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プレッシャーに弱い脳

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

オリンピックの予選が花盛りだ。各種目で日本選手が奮闘している。結果に一喜一憂している人も多いだろう。

 最近の日本人アスリートには、ここ一番に強いタイプも結構いる。しかし国民性としては、依然として「プレッシャーに弱い」イメージは拭えない。先場所の稀勢の里もそうだった。こういうメンタリティはどこに起因するのだろう。

 オリンピックのように勝利の栄誉が絶大だったり、入試のように成否の落差が大きいと、人は硬くなったりアガったりする。その結果本来の力を発揮できないことも多い。いわゆる「息がつまった」状態だ。実際、英語でも「チョーク(窒息)」状態と表現する。アガりやすい人と、全くアガらない人といるのが、また不思議だ。

 古典的な経済学では、人間とは「自己の利得を最大化する合理的判断者」だ。期待される報酬が大きければ成績は向上するのが当然、となる。その観点からは説明困難な「不合理な」ふるまいを、多くの人がしている。

 折しもWSJ(ウオールストリート・ジャーナル)に、こんな見出しの記事が出た:「大きな報奨は、助けるのではなく邪魔をする」

 記事によれば、見返りが大きいほど、仕事の成績が上がるとは限らない。大きな報奨が懸かると、単純な運動課題でも成績が落ちてしまうことがある。 最新の研究で脳活動を計測してみると、報酬に関わる中枢の活動がむしろ低下してしまい、それが運動機能の低下につながっていた(チッブら、Neuron誌、2012年)。

 WSJ はこの記事だけでなく、コラムでも研究を採り上げた。「ニューヨーカー」誌など他メディアも追随している。なんでこんな研究が、ビジネス界の話題になり得るのか。

Credit: Lance Hayashida/Caltech

 その答えは、米国のビジネス文化にある。めったにない大仕事を部下に成し遂げて欲しいとき、典型的なボスは何をするか。破格の成功報酬を約束する。「馬の目の前にニンジンをぶらさげる」手法だ。

 そういうビジネス界の常套手段は、場合によってはうまく行かないかも知れない。それを示唆しているというのが、WSJの視点だ。

 種を明かすと筆者もこの論文の共著者なので、少しだけうんちくを御容赦願いたい。

図1:実験で使ったスプリング

 私たちカリフォルニア工科大学(カルテック)の研究グループは、

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