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至難のノーベル化学賞予想への挑戦

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 今年もノーベル賞発表の季節がやってきた。10月6日(月)が医学生理学賞、7日(火)が物理学賞、8日(水)が化学賞だ。昨年、WEBRONZAはマスメディアにとって「禁断」であったノーベル賞受賞者予想に踏み込んだ。WEBRONZAが果たしてマスメディアかどうかは議論のあるところだろうが、敢えて予想を公表し、医学生理学賞、物理学賞を見事に当てた実績は誇って良いと思っている。

 そして今年、昨年と同じく佐藤匠徳氏、大栗博司氏からそれぞれ医学生理学賞、物理学賞を予想する記事が届いた。どちらも専門家としての経験と見識に基づくシャープな予想で、大変読み応えがある。こういう記事を一足先に読めるのは、まさに編集者冥利に尽きると言うしかない。明日、明後日とこれらを公開していくわけだが、こうなると化学賞だけ予想記事がないのは何ともバランスが悪い。私には化学者としての経験も見識もないけれど、WEBRONZAのために敢えて火中の栗を拾うことにした。

 自然科学3賞の中で、化学賞はもっとも予想が難しい賞である。専門家に聞いても「化学賞だけは予測がつかない」といった答えが返ってくる。たとえば日本最大の化学ポータルサイト「Chem-Station」のスタッフのブログ「化学者のつぶやき」は毎年化学賞の予想をしているが、2012年10月のブログ記事には「大々的にFacebook連動予想企画を行ってきました化学賞、またもや見事に外しました・・・」とある。「うーん、当てるのはほんとうに難しいですね・・・」ともあり、予想の難しさが偲ばれる。

 米国の化学者のブログ「ChemBark」(barkは吠えるの意)には、2012年と13年の化学賞予想リストが確率つきで公表されている。2014年の予想はまだ発表されていないが、12年と13年のリストは大きく変わっていないから、14年も過去2年と似た予想をするのだろう。2012年の受賞者、Gたんぱく質のレフコビッツ、コビルカはリスト外だった。だが、確率の高い方から順位をつけると、予想リスト5位は「このリストに挙げられていない分野すべて」となっており、「予想リスト5位が当たった」とは言える。

 13年の分子動力学シミュレーションのカープラスは13年のリストの17位に入っている。この年の10位に入っていたロスマン、シェックマン、24位のスードフの3人は13年の医学生理学賞を受けている(ロスマン、シェックマンは12年予想では6位)ので、まずまずの的中度といえるのではないか。

 しかし、この化学賞と医学生理学賞の境界がはっきりしなくなっているという点は予想屋(?)泣かせである。私たちに馴染みのあるところでは、2008年にノーベル化学賞を受けた下村脩さんが受賞の知らせを受けた直後に「化学賞とは思っていなかった。医学生理学賞だろうと思っていた」とコメントしたのを思い起こす。予想屋どころか、受賞者本人にも何賞になるかがわからないのである。

 さて、では2014年化学賞はどうなるか。曲がりなりにも実績のあるChemBarkのリストを参考にしながら予想してみたい。

 リストに入っている中で一番の有名人はクレーグ・ベンター(13年10位、12年8位)だろう。ヒトゲノム解読計画に各国が共同研究チームをつくって取り組んだのに対抗して、民間会社を立ち上げてブルドーザーのように解読を進めた人だ。ただし、彼のような人にノーベル賞が授賞されるだろうかと考えると、私の直観はNOだ。だが、研究を進めるための技術開発という業績には、これまで何度もノーベル賞が出ている。下村さんのGFP発見は、その後の科学研究に広く使われたことが評価されたわけである。こうした「研究を進めるための発明・発見」にこのところ化学賞が出ていないので、2014年はそこに出ると予想してみたい。

 実際、その領域の業績がChemBarkでも高い順位に入っている。たとえば、単一分子分光法を開発したモーナー、ザーレら(13年1位、12年3位)、DNA合成技術のカルザース、フッド(13年5位、12年4位)、走査型電気化学顕微鏡開発のバード(13年、12年とも6位)、原子レベルを可視化する電子顕微鏡開発のハイダー、ローズ、ウルバン(13年14位、12年12位)といった具合だ。最後の3人は、本田宗一郎・弁二郎兄弟が設立した本田財団から08年本田賞を与えられてもいる。そこで、この4つを最有力候補と宣言する。

 そして、「領域越え」の授賞も予想しよう。世界初の経口避妊薬を開発した化学者カール・ジェラッシ(13年11位、12年17位)が今年の医学生理学賞の「大穴」候補である。