メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

南北統一実現への触媒としての科学技術

北朝鮮の国際化の窓口:平壌科学技術大学の5年間

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 平壌科学技術大学(PUST)は、韓国の統一省と北朝鮮の教育省がともに承認し、2010年に開学した北朝鮮唯一の私立大学である。科学技術をかすがいに南北の協力関係を築いていこうと発想された大学だが、開学前に南北関係が冷却、韓国政府が教授派遣を断り、韓国籍の教授が不在の状態が続いている。しかし、外国人教授を招聘してすべて英語による教育を続け、優秀な人材が育っているという。科学技術を触媒として南北朝鮮統一を目指す動きは、細々とだが続いている。

PUSTのパンフレットの表紙

 PUST創設者のキム・ジンギョン総長は、1970年代に米国に移住し、衣料品事業などで財をなした。そのお金を投じ、1992年に中国吉林省延辺朝鮮族自治州に中国初の「中外合作(中国と外国が協力する)」大学である延辺科学技術大学を設立した。

 北朝鮮政府がキム氏に「北朝鮮にも同じような大学を建てて欲しい」と要請して、2001年にPUST設立の契約書が交わされ、韓国統一省も共同設立を認めた。その後に韓国の有力研究機関や大学も協力協定を結ぶなど、科学技術を通じて南北関係を改善しようという機運が高まった。1998年に発足した金大中政権の「太陽政策」が背景にあったことは言うまでもない。

 しかし、2006年に北朝鮮が核実験を行ったと発表したことで事態は一転。2008年に就任した李明博大統領は太陽政策の放棄を宣言、韓国人の北朝鮮入りを禁じた。

 韓国生まれであっても北朝鮮に自由に入れたのが、米国籍を持つパク・チャンモPUST名誉総長だ。

パク・チャンモPUST名誉総長

 ソウル大学で化学工学を学んで1960年に米国メリーランド大学に留学。そこでコンピュータ―サイエンスの博士号をとり、同大学の教授になった「韓国系米国人」である。韓国初の「講義はすべて英語」の浦項工科大学(ポステク)が創設されて3年後の89年に計算機科学の教授として招かれ、2003年から07年までポステク第4代総長を務めた。そのかたわら、PUST設立委員会の共同議長を務め、10年にPUSTが開学すると平壌に移った。

 パクさんによると、開学から4年半で、

・・・ログインして読む
(残り:約1386文字/本文:約2253文字)