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『新聞研究』から 医療報道を考える─生命倫理をどう報じるか<上>

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

---日本新聞協会が発行する月刊誌『新聞研究』6月号に掲載された論考を転載する---

 おなかの赤ちゃんにダウン症などの染色体異常があるかどうかをお母さんの血液で調べる新しい出生前診断が始まっている。米国で先行し、日本では2013年4月から限定された医療施設で実施されるようになった。朝日新聞は、導入の動きをいち早く報じ、13年3月31日付朝刊で「新出生前診断あすから」、4月2日付朝刊で「まず3施設で10人」、4月28日付朝刊で「開始1か月」と丁寧に報道してきている。

長所短所 冷静に伝える

 医療報道は、「礼賛」か「糾弾」か、両極端の一方に偏ることが少なくない。クリアに切り取った記述こそ良い記事と見なす「伝統」が、報道する側に存在するからだ。だが、現実はそうそう簡単に一刀両断できるものではない。ネット時代だからこそ、新聞はメリットとデメリットを冷静に伝える媒体でありたいと常々思っている。それには広く取材するだけでなく、深く考えるプロセスも欠かせない。若手記者の皆さんの参考になることを願い、新型出生前診断について考えてきたことをまとめてみたい。

 出生前診断とは、おなかのなかの赤ちゃんについて、何らかの検査をして診断をつけることだ。代表的なものに羊水検査がある。妊娠15週以降に子宮から羊水を抜き取って中の胎児細胞を調べる。子宮に針を入れるので、この検査のせいで流産してしまう可能性が0・1~0・5%ある。だから、誰もがする検査ではなく、妊婦が強く希望したときのみ実施される。

 誰もがする検査としては超音波診断がある。日本では倫理的な議論の対象になることなく広まった。これが出生前診断にあたるという認識さえ、少なくとも患者の側にはない。

 新型出生前診断について報じられるとき、しばしば出てくるのが「血液を採るだけ」「精度が極めて高い」という2点だ。「確率99%」という数字が出る記事も多い。

 実は「血液を採るだけ」の出生前診断はこれまでも存在した。母体血清マーカー検査と呼ばれ、1990年代終わりに是非をめぐって社会的議論が巻き起こった。これは特定のたんぱく質やホルモンの量を測って、胎児がダウン症や神経管欠損である確率を推定して「陽性」「陰性」を判断するものだ。

 この検査は広まってはいない。99年に当時の厚生省の「出生前診断に関する専門委員会」が「医師が妊婦にこの検査の情報を積極的に知らせる必要はなく、この検査を勧めるべきでもない」という見解をまとめたからだ。理由は、この検査では確率しかわからず、確定には別途羊水検査が必要なこと、確率が高くても異常がないケースが多く、逆に低くても異常がある可能性があることだった。つまり、羊水検査をしなければダウン症か確定できず、一方で陰性でもダウン症でない確証はないということである。そう聞けば「検査をしても意味はない」と理解できるが、これが登場したときは「血液だけ」で調べられる簡単な検査法として注目され、積極的に検査を勧めたクリニックもあった。

「最先端」を取材する難しさ

 この検査の「精度」(この言葉はあいまいに使われることが多いので「」をつけておく) は86%とされていた。これは、100人のダウン症児の母親全員がこの検査を受けていた場合、陽性だった母は86人という意味だ。新型出生前診断はこれが「99%以上」になるという。しかも、妊娠10週という初期から診断がつく。もし中絶をするならば、妊娠12週までが望ましいというのが産婦人科の常識だ。その前に可能な検査として絨毛検査と呼ばれるものがあるが、これは流産の可能性が0・1~1・0%もあり、勧められるものではない。母体血清マーカーの対象は妊娠14週以降だった。つまり、①妊娠12週より前に②血液だけで③精度よく診断できる、として、多くの産婦人科医が「画期的」と受け止めたのだった。

 ここで、記者が気をつけなければいけないポイントが一つ見えてくる。

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