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復活!琉球競馬、「優美」を競うレースがある

楠瀬良 楠瀬良

 琉球競馬(ウマハラセー)が今年の春、70年ぶりに沖縄で復活開催されることになった。この競馬は、琉球王朝時代から沖縄各地で脈々と続いてきて昭和10年代に姿を消した行事である。競馬といっても、何頭ものサラブレッドが緑のターフでスピードを競い合う私たちが普通に連想する競馬とは大きく趣が異なる。この競馬では、馬たちの走行スピードではなく、走行フォームの美しさ、優雅さで優劣が決められるのである。

 琉球競馬が400年以上にわたって沖縄で行われていたことを知っている人は、今では大変少ないと思われる。馬と競馬を仕事にして32年の筆者さえ、今年の正月に梅崎晴光氏の労作『消えた琉球競馬―幻の名馬「ヒコーキ」を追いかけて』(ボーダーインク刊)を読んで、初めてその詳細や歴史を知った。

 実は同書については、テーマである幻の名馬ヒコーキの捜索譚を中心にして北海道新聞に書評を書いたのだが、ここでは琉球競馬の歴史や実態について紹介したい。

琉球競馬は「ナンバ走り」で走る
 琉球競馬は2頭で競われる、いわばマッチレースである。この点は奈良、平安時代に宮中儀式として行われていた「競べ馬(くらべうま)」と同じだが、競べ馬はあくまでスピード勝負のレースだった。琉球競馬での勝敗が走行フォームの美しさ、優雅さで決まるというのは、琉球舞踊にも通じる沖縄の独特な美意識を感じさせる。

 琉球競馬に出走する馬たちは、側対歩(そくたいほ)という特殊な歩法で走行する。側対歩とは同側の前後肢が同時に離地または着地する。つまり右前肢と右後肢を同時に前方に送り出し、着地した後、次に左前肢と左後肢を同時に送り出すという動作が繰り返される。いわゆるナンバ走りの馬版といえるものである。

 日本在来馬である北海道和種などでは、教えなくても側対歩で走行できる個体もいるが、多くはこの歩法を習得させるために調教が必要とされる。ちなみにゾウ、ラクダ、キリンなどは生まれつき側対歩で移動する。

 側対歩は馬が本来持っている自然な歩法でないぶん、個体ごとに、また乗り手の技術で上手下手が生ずる。だからこそ、そのフォームの優雅さ、美しさが評価の対象になるのだと考えられる。

軍が洋種馬導入、流麗な競馬は消えた
 琉球競馬には宮古馬を中心とした小型の沖縄の在来馬が用いられていた。

 家畜馬が日本にもたらされたのは5世紀末と考えられている。この時期以降の各地の古墳や遺跡から、馬にまつわる遺物が急に多数出土するようになるのである。おそらくこの時期に馬、馬具ならびに騎馬にまつわる種々の技術が、朝鮮半島から初めて日本に大規模に流入してきたものと考えられる。そして琉球列島には11世紀ごろに九州を経て伝わっていったものとされる。 ・・・続きを読む
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筆者

楠瀬良

楠瀬良(くすのせ・りょう) 楠瀬良

【退任】日本装削蹄協会常務理事。1951年生まれ。東京大学農学部を卒業後、同大学院、群馬大学大学院を経て1982年、日本中央競馬会(JRA)に。JRA競走馬総合研究所で馬の心理学、行動学を研究し、運動科学研究室長、次長などを務めた後、2012年から現職。訳書に『新アルティメイトブック馬』(E・H・エドワーズ著、緑書房)、著書に『サラブレッドはゴール板を知っているか』(平凡社)、『サラブレッドは空も飛ぶ』(毎日新聞社)など。農学博士、獣医師。

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