文化大革命時代の国家秘密プロジェクトで研究、同僚からは酷評
2015年10月19日
今年のノーベル医学生理学賞を受ける中国のトゥー・ユウユウさんは、中国生まれ、中国育ちで初めてのノーベル科学賞受賞者だ。女性としてはアジア初になる。マラリア治療に広く使われているアーテミシニンを発見した功績に対する授賞だが、これは文化大革命時代に毛沢東主席の号令で作られた秘密プロジェクト523(1967年5月23日にスタートしたのでこの名が付けられた)の中で生まれたものだった。研究成果はしばらく秘密にされ、公開されたときは研究チーム名で出て、中国人研究者の間でもアーテミシニンを発見したのが誰なのかは長らく知られていなかった。ニューサイエンティスト誌(2011年11月9日号)によると、発見者を突き止めたのは米国立保健研究所(NIH)のマラリア研究者たちだった。
ベトナム戦争でアメリカ軍による北爆が始まったのが1965年。そのころ北ベトナム政府は兵士をマラリアから救う方法を求めていた。治療薬として使われているクロロキンに耐性を持つマラリア原虫が増えてきており、アメリカの爆弾よりマラリアで死ぬ兵士の方が多かったからだ。
マラリアは中国南部でも猛威をふるっており、毛沢東主席は67年に特効薬開発を中国の科学者たちに命じた。トゥーさんは幼い娘を預けてマラリアがはびこっている南方に半年間単身赴任したあと、北京に戻って抗マラリア薬探しに没頭した。薬草について書かれた中国の古い文献から2000を超す薬草の記述を精査し、近代科学の手法で380の成分を抽出、ついにオウカコウ(和名・クソニンジン)の成分が「動物実験で100%の効果がある」ことを見つけた。決め手となったのは、1600年前の文献にあった「枝を水に浸して、その水を飲む」という記述で、それまでの「煎じる(煮出す)」手法をやめて常温のまま有機溶剤で成分を抽出することで発見にたどり着いた。
しかし、その成果は文化大革命が終わる1977年まで公表されなかった。そして、公表されたときも、個人名は記されなかった。
2005年に上海の学会に出たNIHのルイス・ミラー氏は、マラリアに対する第一選択薬になっているアーテミシニンの発見者を誰も知らないことにショックを受け、同僚と調査を始めた。研究者の手紙や研究ノート、秘密会議の議事録などを調べ、もっとも重要な貢献をしたのはトゥーさんだと突き止めた。そして、2011年に彼女はノーベル賞の登竜門とも言われるラスカー賞を受ける。
このとき、ニューサイエンティスト誌のインタビューを米国ニューヨークで受けたトゥーさんは「私は、祖国から受けた教育の恩返しとしてすべきことをしたに過ぎません」と語り、インタビュアーに「きわめて重要な仕事をしたにもかかわらず、謙虚だ」と評されている。
1957年に
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