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青色LED授賞にストックホルムの心を聴く

尾関章 科学ジャーナリスト

 いつもとまったく違うな。そう痛感したのが、今年のノーベル物理学賞だ。スウェーデン王立科学アカデミーは、青色発光ダイオード(LED)を開発した赤崎勇さん、天野浩さん、中村修二さんの3人に賞を贈ることを発表した。ストックホルムで開かれた記者会見をネット中継で見、さらに発表文(プレスリリース)などの報道向け資料を読んで抱いたのが冒頭の感想だ。

 王立科学アカデミーの会見で驚かされたのは、発表側の専門家が「有用性(usefulness)」という言葉を連発したことだ。ノーベル賞のなかで物理学賞はこれまで、この一語とは無縁と思える研究に授与されることが少なくなかった。それは、ノーベル賞物理学者の一人、小柴昌俊さんが、今回の朗報に対するコメントのなかで「いちばんうらやましいのが実生活に役立つ発明で受賞されること。私は史上はじめて自然に発生したニュートリノの観測に成功したことで受賞しましたが、これと言って実生活にお役に立ったという実感がありません」(朝日新聞2014年10月8日付朝刊)と語っていることからもわかる。

 発表文もそうだ。「20世紀は白熱灯が照らした。21世紀はLEDに照らされるだろう」はすでに今年最高の名文句になりつつあるが、それに続く記述も生活実感にあふれている。まず、LED照明が電力1ワットでどのくらいの光を放てるかを数値で示し、それが白熱灯や蛍光灯よりも格段に優れていることを強調、次いでLEDの寿命が白熱灯、蛍光灯と比べてはるかに長いことも数字を挙げて説明している。皮肉を言えば、商品カタログのような発表文と読めないこともない。

名鉄名古屋駅では日本人3人のノーベル賞受賞を報じる朝日新聞の号外が配られた=名古屋市

 ノーベル物理学賞はこれまで、自然界のしくみを解き明かした研究を讃えることに力点が置かれてきた。技術開発が授賞理由になるときも、その技術の多くは科学者が必要とするものであり、市井の暮らしに直結するものは少なかった。変化が現われたのは、ノーベル賞1世紀の節目だった2000年からだ。この年は「IT(情報技術)の礎を築いた」という理由で、集積回路の発明者ジャック・キルビーさんら3人が受賞者に選ばれた。2009年には、通信に使われる光ファイバー技術やデジカメの撮像素子となるCCD(電荷結合素子)の開発に対しても賞が贈られている。

 たぶん、ノーベル財団や王立科学アカデミーには、ノーベル賞が応援する科学の裾野を人々にとって身近なところまで広げるという意図があるのだろう。青色LED研究者への授賞も、その流れのなかにある。ただ、発表の中身を子細に読むと、今回は、もう一歩踏み込んだ強いメッセージが込められているように思う。あえて言えば「ストックホルムの心」だ。この心の声を聴かなければ、今回の受賞をただのイノベーション礼讃に終わらせることになってしまうだろう。

 「心」の一端は、発表文の末尾から読みとれる。青色LEDは、発明から20年ほどしかたっていないとことわり、「それなのにすでに、私たちすべてに恩恵をもたらすようなまったく新しい方法で白色光を生みだすことに貢献している」と結んでいることだ。「青」ではなく、あえて「白」としたところに着目したい。

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