独創的なアイデアと長期的な展望で素粒子物理学の流れを変えた師
2015年07月18日
シカゴ大学名誉教授でノーベル物理学賞受賞者の南部陽一郎先生が、7月5日にお亡くなりになりました。94歳でした。南部先生は、対称性の自発的破れの理論、強い相互作用のカラー自由度とゲージ理論による記述の提案、弦理論の提唱など、現代の理論物理学の基礎となる偉大な業績をあげられました。
2008年度のノーベル物理学賞の授賞対象となった「対称性の自発的破れ」とは、自然界が基本法則のレベルでは対称性を持っていても、現実の世界ではそれが隠されている場合があるという考え方です。この研究の発端は、物性物理学における超伝導の現象を説明するために、ジョン・バーディーン、レオン・クーパーとロバート・シュリーファーの3氏が考案した理論でした。シカゴ大学で教鞭を執っておられた南部先生は、シュリーファー氏から直接この理論について話をお聞きになる機会があったそうです。しかし、彼の説明には納得できないことがあり、そのときの心境を、「感動と疑問の混じったものだった」と回想されています。この疑問に始まる2年間の研究により、超伝導状態の本質が対称性の自発的破れにあることを見抜かれました。また、対称性の破れに伴って「南部‐ゴールドストーン粒子」と呼ばれる質量のない励起状態が表れることを理論的に示されます。さらに、この仕組みを素粒子論に応用することで、素粒子の質量の起源を説明することを提案されました。このアイデアは、ヒッグス粒子の理論に取り入れられ、現在の素粒子の標準模型の基礎となっています。南部先生は、ノーベル賞受賞記念講演を、次のように締めくくっておられます。
「物理学の基本法則は多くの対称性を持っているのに現実世界はなぜこれほど複雑なのか。対称性の自発的破れの原理は、これを理解するための鍵となっています。基本法則は単純ですが、世界は退屈ではない。なんと理想的な組合せではありませんか。」
ここには、南部先生の自然に対する考え方が、端的に表れていると思います。
南部先生は1921年に東京でお生まれになりましたが、2歳のときに関東大震災で被災され、お父様の故郷である福井市に移られます。1924年に創刊された科学雑誌「子供の科学」などで科学に興味を持ち、子供の頃のヒーローは
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