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 中国は「科学技術は第一の生産力」というトウ小平の言葉に象徴されるとおり、科学技術力の増強は強国への不可欠な条件ととらえている。

科学技術予算の伸びは財政収入の伸びを上回ることと科学技術進歩法で規定されており、毎年前年比約20%の伸びをしめしている。

 さらに、ハイテク推進するための863計画、基礎研究振興のための973計画などの政策をはじめとして、宇宙開発、民間航空機開発、新薬開発、新エネ開発など13項目の科学技術重点プロジェクト計画、7大戦略的新興産業の振興などのプロジェクトが目白押しである。

 これらのプロジェクトは研究者間の競争を促し、「選択と集中」の理念の下で選ばれた研究者やグループに対して多額の研究費が投下されている。さらに、海外の大学や研究所で活躍している中国人を自国に戻す帰国奨励策も功を奏し、彼らが海外から持ち帰った科学的知見や研究手法を元に研究水準が随分上昇してきている。

 近年、論文数において中国は米国に次ぐ世界2位に躍り出たのみでなく、論文の質を表すとされる被引用論文件数を見ても、数学、物理、化学、材料などの分野で日本を凌駕している。日本人学者の一部にも中国はすでに日本を抜き去ったという悲観的意見は少なくない。

 しかし、科学技術振興機構が日本人研究者を対象に行った、環境・エネルギー、電子・情報、ライフサイエンスなど科学技術力での日米欧韓中の5極のアンケート調査では、中国の科学技術力の向上は著しいものの、依然として日本との差は大きいという結果がでている。

 これらの2つの調査手法には被引用件数の多い論文数とアンケート調査という違いがあるものの、両者の調査結果には一見齟齬があるように思える。これをどのように理解すればいいのであろうか。

 まず、被引用件数が多いほど論文の質や研究水準が高いと言われるが、実情を探る必要がある。米国の民間企業が科学論文のデータベースを作成しているが、近年の中国の科学技術の進展のために、中国語で書かれた論文であっても、アブストラクトが英語で書かれていれば、データベースに取り入れるようになっている。

 さらに、中国人研究者数は米国を上回るほど中国人のサイエンス・コミュニティが巨大になっているが、中国人研究者は中国人の論文を引用する傾向が強いため、中国人の論文の被引用件数が多くなる傾向にあるという指摘がある。また、中国語の科学雑誌のインパクト・ファクターを上昇させるために、組織的に中国人同士が論文を引用し合っているという噂もある。

 これらの要因が重なり合って、被引用件数は実力以上の結果が表れていると考えられる。

 一方、ネイチャーやサイエンスなどの世界一流雑誌の掲載論文数で比較すると、日本は中国よりもまだ優位に立っている。日本人研究者のアンケート結果は日ごろ見聞きするこのような一流の論文を反映しているとも考えられる。

 日中両国の科学技術力を正確に比較するには、具体的な技術をいくつかピックアップして分析してみるともっと分かりやすくなる。

例えば、次の世代の夢の原子炉として期待されている核融合研究で比較してみよう。核融合反応に必要なプラズマ制御研究では、日本は臨界プラズマ条件を達成するなどの実績を持ち、欧米と並んで世界トップの水準にある。

 一方、中国は超伝導コイル製作技術、超伝導運用技術、品質管理、低温技術は先進国並のレベルと考えられるが、中国の代表的なプラズマ実験装置であるEAST(先進超伝導トカマク実験装置)は日本のJT-60の約10分の1の容量しかなく、これが安定なプラズマを実現することができずにプラズマ研究で日欧米の3極の後塵を拝している原因と考えられている。

 中国が大型のプラズマ容量を実現できないのは、磁場を作るコイル、プラズマを超高温にするビーム加熱、超周波加熱、プラズマ計測システムなど各種基盤技術の開発が日欧米の先進国に比べて10~20年ほど遅れているためである。

 中国は核融合研究に本格的に着手した時期が遅かったのが、それが今でも影響を及ぼしていると考えられる。

 政府主導の核融合などのビッグプロジェクトが日本の民間企業に先端技術を蓄積していった事実を見逃してはならない。いずれにしても、加速器、天体望遠鏡、自由電子レーザーなど先端科学分野ではまだ日本の方が中国よりも優位と考えられる。

 さて、中国は世界の工場と言われるようになり、世界からの直接投資は1,057億ドル(2010年)に達しているが、一方で中国は海外のエネルギーや資源を入手したり、技術力のある海外企業を買収するために590億ドル(2010年)を海外に投資している。こうした企業買収は技術開発に要するコストや時間を縮減するには有効かもしれないが、自ら苦労して技術開発する努力を避けることになるのではと懸念される。安易な方法では技術開発力は身につかない。

 日本企業は液晶、デジタルカメラ、ハイブリッド自動車、カラーコピー機、カーナビなどの製品で世界の先端を誇っていたが、先頭で果敢にフロンティアに挑戦するという苦悩を経験してきた。

 大田区などの中小企業は創意工夫を凝らした優れた技術を持つ企業が少なくない。科学技術分野で世界のトップを目指すには、科学者の気概や技術者のものづくり魂が重要だ。中国の科学技術者の奮起を注視していきたいものだ。

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筆者

寺岡伸章

寺岡伸章(てらおか・のぶあき) 寺岡伸章(日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術主席)

【退任】日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術主席。熊本県生まれ。東工大修士課程修了。旧科学技術庁・基礎研究推進企画官、タイ国家科学技術開発庁長官顧問、国立極地研究所事業部長などを経たあと、06年6月~10年9月まで理化学研究所中国事務所準備室長(北京)を務めた。中国の科学技術事情に詳しい。小説、エッセーの執筆も。※2012年3月末退任

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