。

野尻美保子 少しメンバー入れ替えてもう1回実験されるって書いてあったんですけど、ニュースに。

菊池誠 メンバーを入れ替えるの?

野尻美保子 うん。だから別の人が見てっていうことだと思う。

尾関章 抱介さん、どう思います?

野尻抱介 あれは、よく宇宙開発なんかだとアドバルーンっていうのがあるんですけど、ちょっと飛ばし記事みたいなものをぽんと出して、それで予算を。

今回の場合は、とくにそういう要因が見当たらないという。だからもうやるべきことをやり尽くして発表して、われわれはお手上げです、皆さん代わりに突っ込んでよ、みたいな感じに取れたんです。

尾関章 そうかもしれませんね。

さっき、美保子さんが言われた異例っていうのはこういうことかなと思うんですけど、要するに、解釈を加えませんっていう論文なんです。普通、科学論文って一番下の方にディスカッションというところがあって、ああでもない、こうでもないっていう、いろんな解釈の仕方をすると思うんだけど、やっぱりそこがちょっと異例。

野尻抱介 ただ実験報告をしただけですよね。

尾関章 そうですよね。

野尻抱介 普通それだとちょっとポイント低いですよね。

尾関章 だから、そういうこともこれからはありなのかなという感じなんですが、今回はCERNの所長がコメントを出したりしてるんです。私どもは報道しましたけど、こんなことを言っているんです。「驚くべき観測がなされ、その説明がつかないとき、科学の倫理が求めるものは、その精査を進め第三者の実験をうながすために結果を幅広く公開することである」。ホイヤーさんという人ですが、こういうことを言ってる。これも一つの考え方かなということです。

野尻美保子 難しい話ですからね。やっぱりいっぺんオープンにして、いろんな人に研究してもらうっていうのは確かにいい考え方かもしれないですよね。

尾関章 じゃあどこがやるんだというお話で、そういう質問が実は来ているんですよね。

菊池誠 日本ではできるのかっていうね。

尾関章 たとえば、兵庫県の29歳の男性の方は、今回の実験結果によりいろいろな検証がおこなわれると思うんですが、実験の正誤に一応の結論と呼べるものが出るまでにはいったいどれぐらい時間がかかるんでしょうか。どうですか。実験、これは難しい。

野尻美保子 うーん。

尾関章 この間、村山斉さんにお電話でちょっとお話を聞いていたら、やっぱりアメリカではもうミノスっていう実験が――フェルミ研(フェルミ国立加速器研究所)などがやってるんだけど――結構もうやる気を出してるということで。

野尻美保子 もう1回やるんですか。

尾関章 そうそう。(ニュートリノの速度測定の実験結果を)1回出してますけどね。そのへんも、これから楽しみだなということになります。

(つづく)