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科学の本質と論文不正の微妙な関係

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 論文不正が芋づる式に発覚している。特に東大分子細胞生物学研究所の教授(すでに辞職)が関与した事件は、波紋を呼んだ。先月明らかになった大学側の調査委員会報告によれば、この教授の研究グループが公刊した計43本の論文で画像データの改ざんなどがあった。その数もさることながら、当の教授は分子生物学の権威で、 一連のプロジェクトに20億円以上の公的研究費が投じられていた。またこれらの論文には20人以上の研究者が関わっているという。

 一方、京都府立医大や慈恵医大の事件で問題となったのは、高血圧治療薬の臨床研究だ。一連の論文不正に、製薬会社社員の関与が疑われる。産学連携する中での「利益相反」が、あらためて問題となった(本欄浅井文和氏の論考参照)。

 この他過去数年に限っても、阪大、東北大、医科歯科大、防衛医大、富山大、三重大などで論文不正が発覚している。人文系の例もあるが、医・生物学系などで研究資金が巨額、かつ臨床応用などへの影響が大きい例が目立つ。

 ここでは研究者の視点から、見落としがちな点を指摘し、問題を掘り下げたい。

 それにしてもなぜこんなに発覚が遅いのか、予防策や規制がゆる過ぎるのでは、というのが一般人の感想だろう。確かに科学をめぐる不正は、今に始まったことではないし、日本に限られたことでもない。だが注意しておきたいのは、国や分野によって、また個々のケースごとに、背景も動機も微妙に違っている点だ。対策といっても、ひとからげにくくることはできない。

 たとえばお隣の韓国では、ソウル大学の有名教授によるES細胞論文の捏造事件(2005年)が、記憶に新しい。この場合には、「国策として」この分野の指導的研究者が海外から呼び戻され、巨額の研究資金が投入されていたことが、背景文脈として注目される。

シリル・バート(1883~1971)

 もっとあからさまに「政治的動機があったのでは」と疑える事例もある。古い例で恐縮だが、1940〜60年代英国で行われた IQ (知能指数) の研究などはその有力候補だ。心理学者シリル・バートは一卵性双生児などの血縁関係と IQ の関係を調べ、知能の遺伝性を「きわめて高い」と結論。11歳ですべての子どもにテストを受けさせ選別する、英国独特の教育制度に根拠を与えた。ところが統計データの不自然さから捏造が発覚、「20世紀最大の科学詐欺」の烙印を押された。

 この件のその後に触れておきたい。このような大スキャンダルの後、知能の遺伝研究は一種のタブーとなった。とりわけ「知能は遺伝でおおむね決まる」とする研究は長らく批判され、葬られる時代が続いた。研究資金を得る上でもハンディとなった。ところが最近違う流れが出てきている。ミネソタ州での長期研究によってデータが蓄積され、たとえば一卵性双生児の IQ の類似性(相関係数)を見ると、70〜80%と高い数値になった。皮肉なことに上記バートが「捏造」した数値と、ほぼ重なるのだ。

 とはいえ

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