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ノーベル化学賞、受賞しそうな人と受賞すべき人

ノーベルの遺言に忠実に従う選択は何か?

高橋真理子 ジャーナリスト、元朝日新聞科学コーディネーター

 WEBRONZAにとって3年目のノーベル賞予想のときがやってきた。1年目は医学生理学賞と物理学賞が的中、2年目は物理学賞と化学賞が的中した。6戦4勝、勝率6割6分である。別段、何かに「勝った」わけではないが、この的中率は他の追随を許さぬ高さだろう。

 しかし、過去の成功体験は重荷になるものである。はっきり言って、今年の化学賞を当てる自信はまったくない。そもそも、化学賞は科学3賞の中でもっとも予想が難しい賞なのである(と、過去2回書いたことをここでも繰り返しておく)。

 昨年、私は「研究を進めるための技術開発」に授賞されるだろうと予測し、例えばとして真っ先にあげた「単一分子分光法」の開発者が栄誉に浴した。一方、この記事の最後には、大穴候補として世界初の経口避妊薬を開発した化学者カール・ジェラッシの名前を挙げた。これほど人類社会に大きな影響を与えた化学物質はなく、「社会にもっとも貢献した業績に」というノーベルの遺言にドンピシャリ当てはまると思ったからである。

経口避妊薬

 氏はオーストリアに生まれ、米国ウィスコンシン大学で博士号を得て、メキシコの化学会社勤めのあとスタンフォード大学教授になった。会社勤め時代に世界初の経口避妊薬の成分を同僚とともに化学合成した。そのほかにも多数の業績があり、ウルフ賞など権威ある賞も受けている。73年にアメリカ国家科学賞をとったころから、「いつノーベル賞をとってもおかしくない」と言われてきた。ところが今年1月30日、その栄誉を得ることなく91歳で天に旅立った。

 昨年の記事を書く時に参考にした米国の化学者のブログ「ChemBark」の筆者(ポール・ブラッハ米セントルイス大学助教授)は、即座に追悼文をブログに載せた。自分が毎年発表しているリストは、ノーベル化学賞を取りそうな研究者たちだが、「取りそう」ではなく、「取るべき」人は誰かとメディアに聞かれたら、いつもカール・ジェラッシと即答していた、と。そして、これほど化学と社会に貢献した人が選ばれなかったことを嘆き、選考委員会のあり方に疑問を呈している。こんなことを続けていたら、ノーベル賞は誰からもかえりみられなくなるだろう、と。

 ジェラッシ氏のことはずいぶん昔に先輩の科学記者から聞いた。この先輩は、「すごい業績だけど、ノーベル賞はもらえない。バチカンが許さないから」と言っていた。

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