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福島事故。班目春樹・元原子力安全委員長に聞く

自己保身ではなく積極的に語れ

竹内敬二 元朝日新聞編集委員 エネルギー戦略研究所シニアフェロー

 4年前の福島第一原発の事故当時、原子力安全委員長だった班目春樹氏が朝日新聞のインタビューに答えた。班目氏は原発規制の責任者であり、事故直後、首相官邸に詰めて、アドバイザー役を務めた。大事故を許した日本の規制の問題点などについて聞いた。

 班目氏は、事故調査では「調べられる側」の主要人物。そして政府事故調、国会事故調から何度も聴取を受けたが、その印象は、「あまり厳しい質問ではなかった」という。一部が公開された政府事故調の調書を読んだ印象も、「みなさん自己保身のためにしゃべっている」だった。政府事故調、国会事故調、そして原子力学会の調査も生ぬるいところがあり、福島事故の本質と背景を十分には究明していないと、班目氏は感じている。

 班目氏が原子力安全委員長に就任したのは福島事故の前年。当時の日本の原発事故対策は、「炉心溶融などの過酷事故(大事故)は起きない」という前提で考えられていた。「世界から30年遅れ」(班目氏)という無責任な内容だったが、日本では「起きないことになっている過酷事故」の議論への抵抗は強かった。それを象徴するエピソードについて話している。

 例えば、福島事故以前には、防災対策の強化を企図した安全委員会に対し、原子力安全・保安院長が「寝た子を起こすな」と圧力をかけて、改善ができなかったこともある。こうした事件の背景には人事システムの問題点があったと指摘する。

 班目氏自身も安全委員長として過酷事故対策の検討開始を計画していたが、議論を始める前に原発事故が起きた。「原発規制のどこに問題があったか」を知り抜いている班目氏が福島事故の調査に期待したのが、「日本で過酷事故対策が導入されなかった理由、その議論プロセス」を明らかにすることだった。しかし、自らも含めた歴代の原子力安全委員長らへの聴取が「通り一遍」で弱く、成功していないとみている。

 ◆

【班目春樹氏への一問一答】   (聞き手、川田俊男、竹内敬二)

 Q)政府事故調査委員会(畑村洋太郎委員長)では、「責任追及に使わない、公開しない」という約束で調書をとりました。班目さんも聞かれる側ですが、その方式をどう思いますか。また「非公開」の予定だったものが、朝日新聞が吉田昌郎・元福島第一原発所長(故人)の調書を報道したことがきっかけで、約3割の人の調書が公開になりました。

  「通り一遍」の質問、自己保身の答え

 A)聴取は人を罰するためではなく、再発防止のためでしょ? 公正取引委員会の独占禁止法あたりでは一部適用になっていますが、日本ももっと司法取引のような形を取り入れればいいと思います。正直にいろんなことを話して、再発防止にはどうしたらいいかということを考える文化を根付かせるべきだと思う。

 その意味では、公開しない約束でつくった調書を、出してしまうことについて、私はいかがなものかと思う。非公開原則の調書だったんだから、そこはきちっと守りましょうよ。まあ、吉田さんの場合はちょっと別かもしれないけれども、なし崩しにオープンにするのは反対です。

班目春樹氏

 私自身の調書は公開しても良いですよ。公開してもいいんだけれど、日本で「非公開で何でも正直に話す文化」を根付かせるのに妨げになるから公開しない。 

Q)調書の内容についての感想は。

 A)公開された調書を読んでの印象は、みなさん明らかに自己保身のためにしゃべっている。質問が通り一遍のものであることを幸いに、他人の行動をあげつらうことに終始している。そうなった原因は質問する側にあり、ある意図を持って、シナリオに沿って質問をしていて、本当に聞くべきことを聞いていない。それでは真相解明と再発防止にはあまり役立たない。

過酷事故対策の導入の検討が途中で消えた

 Q)大事なことが抜け落ちているというのは。

 A)たとえば、私以前の原子力安全委員長らに対しても、通り一遍の質問しかしてしていない。原子力学会の事故調最終報告書には次のように書いてあるんです。原子力の安全規制では1996年、IAEA(国際原子力機関)が国際的な安全基準として5層までの深層防護を制定しました。

 当時の日本の基準は「大事故(過酷事故)が起きない3層まででした。IAEAの制定を受けて、日本の原子力安全委員会がつくる原子力安全白書も2000年にはじめて、4層、5層を記述しました。2002年版では、4層、5層を記述した上で、事故管理のためのアクシデントマネジメントの必要性を説明しています。これらは佐藤一男氏、松浦祥次郎氏が安全委員長のときです。

