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3年前の高熱はデング熱? 国内感染は以前から?

米山正寛 朝日新聞DO科学編集長

 今年の国内におけるデング熱の広がりを見ていると、実際にはもっと前から国内での感染は起こっていたのだろうと、多くの人が感じているようだ。先日、食事をしながら友人と話した時も、皆がそう考えていた。もちろん、まだ、それを裏付ける医学的にはっきりした証拠はないのだろうが、湯之上隆氏の「『2013年以前もデング熱国内感染者はいた』と考えるこれだけの理由」(webronza 9月17日)を読んで、「やっとこういう声が表に出てきたか」というのが、私の正直な感想だった。

 実は東京・代々木公園における初めての感染が明らかになった直後から、テレビでニュースが流れるたびに、「あの時の高熱はきっとデング熱だったんだ」と、妻から繰り返し聞かされていたのだ。当然、正式な診断など受けたはずもないのだが、似たような体験をして「あの時の自分もデング熱だったのではないか」と考えている人は多いのかもしれないと考えるようになった。真相は今のところ藪の中として、多くの人が過去のそんな体験を臆せずに語ることが、デング熱を取り巻く感染実態の解明につながるだろうと期待を込めて、我が家の事の経緯をここに報告しておこう。 

3年前に処方された薬拡大3年前に処方された薬
 妻の日記によると、40度を超える高熱に襲われたのは3年前の2011年7月13日だった。前日から少し体調がすぐれないとは感じていたそうだ。妻は普通の風邪くらいで医師に診てもらうことなどないのだが、高熱と頭痛が激しくて「尋常でない」と思ったので、近くの内科・小児科を受診したという。医師は判で押したように「夏風邪でしょう」との見立てで、解熱鎮痛剤や抗生物質、去痰剤などの処方を受けた。これらの薬を飲み続けながら自宅で療養していたのだが、熱は全く下がらず、頭痛も激しくなるように感じられた。このため6日後に再受診した際は、別の解熱鎮痛剤を処方された。

 さらに3日ほどして、頭痛は続きながらもようやく熱が下がり始めた頃、今度は耳の聴こえが悪いと訴えだした。「音楽が音楽に聴こえない。テレビは壊れてないんでしょうね」と私に尋ねてくるほどだった。23日に耳鼻科を受診したところ、両耳の聴力が特に高音域で大きく低下していた。医師は ・・・続きを読む
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筆者

米山正寛

米山正寛(よねやま・まさひろ) 朝日新聞DO科学編集長

朝日新聞科学医療部記者兼DO科学編集長。朝日新聞の科学記者を経て公益財団法人森林文化協会へ出向し、事務局長補佐兼「グリーン・パワー」編集長を務めた。2018年4月から現職。ナチュラリストを夢見ながら、とくに自然史科学と農林水産技術に関心を寄せて取材活動を続けている。

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