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囲碁ソフトがついにプロ棋士に勝った

衝撃的な上達の早さ、早くも「特異点」越え

下條信輔 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

 先日東京で「人工知能の未来:機械は意識を持つか」という大風呂敷な(?)シンポジウムが開かれた(豊橋技術科学大学主催、1月21日、於東京丸の内 MY PLAZAホール)。筆者も招待講演者/討論者として参加し、「1人称(=まさにこの私)の意識は別として、2人称、3人称の意識なら科学的に問い得るし、技術的に不可能とする根拠はない」と問題提起した。この時のメインゲスト松原仁さん(はこだて未来大教授、人工知能学会会長)も似た立場から、人工知能の最前線と見通しを紹介してくれた。他にも中内茂樹さん(豊橋技科大教授)、高橋英之さん(阪大特任助教)を交え、エンジニアリングや発達心理学など様々な角度から白熱の議論が展開された。

 松原さんは将棋ソフト開発の専門家で、御自身もアマ強豪だ。筆者も電王戦については本欄で何度も書いてきた(『将棋「電王戦 FINAL」衝撃の結末』他)。話が弾む中で松原さんの次の発言が印象に残った。「シンギュラリティ(特異点)の先に何が起こるか、それを恐れる風潮がある。しかし将棋ソフトの世界ではもうとっくに起きている」と。この場合の「特異点」とは、機械が人間を超え、未知の技術開発が始まる特別な瞬間を指す。2045年にそれが来るという指摘もあって論議を呼んだ(後でまた触れる)。

 余韻冷めやらぬ1月27日、当の松原さん御本人から次のようなメールが舞い込んだ(御本人の許可を得て一部引用する)。

松原仁さんメール 1/27(1):
みなさま、
グーグルの開発したコンピュータ囲碁が19路盤でハンディなしでプロ棋士に勝ったという論文が Nature に載りました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160128/k10010388481000.html
(中略)
将棋だけでなく、囲碁も一気にコンピュータが人間に追いついてしまいました。
松原仁さんメール 1/27(2):
3月には韓国のイ・セドルに挑戦するそうです。彼は本当に世界トップクラスなので、彼に勝ったらコンピュータ囲碁は終わります。

 最後の「終わります」というのは、研究としてはもう目標がなくなってしまうという意味だろう。また「19路盤」というのは、 練習用の升目の数の少ない盤ではなく、一般に出回っている普通の碁盤のことだ。

2015年の人工知能学会での下坂美織二段(左)とコンピュータ―ソフト「ZEN」の対局=函館市の公立はこだて未来大学

 筆者も早速論文を入手して拾い読みしてみた。素人なので詳しくはわからないが、どうやら今はやりのディープラーニング(深層学習)に、他の新旧の技法を組み合わせたらしい。他の囲碁ソフト相手に勝率99.8%、プロ棋士(ヨーロッパチャンピオン)には5戦全勝だったという。しかもこのプロとの対局は緒戦こそ2目半勝ち(比較的僅差)だが、後の4局は全部「中押し」、つまりプロが途中で投げてしまった。

 圧勝というしかない。たいへんなことだ。そのたいへんさ加減は、

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