 しかし、その後がおかしい。2003年には3層までの説明に戻り、その後、深層防護の説明そのものがなくなっている。

 ということは、何かあったに違いないんですよ。安全委員会の中で何があったのか。経産省、あるいは原子力安全・保安院などの圧力かもしれないが、そういうことを明らかにしないと意味がないんです。

 またあるとき、安全委が「日本の原発ではSBO(全電源喪失)はない」を認めてしまった。これらは福島事故に至る背景として欠かせない歴史です。政府事故調、国会事故調では、そういう過程についてはきちんと聞いていない。聞く方も必要な知識がない。原子力学会の事故調最終報告書でもあいまいに書かれている。

(注:IAEAにおける深層防護の概念は、
第1層:異常運転、故障の防止。
第2層:原発の自動停止など異常運転の制御。
第3層:設計基準内の事故の制御、放射能の封じ込め。
第4層:炉心溶融後の放射能放出など過酷事故が起きたときの影響緩和。
第5層:放射能が大量放出した後の対策。
4層と5層が過酷事故の対策だが、日本は「日本では炉心溶融は起きない」として第3層までしか正式な対策を取らず、それ以上は電力会社の自主対応だった。福島事故では炉心が溶融し、放射能の大量放出が起き、ほぼ準備なく4層、5層の事態に直面した。)

「寝た子を起こすな」、を招いた人事システム

 Q)大事なことが抜け落ちるのは聞く側の問題でしょうか。

 A)それはあります。当時、「原子力ムラを排除せよ」の声が強く、原子力の専門家は排除してチームをつくっていますからね。安全研究をやっていた人間だったら、どこが問題なのかがピピッと来るわけですが、そんな人の知恵も借りていない。そういう意味で、政府事故調、国会事故調の聴取も調査も生ぬるい。

 事故の背景として、日本の官僚システムのいろんな悪弊のうみを全部出さないといけなかった。例えば、ある時期には原子力安全委員会の事務局長っていうのは保安院との交代人事だった。その構図がいけなかったと思う。

 「寝た子を起こすな」と言った広瀬さんは、原子力安全委の事務局長をやめた後、保安院長として乗り込んでくるわけですよ。とんでもない図式じゃないですか。元安全委事務局長が保安院長でやってきて、「寝た子を起こすな」と言ったらみんなびびっちゃいますよ。

 建前としては安全委は保安院を監視・監査することになっていたのに。そんな構図を許してきたのが日本なんですよ。 こうした人事のシステムは変える必要があった。やがて保安院に行くことになるかもしれないとなると、監査を甘くしたくなってしまいます。

 一方で日本では、「いったんどこかで世話になっちゃったら恩義を感じてしまってヒモが付く」と思っている。今の人はそんなことないですよ。もっと信用していい。若いうちは電力業界も含めて、もっとばんばん人事交流して実力をつければいい。

 NRC(米原子力規制委員会)の宣誓式は家族連れで行う。家族連れで宣誓して、今まで電力業界にいた人が、NRCの職員になったら忠実に規制側に回るという。

 (注:2006年、広瀬研吉・原子力保安院長が、原発の防災指針を過酷事故も想定した内容に改定しようとした原子力安全委員に、「寝た子を起こすな」と発言して改定に反対した。改定は見送られた。広瀬氏は科学技術庁出身で、それ以前には原子力安全委員会の事務局長も務めた。安全委事務局の多くは科学技術庁を吸収した文科省出身者であるが、交代人事の影響か経産省の意向には弱かったといわれる。)

間に合わなかった~過酷事故対策

 Q)班目さんはどのように過酷事故対策を導入しようとしたのですか。

 A):私は事故前年の4月に安全委員長に就任した。就任して思ったのは、まず深層防護の第4層の対策をちゃんとしたいということ。細かいところは保安院に考えさせるんだけれども、そのためには原子力安全委員会のほうで、安全指針とは別にもっと上位の文書を書いて、基本的考え方を示そうとした。就任して3、4カ月経ったころに思いついた。

 それまでの日本の想定事故は「炉心は溶融しない」という第3層まで。溶融したらどうするかというときの手当は事業者(電力会社)自身に押しつけて、規制側は何もしない形だった。そこで上位文書をつくり、それをきっかけに具体的な対応に入るという突破策を考えた。A案、B案、C案など腹案もあった。でも結局、間に合わなかったので大きな事はいえない。遅かった。

 ただ福島事故がなければ原子力安全委主催の安全研究シンポジウムが開かれ(2011年3月16日の予定)、そこで「深層防護は5層まである。まず4層の検討を始めてください」と保安院に言い渡し、それを過酷事故対策のキックオフにするつもりでいた。東日本大震災がぐらぐらきたときには、私は机でそのシンポで使う資料のチェックをしていました。シンポは中止になりました。

