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傲慢症候群が「日本半導体敗戦」の真の理由だ

敗れるべくして敗れた日本メーカーの病理

湯之上隆 コンサルタント(技術経営)、元半導体技術者

 作家の百田尚樹氏が「沖縄2紙をつぶさなあかん」などとトンデモ発言をしたらしい。それで、本欄の香山リカ氏『”百田発言”と「ヒューブリス(傲慢)症候群」』を何気なく読んだのだが、その記事で「傲慢症候群」なるものの存在を知り、思わず「おおっ!」と叫んで膝を打った。

拡大「傲慢症候群」への対策を呼びかけるデービット・オーエン元外相=ロンドンで、西崎香撮影

 そこで紹介されていた3月15日の朝日新聞DIGITALによれば、英国の神経科医で政治家のデービッド・オーエン元外相・厚生相(76)が名付け親で、トップが助言に耳を傾けず、冷静な判断ができなくなって経営につまずくようなことを指すとあった。自らが代表となって「傲慢学会」なる研究会を立ち上げていると知り、瞠目せざるを得なかった。

 なぜ私が膝を打ち、瞠目したのか。順を追って説明したい。

「日本半導体敗戦」の講演依頼

 実はこの1週間前に、ある弁護士事務所から「日本半導体および電機産業」に関するセミナーの講演依頼を受けた。事前打ち合わせをすると、先方は「なぜ日本半導体産業はここまで凋落したのか?」ということに関心があるようだった。そこで、以下の持論を簡単に説明した。

 1970~80年にかけて、半導体メモリDRAMの主要な顧客だった大型コンピューターメーカーは、25年保証の超高品質を要求した。驚くべきことに、日本メーカーはこれを実現してしまった。その結果、80年半ばに日本は世界シェア80%を占めるに至った。
 ところが、90年代に入ると、大型コンピューターからPCへパラダイムシフトが起きた。その時、25年保証などの超高品質は必要がないPC用のDRAMを安価に大量生産した韓国勢が、日本に代わってシェアトップに躍り出た。 相変わらず25年保証の超高品質DRAMをつくり続けてしまった日本は、安価にPC用DRAMを大量生産する韓国サムスン電子などの“高度な”破壊的技術に駆逐された。
 つまり日本は、ハーバード・ビジネススクールのクリステンセンが言うところの典型的な「イノベーションのジレンマ」に陥ったのである。

 この説明に対して、所長は「PCが普及し始めた時に、なぜ日本はPC用の安価なDRAMをつくらなかったのか?」と聞いてきた。もっともな質問である。私は次のように回答した。

 日本は超高品質DRAMで大成功した結果、「高品質が正義である」という技術文化が現場に深く根付いた。また、高品質DRAMで成功した功績により出世し、経営層に登りつめた人たちも「高品質こそ正義」という思想で染まっていた。つまり、上から下まで誰もが「高品質病」に冒されていた。そして、「高品質をつくっている限り、負けるはずがない」というような考えに毒されていたため、そこそこの品質のDRAMを低コストでつくることができなかった。

 所長は、「まるで第二次世界大戦の日本軍のようだ」と感想を述べた。日本軍は、日清戦争や日露戦争にたまたま勝ってしまったため、「日本が負けるはずがない」という根拠なき自信を持つようになったというのである。そして、「日本半導体産業も、日本軍と同様に、Arrogant(傲慢)だったのではないか」と指摘した。

 私は「Yes」と即答し、次のエピソードを紹介した。

日本半導体産業の傲慢さを示す事例

 初めて日本半導体産業の傲慢さを知ったのは、 ・・・続きを読む
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筆者

湯之上隆

湯之上隆(ゆのがみ・たかし) コンサルタント(技術経営)、元半導体技術者

1987年京大修士卒、工学博士。日立などで半導体技術者を16年経験した後、同志社大学で半導体産業の社会科学研究に取り組む。現在は微細加工研究所の所長としてコンサルタント、講演、各種雑誌への寄稿を続ける。著書に『日本半導体敗戦』(光文社)、『電機・半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北-零戦・半導体・テレビ-』(文書新書)。趣味はSCUBA Diving(インストラクター)とヨガ。 【2016年8月WEBRONZA退任】

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