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巨大ウイルスは何を語るのか? ~覆るかもしれない「生物」の概念~

武村政春 東京理科大学准教授(生物教育学・分子生物学)

 7月20日の朝日新聞に、ある記事が載った。「長さ1000分の1ミリ 巨大ウイルス発見」という小さな記事だった。

 土曜日だったこの日、私は家族と一緒に妻の実家に行くため、準備の忙しさから朝刊を目にする暇さえなく、そのまま新幹線に飛び乗っていた。疲れ切った目が何気なく新幹線車内のニュース速報に注がれた瞬間、フランスの研究者による巨大ウイルス発見の報が流れた。「フランスの研究者」という言葉を見たとたん、「あ、たぶんクラヴリ&アベルジェルだな」と思ったのだったが、21日に帰京し、科学誌『サイエンス』誌に掲載された論文を見てみると、果たしてそうであった。

 朝日新聞に掲載された記事がどのような記事だったか、ここで概要を紹介しておこう。

 「ウイルスの概念を覆しかねない巨大なウイルスが発見された。その大きさはインフルエンザウイルスの10倍もあり、「パンドラウイルス」と名付けられた。チリ中部の河口と、豪メルボルン近郊の浅い池の底から2種類のウイルスがみつかり、共にアメーバに寄生。前者のウイルスのDNAは250万個の塩基対があり、遺伝子も2556個あった。一千分の一ミリという長さはウイルスとしては異例で、小さな細菌並み。微生物の分類の見直しにもつながりそうだ。」

 『サイエンス』誌に掲載されたこの論文には、二人のコレスポンディング・オーサー(論文に関する窓口となる代表著者のことで、通常その研究グループのボスがなる)がいる。一人はジャン=ミシェル・クラヴリ教授で、もう一人はシャンタール・アベルジェル博士だ。

 クラヴリ教授は、フランスのエクス・マルセイユ大学で長く巨大ウイルスの研究に携わっており、微生物学者として常にホットで興味深い話題を提供し続ける気鋭の研究者である。アベルジェル博士は、クラヴリ教授の長年の共同研究者で、巨大ウイルスの研究を中心的に展開している。

 さて、巨大ウイルスという概念は、じつはすでに今世紀初頭からあったものであり、決して新しいものではない。いやむしろ、巨大なウイルスの最初の発見としては、1978年、広島大学の川上襄教授による「クロレラウイルス(クロロウイルス)」にまで遡ることができると言える。

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