 Q)東日本大震災が起きるまで安全委員会では大津波の議論をしましたか。

 A)私が安全委員長のときは1回もしたことがない。貞観津波(西暦869年の大津波)は知りうる立場になかった。考えてみたら、保安院が「この話をする」と安全委にテーマを持ってこないと、話もできなかった。小林さんには「安全委員会との手打ち」について、どういうことか話を聞いてみたい。

東電・福島第一原発に押し寄せる津波。2011年3月11日。東電提供

(注:東電は2008年に新たな津波の計算をし、福島第一原発への津波についてそれまでの想定5・7メートルを大きく上回る15・7メートルとの結果を得ていた。原子力安全・保安院の小林勝・耐震安全審査室長は08年ごろ、津波対策を専門家会議にかけるよう提案したところ複数の幹部に注意を受けた。「あまりかかわると首になる」「その件は原子力安全委員会と手を握っているから余計なことをいうな」と言われたと、政府事故調の小林氏にかんする調書に記されている。)

もしベント設備がなかったら、どうなっていたか……

 Q)班目さんはあるインタビューで、今回の事故の可能性として人が住める西日本と北海道、住めない中央部に日本が分かれる「日本3分割」の可能性もあったと言っていますが。

 A) 事故後、ヘリコプターで太平洋岸の原発上空を飛び、福島第一原発、福島第二原発、東海第二を見ながら連想した。万が一、福島第一がダメ、第二も放棄となると、その後東海第二にも影響するだろうし、と考えた。楽観から悲観まで大きく振れ、一番ひどい側に振れたときのイメージが日本の三分割だった。ベントが遅れていることは不安要素だった。ただ同時に、吉田昌郎・福島第一原発所長ならちゃんとやってくれるだろうとも思っていた。

 Q)日本では1990年代に原子力安全委員会の主導で過酷事故対策の議論が進み、福島第一のような沸騰水型炉(BWR)にはガス抜き設備(ベント)が設置された。電力会社は当時、「不要」だと主張していたため「義務」ではなく「電力会社の自主対策」の形で設置されましたが、これは今回の事故では役に立ちましたか。

 A)大変役に立ちましたよ、もちろん。なかったらどうなっていたか。2号を除いて、1、3は成功しました。ガスは外部に放出されています。ウェットベント(湿式ベント)です。ドライは失敗したんです。ベント設備を備えていたことはものすごく価値のあることです。

 もしベント設備がなかったら、1、3号機の建屋の内部が非常に高濃度に汚染され、とても近づけない状況になったかもしれない。今の2号機に似た状況です。ベント設備をもつことは世界の趨勢でしたが、日本では、きちんとした規制項目ではなく電力会社の「自主対策」になっていたので、規制当局によるチェックを受けず、電力会社任せになっていた。

 事故直後、「さあベントが必要」となったが、発電所が停電していたため、「電気がないのでベントができない」と、なかなかベントに至らなかったことにはびっくりしました。ベントを実施する弁として「電気で動く弁」や「圧縮空気で動く弁」が複雑に存在していたこと、電力会社もベントに習熟していなかったことがあります。

改善を継続することが大切

 Q)班目さんは国会事故調の聴取に、日本の安全規制は「世界から全く遅れ、30年前の技術で安全審査が行われている」と答えています。改善されましたか。

 A)30年遅れというのは、その通りでした。私はいわばそれを知り抜いている人間です。福島事故後のさまざまな対策で、安全性は上がりました。1000年に一度の高い確率である大津波を見逃していた。その津波の対策をとったし、一応、5層の深層防護も考えるようになった。この結果、安全性は2ケタ、3ケタ向上しましたね。

 でも見落としはあるだろうから、十分とはいえません。IAEAは、確率論的方法と確定論的方法の両方を求めています。規制委は過酷事故については、確率論的方法を持ち込んだかも知れないが、設計基準事象事故についてはやってないと思うんですよ。

 Q)日本の規制論議についての海外の評価はどうでしょう。

 A)どうなんでしょうね、ちょっと分かりません。ただ、日本は、「科学的な知見というものが必ずしも生かされないところなんだ」という偏見は持たれてしまった気がする。とにかく立ち止まらず、安全性向上、規制の改善作業を続けなければならない。

 Q)日本は改善が続かないのですか。

 A)続きません。何か問題が起きると、それについてわーっと解決作業をやって、終わり。そればっかりやっている。全体的な視点がないんです。

 考えてみたら、シュラウド取りかえ問題なんかも、そう。ひびが入ったってそれほど大きな問題はないんですけど、やたらと取り上げられると検査を厳しくしちゃう。シュラウド交換ばかりにお金かけて。あんな費用があればどれだけ安全対策できたか。そういう全体的な視点を持った人が規制委員会にいるかというと、いないと思うんですね。

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