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2020年東京五輪が促す新しい都市づくり

小林光 東京大学教養学部客員教授(環境経済政策)

新しい社会モデルが求められている

 都市の在りようは、温暖化対策の観点から世界的に注目されるようになった。日本にとっても避けて通れないこの課題の解決に向け、2019年のプレオリンピック、2020年のオリンピックが大きな契機になるに違いない。ちょうど、1964年の東京オリンピックが、脱戦災復興・高度成長する工業国家づくり、といた時代を開くモニュメントとなり、新幹線や高速道路といった今日に続くインフラを整備する契機となったのと同じように、新しい時代の日本のドアを開けるのがこのオリンピック/パラリンピックになるだろう。

 わが国は、人口の絶対数で頂点を打ち、縮退の中での新しい生き方を模索している。しからば新しい生き方とは何であろう。その答えはまだ出されていないが、少なくとも、量的な拡大が目標でなくなる社会を切り開かなければならないことは間違いない。論者としては、人類全体も、地球上で永遠の拡大を続けて行けるはずがない以上、そうした人類全体にとっての社会モデルがこの機会に開拓されればなあ、と期待している。

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 写真1:環境経営サロンでは知恵の共有化をめざしている環境経営サロンでは知恵の共有化をめざしている
 非成長的な、新しい社会モデルの下では、インフラも、都市の姿も変わってしまおう。なんとなれば、資源や資本、労働に制約が強まっていく社会では、当然に、作っては壊しではなく、リサイクルし、大事に修繕しながら、しかし機能や満足を高めていくような仕掛けや構造、そしてすべてを人為でなすのではなく、自然の営みを積極的に活用し、これに順応する設備や暮らしといったことが必須となる。こうした考えは、まだ、オリンピックの具体的な理念となるまでの姿かたちを整えていないが、財政もシュリンクしていく日本としては、頭に置いておかなければならない基礎的発想である。

 オリンピックでは、大別三つのこと、すなわち、諸民族の平和の祭典、人間の生物としての力の極限への挑戦といったことを目指す肉体・頭脳的な「スポーツ・ゲームの安全な運営」、ということはもちろん、それにとどまらず、後世の文化にも継承される有益な「レガシーづくり」。そして、1994年のIOC百周年の節目にパリで開催された第12回オリンピックコングレスと同年のリレハンメル冬季大会以来は、憲章も変えられ、「環境保全」が、(配慮事項ではなく、)目的になっている。

 2020年の東京オリンピックでは、暑熱の真っ最中に開かれる競技会ということからも、また文化レガシーづくりや環境保全という目的達成からも、前述した、資源循環的な、そして自然親和・順応的な発想は、おそらく、今回のオリンピックにとてもなじみ、それゆえに理念の母胎となるに違いなかろう。

 既に我が国は、オリンピック招致立候補の際のファイルにおいて、環境ガイドラインの形で、環境保全に力強いコミットをすることを示している。例えば、既に東京都が定めているようにCO2等の温室効果ガスについては、2020年には、2000年比25%の削減を行うこと、会場での電力は、証書によるものを含め再生可能エネルギー100%とすること、観客は100%大量公共交通機関か徒歩で会場に来ること、カーボン・ニュートラルな大会とすること、会場と都心とは生物多様性に配慮した緑の回廊で結ぶことなどである。なお、大会の環境理念を、「環境を優先する大会」としているのは、トートロジー風で、微笑んでしまう。環境をどう優先するかをシャープに描き出し、かつ、それを大会全体の理念としていくべきであろう。

 今後は、このガイドラインの実地への適用が課題である。論者自身もしばらく前までJOCのスポーツ環境特別部会の委員であったことから、大いに関心を持っている。

五輪の建築に関する5つの提言

 実地への適用に関し、幸い、自発的な取組みが進んでいる。

 本年(2014年)の4月には、建築設備技術者協会から「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会における建築設備に関する提言」が出された。わが国がオリンピック招致立候補に当たって提出した立候補ファイルに収められた、上述のような環境ガイドラインの基本的な考え方を現実に適用することを企図したものである。暑いオリンピックを日本の技術と伝統で涼しく、とのスローガンのこの提言については、論者も、協会が提言検討のために設けた委員会に身を置き、議論に参加したので、ごく簡単に内容を紹介しよう。

