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パリ協定に暗雲なのか?

オバマの脱石炭政策を一時停止した米最高裁判所の事情

西村六善 日本国際問題研究所客員研究員、元外務省欧亜局長

 2月9日米国最高裁判所は、5対4の評定でオバマ大統領の脱石炭政策「クリーン・パワー計画(Clean Power Plan)を、法的問題が決着するまでの間「一時停止」(stay)する」と決定した。

 この計画は、大気浄化法 (Clean Air Act)をもとに、火力発電由来のCO2を2030年に2005年比32%削減することを趣旨とし、昨年8月に鳴り物入りで発表された。昨年12月の地球温暖化の新たな国際枠組み「パリ協定」を実現させたダイナミズムを起爆したのも、この計画だ。

COP21の開会式に出席したアメリカのオバマ大統領=2015年11月、遠藤啓生撮影 COP21の開会式に出席したアメリカのオバマ大統領=2015年11月、遠藤啓生撮影
オバマ大統領の最も重要な温暖化防止政策だ。

 石炭火力を減らして再生可能エネルギーを増進しようとするものなので、当初から石炭産出州、関係企業、共和党などから反対が強く、訴訟は不可避と予想されていた。現に「環境保護庁には大気浄化法を根拠に、このような規制をする権限はない」とする大規模な訴訟が提起されていた。

 このため、今回、最高裁が一時停止を決定したことは、反対派にとって大きな勝利、オバマ政権の温暖化防止政策にとって大きな打撃とされている。 反対派は、最高裁の判事の5人までが計画の合法性に疑問を感じていたのであるから、今後、この計画は最終的に廃棄されると予言している。そうなると、パリ協定の存続を脅かす事態となる。俄然世界中で大きな懸念と大議論が巻き起こった。

なぜこうなったのか? どれほど深刻なのか?

 議論の中心は、この計画の合法性である。計画に反対する25の州政府と石炭関係企業集団は、本質的に大気浄化法は、「石炭火力への規制権限を、環境保護庁に与えていない」と主張している。そして、計画の実行は電力会社などに取り返しのつかない損害を与えるので、本質問題を争う前に、まず計画の一時停止を要求する、というのが、反対派の作戦だった。

 この作戦に基づき、反対派は、計画の「一時停止」を、ワシントンDCの控訴裁判所(控訴裁)に請求した。しかし、この請求は本年1月、同控訴裁の3人の裁判官一致で却下された。そして、6月2日に、同控訴裁で本案審査(merits)が行われる手筈になっていた。つまり、この計画の合法性の問題は、6月に初めて下級裁で審査される予定であった。

 しかし、反対派は本案審査を待たずに、ロバーツ最高裁長官に「一時停止」を請求したのだ。その結果が今回の決定である。通常、最高裁は、下級裁の本案審査での判断(この場合、計画の合法性等に関する下級裁の判断)に対して対応する。今回の決定は、下級裁の判断がない状況で出された訳だ。その点で、米国では驚きをもって受け止められている。

 今後は、6月の控訴裁の本案審査で、この計画の合法性が審議される。現在の予測では、控訴裁は今秋に判決を下し、その後、2017年に入ってから最高裁の本案審査が行われて計画の合法性の問題に決着がつくことになる。

オバマ政権は不動の決意

 この過程が終結するまで、計画は実行されないが、廃棄されたわけではない。しかし、4月22日に予定されているパリ協定の署名式に米国はどう対応するのか? パリ協定の行方について、大きな懸念を抱き始めた国際社会に対して、どういう説明をするのか? 計画の遅延で、米国のパリ協定に関する削減誓約が実現するのか? オバマ政権が難しい問題を抱え込んだことは確かだ。

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