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「天然モノ賛美」という迷妄

――有機肥料の偽装に思う

渡辺正 東京理科大学教授

 近ごろはメディアが「正義の味方」として、食品表示の偽装や、杭打ちデータの偽装、排気データの偽装(ドイツ車)、免震ゴムの偽装(これは拙宅も関係)などを叩く。数名の幹部が頭を下げるシーンをTVで見ない週はない。

 「信義にもとる」のは確かだとしても、偽装一般は、まず実害がないからこそ行われる。過去10~20年で騒がれた「○○偽装」のうち実害につながった例は、某マンションの「2cmズレ」を除き、寡聞にして知らない。姉歯物件も賞味期限切れの赤福も、被害は何ひとつ出さなかった。だが叩かれた側は莫大な損を出し、ときに従業員が路頭に迷う(メディア的には「自業自得」だろうが)。

肥料偽装を説明する会見で頭を下げるメーカーの社長肥料偽装を説明する会見で頭を下げるメーカーの社長
 2015年の11月初めには、秋田市の企業が年に4万トンほど売ってきた有機肥料の表示偽装が発覚した(貧農の倅〈せがれ〉はそんな話が気にかかる)。マイクを向けられた消費者の女性が、「有機って書いてあれば安全かなと思っていたのに……」と眉をひそめつつ語る。「米ぬかや獣糞、落ち葉などを熟成させる際に出る悪臭がトラブルのもとで……」が社長の言い訳。企業のホンネはコスト削減で、偽装は10年来の慣行だったらしい。TVのキャスター氏は「消費者の信頼を裏切る行為です」と、きびしい顔で当該企業を指弾していた。

 だが、こと有機肥料の表示偽装に限るなら、問題は根元の制度だったと思う。有機肥料は、農水省が2000~01年からJAS法で規制している「有機農産物」や「特別栽培農産物」用に使う。枝葉を払って大ざっぱにいえば、生物組織の配合比率が多く、化学肥料の配合比率がぐっと少ない(またはゼロの)肥料を意味する。その背後には、「合成物は危険。天然モノはうるわしい」という発想があるのだろう。

 くだんの肥料は、化学肥料の配合比率が多くて叩かれた。だが本件は、見た目は科学を装いながら、どうみても科学の話ではない。

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