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大阪維新の会よ、「家庭教育支援条例」はいらない

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

ゴールデンウイーク中に大阪維新の会の大阪市議団が5月市議会への提案を明らかにした「家庭教育支援条例案」が、7日に撤回された。「第18条 わが国の伝統的子育てによって発達障害は予防、防止できるものであり、こうした子育ての知恵を学習する機会を親およびこれから親になる人に提供する」という条文を目にしたときは、思わず「ハアーー?」と声を出してしまった。代表的な発達障害である自閉症は、脳に何らかの障害があって起きるものだ。それが「わが国の伝統的子育てによって予防できる」とは。専門家や保護者団体から批判が相次いだのは当然だし、早々に方針撤回したのも当然だろう。

 維新の会を率いる橋下徹大阪市長自身、5月3日にツイッターで「発達障がいの主因を親の愛情欠如と位置付け愛情さえ注げば発達障がいを防ぐことができるというのは科学的ではないと思うという僕の考えを市議団長に伝えました。これからこの条例案について市議団内での議論が始まります。是非大阪維新の会市議団に様々なご意見をお寄せ下さい」とつぶやいている。

 これは「第15条 乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因であると指摘され、また、それが虐待、非行、不登校、引きこもり等に深く関与していることに鑑み、その予防・防止をはかる」に対するつぶやきだ。問題条文は第18条にとどまらないのだ。

 条例案を推進していた辻淳子市議によると、文案は4月下旬に「親学」を提唱する高橋史朗・明星大教授から資料として提供を受けたという。これをたたき台として議論していくつもりだったというが、橋下市長からも市民からも批判され、いったん引っ込めた形だ。

 ネット上では、発達障害児を育てている親たちの怒りの声とともに、「トンデモ条例案」「エセ科学」といった批判が飛び交った。

 しかし、高橋史朗氏は8日、一般財団法人「親学推進協会」のホームページで同協会理事長として「家庭教育支援条例案に対する緊急声明」を発表。「親の育て方が原因であるような表現は医学的根拠がない」という批判に対して反論している。その要点を以下にまとめてみる。

 「発達障害の原因は先天的な基礎障害(impairment)ですから予防はできません」が、「子供たちに大きな影響を与える環境を整えることは、症状の予防や改善につながると考えることができます」「浜松医科大学の杉山登志郎教授は、高齢出産やたばこの影響、多胎、未熟児、生後から1歳までの環境要因の積み重ねが発達障害の要因になりうると、指摘」、「このように子供の発達にみられる後天的、二次的障害にウェイトを置いて発達障害に言及する科学的知見も見られます」

 「勿論、『乳幼児期の愛着形成不足』が先天的な基礎障害の『大きな要因』ではありません。その点では条例案は不適切です」。しかし、「二次障害については、早期発見、早期支援、療育などによって症状を予防、改善できる可能性が高いといえます」「親を責め傷つけることにつながるという理由で、環境要因や育て方が二次障害に関係するとの見解までもタブー視し、『疑似科学』と不当なレッテル貼りをしてしまうことは、子供の『発達を保障』することによって得られる子供の『最善の利益』を損ねることになるのではないでしょうか」

 「混乱を招いた一部不適切な条例案のために家庭教育支援条例の全体を葬り去ることは将来に禍根を残すことになります」「今後、発達障害と虐待の関係(虐待の連鎖-虐待に起因する『発達障害的症状』)、発達障害の環境要因と伝統的子育て(関わり方)などについて専門家からヒアリングを行い、科学的知見に基づく情報の提供に努めてまいりたいと思います」

 「発達障害は予防できる」「乳幼児期の愛着形成不足が大きな要因」という主張は誤っている。だが、「二次障害」は育て方が要因になりうるという「科学的知見」があるのだから、疑似科学と見なすのは不当だ、という主張だ。

 しかし、これは反論になっていない。これでわかるのは、「発達障害は予防できないが、二次障害は予防できる」という氏の立場である。そうすると第18条は「わが国の伝統的子育てによって二次障害は予防、防止できる」となるのだろう。問題の本質は、「わが国の伝統的子育て」で何らかの障害を「予防・防止できる」という主張の科学的妥当性である。「わが国の伝統的子育て」とはどういうものかを定義づけ、「他国の伝統的子育て」や「わが国の非伝統的子育て」と比較した研究がなければ、その主張に科学的妥当性はない。条例案の中にも、高橋氏の緊急声明にも、そんな証拠は示されていないのだから、「疑似科学」と評されて当然だろう。

 条例案全体を読んでみれば、

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