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甲状腺がんとチェルノブイリ、そして福島

小児甲状腺がんの増加が国際的に確認されるまでの道のりを振り返る

長瀧重信 長崎大学名誉教授(放射線の健康影響)

 東京電力福島第一原発事故からまもなく5年、1986年4月のチェルノブイリの原発事故からは30年になります。福島では県民健康調査の甲状腺検査で継続して甲状腺がんの子供が発見されています。チェルノブイリの原発事故の健康影響調査に最初から関係してきた筆者として、福島で継続して甲状腺がんの患者さんが発見されている状況の解釈にお役に立つことを願って、チェルノブイリで小児甲状腺がんの増加が国際的に確認されるまでの経過を詳細に記載することにしました。

チェルノブイリ事故初期の状況(10年目1996年まで)

 事故の起きた1986年から1990年までは、ソビエト連邦からの事故の情報は非常に限られたものでした。1990年にソ連政府は正式に国際原子力機関(IAEA)に放射線の影響の調査を依頼し、諸外国からの調査を受け入れ始めました。日本としては、世界保健機関(WHO)のプロジェクトへの協力と同時に、外務省を通じた2国間の専門家協力を実施、また日本財団がソ連政府から直接依頼されて日本の専門家による調査団を派遣し、1990年にチェルノブイリ笹川プロジェクトを立ち上げました。

 このプロジェクトは、子供の甲状腺がんおよび白血病の調査を目的として、1991年4月に甲状腺の超音波検査機器、白血病の調査を目的とする機器、内部被ばくを測定するホールボデイカウンターを積み込んだバスを5台贈呈し、ソ連側が準備した5つの検査センターで調査を開始しました(写真)。5年間に10歳以下の子供20万人の調査ができました。採血検査も全員に行いましたし、尿中のヨウ素も各地で採取しました。福島の20年前です。

 筆者は笹川プロジェクトには甲状腺の責任者として参加し、日ソ専門家協力の委員、さらに日本が資金の90%を提供したWHOの初期のチェルノブイリプロジェクトの作成委員としても参加しました。

甲状腺がんの増加が発表され、増加の真偽と原因が検討された時代(1992-1995)

口頭発表:1991年に日ソ専門家協力で来日されたベラルーシ、ミンスクの甲状腺研究所長のデミチック教授が、研究所における小児甲状腺がんの手術例が事故後増えていると長崎で発表されました。ソ連以外の国では初めてでしたが、IAEAの調査は病気が増えているという証拠はないと発表したばかりでしたので、その後の記者会見でもあまり取り上げられませんでした。

論文発表:1992年9月のNatureに甲状腺がんが増加したとの論文がベラルーシの保健大臣を筆頭に、甲状腺研究所、放射線医学研究所の所長の名前で発表され、WHOのヨーロッパ支部、ケンブリッジ大学、ピサ大学教授などの支持する論文が発表されました。しかし、同時に「放射線が原因」とする結論は早すぎるとの反論が日本の放射線影響研究所、英国オックスフォード大学、米国シカゴ大学の教授からNatureに投稿がありました。

甲状腺がん患者の診察:この頃には世界の専門家の交流も盛んになっており、論文発表の翌月にアメリカ、ヨーロッパ各国と日本からの筆者を含めて12人の甲状腺の専門家がミンスクの研究所に集まりました。デミチック教授の司会で次から次へという感じで患者さんが紹介され、病歴、手術記録、病理標本まで供覧され、出席者全員が一日目に、たくさんの甲状腺がんの患者さんがいることに同意しました。おそらく専門家が今までに自分が診た患者さんよりはるかに多い患者さんに驚いたという印象です。

 すべての患者は乳頭がんで、通常はリンパ節以外の遠隔転移を示さないがんなのに、多くの症例で肺への遠隔転移があることも説明されました(写真)。

 次の議論は原因です。全員で興奮して議論しましたが、最後まで一致せず、両論併記のような結論になりました。チェルノブイリ事故によると同意したのは主としてヨーロッパで、日本とアメリカを中心とする学者はまだ疫学的な検討がなされていないと主張しました。

甲状腺がんをめぐる国際的な討論:この問題をめぐって1996年までの間に世界各国で、また国際機関の主催で、1年に何度も国際会議が開かれました。

表1 筆者が参加した国際会議

 筆者が出席した会議を表1に示します。また筆者は長崎市でこの間に3回国際集会を開催しました。甲状腺がんの原因が放射線、あるいはチェルノブイリ事故に起因するかどうかが常に議論の中心で、世界各地で多くの学者によって真剣に討論されました。さまざまな解釈も出てきましたが、出席者全員が真剣に科学的に評価して、議論しました。

 疫学的に不十分という立場からの発言は、

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