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STAP細胞論文問題の「黒幕」は何か(下) ~「複製社会」と生命科学の方法論~

武村政春 東京理科大学准教授(生物教育学・分子生物学)

 昨日の(上)でも述べたように、昨今の生命科学の主たる部分は、細胞や遺伝子を取り扱う細胞生物学、分子生物学などの学問分野が担っている。こうした学問分野の特徴は、「複雑で、しかも肉眼で見えない世界」を相手にしているということだ。

 肉眼で見える世界を相手にする場合、観察結果などのデータは、写真など「そのままの姿で」第三者の目にさらされるから、言ってみれば「わかりやすい」。動物行動学や生態学など、もちろん数理モデルで説明されるような理論的研究もあるが、たとえば動物の行動の追跡調査や、ある生態系における生物群集の調査研究などは、明らかに肉眼で見える対象物に対する研究だから、その真の姿をそのまま見て、研究論文などではそれを「そのまま見せる」ことが可能であろう(このあたり、私は専門ではないのでおかしなことを言っていたらご容赦ください)。

 ところが細胞生物学や分子生物学ではそうではない。たとえば細胞生物学。まず、対象となるのは小さな小さな「細胞」だから、顕微鏡がなければ見えない。これはまあ当然である。しかも顕微鏡も、誰もがよく知っている光学顕微鏡ではなく、蛍光を見ることができる特殊な蛍光顕微鏡とか、さらに小さなものまで見ることができる電子顕微鏡とかを使わなければならない。

 そうして観察したものは、もちろん肉眼のままで第三者に見せられるわけでもなく、画像データとして保存しておく必要がある。まず、ここがミソとなる。

 次に分子生物学。ここでは生化学もお仲間だと思っておいていただきたい。この学問分野で対象となるのは、細胞よりももっと小さな「分子」だ。分子は、顕微鏡をもってしても見えないのが通常である。大きな分子なら、電子顕微鏡や、名前はわざわざ出さないがもっと性能がいい顕微鏡を使えばやっとこさ見えることはあるが、通常、分子生物学や生化学において分子を直接観察するようなことは(一部の分野を除いて)ほとんどない。

 じゃあどうするのかと言えば、何らかの方法でその分子を「増幅」させたり、その分子を個別ではなく集合体として取り出したりして、それを「電気泳動」と呼ばれる方法で分離し、特殊な試薬で染めてみるのである。ここもまた、ミソとなる。

 つまり、細胞生物学や分子生物学では、実際のものを「見る」もしくは「見せる」ために、通常は研究者でしかできない特別な操作を介する必要がある、ということである。小保方氏が

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