 提言は5つであって、まず、技術を駆使し自然共生を果たすこと、といった大きな方針を示し、第二に、今回の大会が、世界的に見ても特に優れた日本の環境負荷低減技術の実装を果たす場でなければならないことを訴えた。特に立候補に際して約束したネット・ゼロエネルギー化、カーボン・ニュートラルの実行を強く求めた。第三に、自然との共生に関する教育の場となることも重要であるとし、第四に、統一的なデザインコンセプトを持ちつつ土地利用やエネルギー利用の従来の発想・規制を乗り越え、都市全体、そして国土全体のインフラ構築につながるべし、としている。そして最後には、オリンピックの運営を超えて、オリンピックを契機にした細部にも手を抜かない日本らしい環境の作り込みを通じて世界の環境・エネルギー問題の解決に役割を果たすべきことを訴えて結びとしている。

 細部では、技術的な提案を多く含んでいるが、煎じ詰めれば、この提言の前文にあるように、長い歴史に裏打ちされた自然と共生し適応する日本の英知をデザインに結集すること、このことによって、2020年以降の新しいパラダイムを提示することが重要だ、としたものと言えよう。建築設備士というプロフェションから、この提言は、都市のハードへの積極的な取組みを強く意識している。

 また、広く民間企業が今後の環境分野への投資の在り方を自由に議論する「低炭素社会に向けたビジネス・投資に関する懇談会」(主催は日本気候リーダーズ・パートナーシップ=JCLIP。会長はリコーの櫻井最高顧問)が最近開いた第3回目の会合でも、オリンピックへの取組みが議論された。その議論のファシリテーターは論者が務めた。この懇談会は、ビジネスにも係る自由な議論を保証するため、個々の発言を記録に留めない運用をしている。したがって、本欄でも事細かに紹介するのは避けるが、パラリンピックの2018年を事実上のゴールと考えると、残された期間が極めて少ない中で、方針の事業への落とし込みを早急にしかも組織的に始めるべきとの認識が共有されていたほか、会場ではない中心街区の価値向上、そして、東京周辺の運輸網の向上などの重点課題に関心が集まっていた。

 2020年にはまだ時間があるように見えて、実は、もうすぐとも言えよう。論者には、国際公約となったカーボン・ニュートラル、再生エネルギー100%といった事柄を現実の都市でどう具体化させるのか、正直、気が気でならない。エコ都市づくりの関係者の奮起と仕事への早期の参入を期待したい。

まちが育てる強い会社

 ところで、オリンピックを契機に、縮退時代の新たな都市像をひらくとして、その鍵になるのは、先進的なエネルギー施設といったハードだけではない。ソフトも問題なのである。

 恒例となった、世界の都市総合力ランキングでは東京は世界四位で、三位のパリには特に文化力で劣っているとされている。課題はそこにとどまらない。勃興するアジアにあって、アジア全体を見据えた拠点をシンガポールや香港に置く会社がほとんどであることに見るように、経済面での東京の競争力には翳りが見えてきている。東京と五位のシンガポールとの差は縮まってきていると言う。

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 写真2:活動をまとめた「環境でこそ儲ける」活動をまとめた「環境でこそ儲ける」
 こうしたことを特に心配するのは、三井不動産や三菱地所といった賃貸ビルを都心に多く持つ企業である。稼ぎの良い企業がテナントになってくれないと賃料収入が確保できないからである。そこで、これらの会社では、どのようにしたら強い企業をまちが育てられるのかを考え、実践している。三井不動産の柏でのインキュベーションの取組みは有名である。また、三菱地所は、エコッツエリア((一財)大丸有環境共生型まちづくり推進協会)やその傘下の3×3ラボといった場で、特に企業の横つながりによるビジネスの創発を目論んでいる。

 これらのうち、ここでは、論者が参加をしているエコッツエリアの例を紹介しよう。

 エコッツエリアでは、大丸有地区に立地する企業やその社員が参加する様々な取組み、集まりを組織している。社員相手には、就業時刻前を利用した丸の内朝大学といったものや、この地区ならではの情報を流すローカルテレビ放送などがあり、企業の役員などを対象としたものには環境経営サロンといったものがある。

 環境経営サロンでは、論者が、道場主という名前で、普通で言えば、ディスカッサントの役割を果たしつつ、各企業による、本業上の環境への取組みをヒアリングし、そこで得られた智慧の共有化を図っている。会合の様子は写真1のとおりであり、既にこの活動は3年以上に及んでいて、1年目の活動は、写真2のような本にまとめられている。

 この環境経営サロンでの経験を踏まえ、三菱地所では、横つながりがビジネスを創発する可能性を強く感じ取り、

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